閑話 殿下の憤り
いつも読んでいただいてありがとうございます。
書籍を購入してくださった皆様、ありがとうございます。
今回は殿下の話になりますが、少し短くなっています。
この話で殿下の評判が悪くなるだろうなと思っています。
最後までお付き合いいただけたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
少年は自室で悶々としていた。考えるのは自分より年下の少女の事。噂には聞いているが一度も会ったことがないし、噂話しか知らない。その少女は離宮から出歩く事はせず自室で過ごす事が多いという。父は少女の事を気に入っており、婚約者候補として自ら打診したという話だが、その本人が返事する事ではないと断ったと聞いている。
そんな事があるのだろうか? あの父が自分から打診したのに断るなんてできるのだろうか? 誰かが話を大きくするために嘘をついているとしか思えない。誰に話を聞けば本当の事がわかるだろう。
少年は考える。思いつくのは一人しかいなかった。自分が兄と慕う従兄だ。忙しい従兄だが話を聞きたいと言えば教えてくれるはずだ。今はその少女の護衛騎士を務めていると聞いている。あの従兄が護衛だなんで嘘みたいな話だ。本来なら近衛騎士の団長でも務まると思っていたのに。
なんで、あんな少女のためにあの従兄が護衛なんて勤めないといけないのか。だったら自分の護衛騎士になってくれれば良かったのに。そうすればいつでも会えるし、なんでも相談できるのに。
少年はいつでも会いたい時に会えないのに、その従兄を独占している少女がだんだん憎らしく感じてきていた。同時にデビューのパートナーを命じられたことも思い出す。不愉快さが増していく。従兄に会うための手紙を書きながら、パートナーを断る方法も相談しようと決意していた。
「お久しぶりです。従兄上」
子犬が懐くように、少年は久しぶりに会う従兄に駆け寄っていた。場所は少年の自室。成人前の少年は王宮内の自室で大好きな従兄に会えて飛び上がらんばかりに喜んでいた。話を聞いてもらいたいとその手を引っ張る。引っ張られる従兄は苦笑しながらそれに付き合っていた。
「従兄上にお聞きしたいことがあります」
「ええ。手紙で大体の話は見当がついています。ですがその前に、私は臣下の身となります。以前にもお願いしましたが、その口調は改めていただきたいと思います」
久しぶりに会う従兄は他人行儀な口調になっていた。学生時代はこんな事はなかったが、就職したためなのだろう。前々から言われていた。卒業すると今までのような気やすい話し方は出来なくなると。分かってはいたが寂しさを感じてしまうのは仕方のない事だ。大好きな従兄との間に高い壁を感じて寂しかった。その寂しさを堪えつつ自分の疑問をぶつけていく。
「はい。父上に離宮の姫のエスコートをするようにと命じられました。どんな姫なのですか?」
「その話し方はお気を付けください。どんな方とは、何をお聞きになりたいのですか? 人柄ですか? それとも陛下が命じられた理由ですか?」
もう一度話し方を諫められる。だが簡単に改めることは出来なかった。肩を落としながら、それでも久しぶりに会うし、聞きたいこともあるしで、絵の具を混ぜたように少年の気持ちがぐしゃぐしゃになっていた。
「両方です。父上は自分の婚約者に、と言われたとも聞きます。どれが本当の話か分からなくて。従兄上はご存知ですか?」
「婚約者候補の話も、陛下が気に入っているという事も事実です」
従兄の方は話し方を改めるように諫めるのは諦めたのか口調に言及する事はなかった。ただ聞かれた事だけに返事をしている。少年の方は答えに満足が出来ないのだろう、口を尖らせ不服を訴える。自分の行動が人の目にどう映るのか少年は気が付いていなかった。
従兄はその事を注意しようと迷ったがやめておいた。少年は父親に叱責されたばかりらしい、傷口に塩を塗るのはどうかと思ったのだ。以前の従兄なら間違いなく改めるまで注意していただろう。しかし、離宮の姫に仕えるようになってからは、人の関わり方はいろいろな方法があると感じていた。その時に合わせた手段を取ればいいと、考えるようになっていたのである。
目の前の少年を見ながら、自分の変化には気が付いていないだろうという事も分かっていた。従兄はどうしようか考える。自分が対応を間違えれば、目の前の少年は離宮の姫に反感を持つだろうという事も分かっていた。自分の返事でこの少年は考えを決めてしまうだろう。
人の言動に左右され、自分で物事が決められず。かと言って助言をすれば反発する。自分に今まで婚約者がいなかった意味も理解はしていないだろう。
何かと問題が多い少年に従兄はため息を吐く。この少年が素直に話を聞くのは自分にだけだ。
もう一度ため息を吐きつつ、離宮の姫の事を説明する事にした。