姫様。ヒステリーを起こす
「ごめんね、隊長さん。せっかくいろいろしてくれたのに」
「いいえ。姫様。こちらこそ申し訳ないです。姫様にあんな対応とは。なんとも言葉もありません」
「いつもあんな感じなの? 周囲の人は指導はしないのかしら? この国だからあれで大目に見てもらえるかもしれないけど。外交であの調子では問題になるのではない?」
「そうですね。分かってはいるのですが」
「難しそうな話みたいね」
私は隊長さんと歩きながらさっきの事を思い出す。なんとも気分の悪い話だ。怒りが沸々と湧き上がってくる。どうして私がこんな面倒な話に巻き込まれているんだろう? 私は料理をしながら生活が出来て、気分転換に学校に通えて、のんびり生活が出来ればそれで良かったのに。
どうしてこんな嫌な思いをしないといけないのだろう。自分でもこの状況が不思議でならないし、ムカつく。私は何も問題を起こしていないのに。どうしてこんな事になっているのか。
話を始めから思い返す。
そうだ全部陛下が悪い。
交換留学生の話もこの国からだし、離宮の件も陛下が言い出したし。横領とデビューは(慣例だから)仕方がないけど、それ以外は全部陛下が言い出した事だ。
「全部陛下が悪い」
テクテクと歩いていた私が足を止め、俯いて呟く。隊長さんが私を振り返って俯く私に視線を合わせようとのぞき込んでくる。
「どうなさいました?」
「全部、陛下が悪い」
「姫様?」
「こんな面倒になったのは、全部陛下が悪い」
「落ち着いて下さい」
「だってそうでしょう? もともとこの国に来る事になったのは陛下が言い出した交換留学生の話しだし。離宮に移る事になったのも陛下が言い出した事だし。パートナーの件だって陛下が言い出した事でしょう? 私からお願いした事なんて一つもないわ。ううん、言い出したのはキッチンを使いたいってお願いした事だけよ。それだって、わざわざ作らなくたって、簡易キッチンを使えればそれで良かったのに。ここまで話を大きくしたのは全部陛下だわ。全部陛下が悪いんじゃない」
私は溜まっていた鬱憤を語気荒く吐き出した。考えないようにしていた事をぶちまける。隊長さんが戸惑っているのがわかるが私も止まらない。
我慢していた思いが湧き上がっていた。
ダンスの練習で疲れていたこともあるし、慣れない環境の生活で疲弊していたせいもあるのかもしれない。止まらなかった。感情が高ぶりすぎて睫毛が濡れてくる。我慢しようとしても気持ちの高ぶりと滲む瞳はどうする事も出来なかった。
人のせいにするなんて最低だ。こんな事では隊長さんを困らせてしまう。
そうは思うが気持ちの収めようがなかった。大きく息を吐き出してリカバリーを試みる。でもどうする事も出来なかった。その場に立ち止まりグズグズと泣き出してしまう。こんな態度じゃ本当に子供だ。唇を噛み、もう一度呼吸を整えようとするが無理だった。
隊長さんがその場に膝をつき私の頭をなでてくる。
「ご、ごめんなさい。困らせたくないのに」
「いいえ。わたしの方こそ申し訳ありません」
私を撫でる隊長さんの手はぎこちなかった。慣れない感じがする。人にこんな事をした事がないのがわかる。ぎこちなさと戸惑いながらも慰めようとしてくれている隊長さんに笑いが込み上げてくる。小さく笑みを零すとホッと隊長さんが安心したのが分かった。
みっともなくも鼻をすすっているとハンカチが差し出された。それを受け取りながらもう一度隊長さんに謝っておく。
「ごめんなさい。みっともなく騒いじゃって」
「良いんです。生活が大きく変わりましたし、心配事も多いですし」
最後の方は言葉を濁していた。当然、殿下の事も含んでいるのだろう。
主に私の心労はデビュー関連だ。ダンスの事やパートナーの事が7割を占めている。
さっきは勢いで私から断るって言ってしまったけど、どうしよう。何にも考えていない。口から出たけど。休んでいいかな。
私は何も考えず殿下に断ってしまった事を考えていた。隊長さんは私の気分が晴れないと思ったのか、思いもよらない事を提案してきた。
「姫様。今日は天気もいいですし、予定よりも時間が空きましたし、ちょっと寄り道をして帰りましょうか?」
「寄り道? いいの?」
私は初めての提案に驚いた。私の行動範囲はとても狭い。ほとんどが離宮の中だ。離宮自体が広いので窮屈な感じはしないが、それでも偶には違う場所に行ってみたいと思う気持ちもあったが、ダンスの練習が忙しすぎてそんな事は言えなかったし、学校に行けるようになれば自然と行動範囲も広がるからそれまでの我慢と思っていたのだ。
それなのに隊長さんから寄り道を提案してもらえるなんて。
期待が爆上がり中だ。私がヒステリーを起こしたから気にして提案してくれたのかもしれない。それならそれでありがたい話だ。
私は隊長さんの提案に一も二もなく頷く。
「どこに行くの? 城下に行けるの?」
「さすがに城下はちょっと。でも、姫様には面白い場所にご案内しますよ」
「私的に面白い場所?」
「ええ」
どこに行くのかと詰め寄った私に、隊長さんはどこに行くのかは教えてくれなかった。教えてくれないまま私を抱っこする。
「どこに行くの?」
「少し遠いので、このまま行きましょう」
そのまま離宮とは違う方向に歩き出す。隊長さんの歩きは迷いもなく、私を抱っこした腕は揺るぎもしなかった。
重たくないかと心配したが何も言わないのでこのまま好意に甘えようと思う。結構な距離なので疲弊している私にはしんどそうだ。他愛もない話をしながら、肝心な話題は避けつつ明らかに裏方と思える場所に来ていた。表のような華やかさはなく、実務一点。壁紙や置いてある道具も実用的な物ばかりだった。
「ここはどこなの?」
「そこから覗いてみてください」
隊長さんは窓を指さす。覗くなんて行儀が悪いんじゃないかと心配しつつ、好奇心には勝てなくて。
私は窓をのぞき込む。
そこにいたのは机に向かう管理番だった。