筆頭さんの実力??
いつもコメント、誤字報告ありがとうございます。
今回の問題。
皆さんの想像に当てはまる方だったでしょうか?
陛下の口調は軽いものだ。声音は穏やかでさえある。それなのに威圧感は半端なく私に襲い掛かって来る。その圧力に息が出来ないくらいだ。私はあえぐような呼吸を誤魔化しながら、この場を切り抜ける方法を考えていたが、陛下の圧力が凄すぎて考えが纏まらない。怖すぎて涙が出そうだ。
陛下は息子を馬鹿にされたと感じたのか、それとも自国をないがしろにされたと感じたのか、私に容赦をしない感じだ。初めの横領問題以外の時は、ちょい悪おやじだの、気のいい近所のおじさんだのと感じていたが、その様子はなりを潜めている。今の雰囲気は大陸の支配者そのものだ。初めて会った時以来の恐怖を感じている。
私は滲みそうな涙をこらえながら、会話の糸口を探していた。だが、涙をこらえるのが精一杯で話し出すことが出来ない。
どうしよう。断らないといけないのに、言葉が出てこない。今、口を開いたらみっともなく泣き出してしまいそう。この前の事と言い、感情のコントロールが出来ないなんて情けない。
情けないと自覚をしたら更に悲しくなってきてしまった。唇をきつく嚙み泣き出すのをこらえる。どうするべきかさえ考えられず、俯いていると隊長さんが口火を切ってくれた。
「陛下、まだ、デビューもしていない方にその威圧感はどうかと思います。以前も言いましたが、そんな様子では話したくても何も言えなくなりますよ。表情が怖くなっています」
陛下と話しかけながら副音声で【叔父上】と聞こえる。形としては陛下と言っているが、話し方は親戚のおじさんに話しかけている様だ。この話し方で陛下を牽制しているのかもしれない。
「大丈夫ですか。姫様?」
「隊長さん」
私は救いを求めるように横に来てくれた隊長さんを見上げる。私を見た隊長さんは困ったような表情になり、ハンカチを差し出してくれた。受け取るのが申し訳なくて手が出せずにいると、隊長さんが私の目元を柔らかく押さえてくれながら陛下を咎めていた。
「陛下」
一言だったが口調も声音も重たいものだ。親戚ならではの反撃だろうか。泣いてしまった私は自分でもズルいと思うが、どうにも感情が抑えきれない。なんとか平静に戻る努力をする。
隊長さんが陛下を諫めてくれている間に自分で何とかしなくては。いくら親戚とはいえこれ以上何かを口にすれば、隊長さんの立場も悪くなる可能性がある。それは避けなくてはならない。
私が原因で、仕えてくれている部下の立場が不利になるような事はあってはならないのだから。
執務室の中は混沌を極めていた。グスグスとしている私、その私を庇うように隣に立つ隊長さん。静かに怒りを滲ませる陛下。その陛下を説得している宰相。後ろにいる筆頭さんはどうしているのか分からない。
浅くなった呼吸をどうにか戻していると筆頭さんから声が聞こえた。
「陛下、発言をお許しください」
「許す」
筆頭さんの申し出に簡単に許可が出た。この現状をなんとかしたい様子だ。私は筆頭さんが声を上げた事に驚く。私が同席している場で筆頭さんが発言を求めた事なんて一度もない。しかも、今回は私を飛び越えて陛下に発言の許可を求めている。普段ならこんな事はありえない行動だ。何を言う気なのだろうか?
「寛大なお心に感謝いたします。差し出がましいとは存じておりますが、わたくしから一つだけ申し上げさせていただきたく」
「申してみよ」
「はい。今回のデビューについて。姫様のパートナーの件ですが、わたくしども夫婦に付き添いと言う形でお任せいただけませんでしょうか? 貴族でない方たちの中には、パートナーがなく両親が付き添うという形で出席する場合もございます。姫様は異国から来られた方。パートナーがなくても不自然ではないかと。わたくしがマナーの講師をしている事は周知の事実。それならば、慣れない場にわたくしが付き添う事もさほど不自然ではないかと。いかがでしょうか?」
全員が筆頭さんの発言に目を剥いた。意外な方法で解決策を示したので虚を突かれた感じだ。私もその方法は考えていなかった。誰かがパートナーになる事しか考えていなかった、という方が正しいだろう。
「陛下。いかがでしょうか?」
やんわりと筆頭さんが陛下の答えを求める。提案はありがたいがこれ以上は言いすぎだ。宰相の推薦で私付きになってくれたとはいえ、陛下の機嫌を損ねるのはマズいだろう。私のために危険を冒してくれたのなら、その立場を守るのは私の役目だ。
「控えなさい。筆頭。申し訳ありません。陛下。部下の不躾は私の責任です。失礼いたしました」
「いや、許可をしたのは私だ。構わない。しかし、筆頭は面白い事を思いついたな」
「陛下。筆頭の言う方法なら誰にとっても問題はないのではないでしょうか? 良い方法かと」
「私も同意見です。殿下にも姫様にも問題にはならないかと」
隊長さんと宰相は筆頭さんの意見に賛同していた。気持ち的には私も同意見だ。この方法なら誰にも角は立たない。陛下の面目も問題にはならないだろう。いや、まったく、と言う訳にはいかないだろうけど、傷は少ないはずだ。室内の視線が陛下に集まる。
全員、この意見で良いんじゃね? 問題ないよね。ていうか、良いって言えよ。と言う空気になっていた。陛下にもその雰囲気は感じられたのだろう。仕方ない、という息を吐き出し、筆頭さんの意見に許可を出していた。
多少の気まずさを残しながら(陛下は不完全燃焼な様子)パートナー問題は一つの区切りを迎えた。
私たち離宮組はこれ以上の問題を避けるべく早々に陛下の前を辞した。
離宮への帰り道、私はすぐさま筆頭を近くの小部屋に引きずり込む。
「筆頭さん。なんてことを、あんな危ない事をして。陛下の怒りを買っては宰相の推薦があるとはいえ、貴方でもただでは済まないかもしれないのよ? 危ない事をしてはいけないわ。貴方が危険を冒す必要はないのよ? どうしてあんなことを言い出したの?」
「姫様。わたくしは教育係とはいえ姫様付です。姫様の不利益にならないよう動くのは当然のことです。こんなに赤くなってしまわれて」
筆頭さんは当然と言い放ち、私の目をのぞき込む。無理に堪えたせいで充血しているみたいだ。筆頭さんからこんな事を言われるとは想像もしていなくて、なんと返せばいいのだろう。想像もしていなくて戸惑ってしまう。それと同時に別な心配もある。こんな大事を勝手に決めて、旦那さんと揉めたりしないだろうか? 家庭内不和の原因になりたくはない。
「筆頭さん。こんな大事な事を勝手に決めて大丈夫? 旦那さんは怒ったりしないかしら? 揉めたりはしない? 平気なの?」
「問題ございませんわ。ご安心くださいませ。文句など、言わせませんわ」
にこやかに言い放つ。その上、もう一つ付け加えられた。
「姫様。どうぞご安心くださいませ。夫の足は頑丈です。思う存分踏みつけてもなんの心配もございませんわ」
筆頭さんのセリフに家の中の力関係を見た気分だ。
陛下の事や筆頭さんのお家の事をいろいろ心配したけど、もしかしたら一番すごいのは筆頭さんなのかもしれない。