料理長の蛮行?
料理長は陛下の夕餉の配膳を行っていた。
「今日はそなたが配膳とは珍しい。何かあったのか? 姫からの料理指導を断りたいというのは聞かないぞ」
本来なら配膳係がいるのだがそれを無理やり交代したのだ。料理長は、自分にできることを一つしか思いつかなかった。
「とんでもございません。姫様の料理指導を楽しみにしております。明日、指導を受けることになっております」
「そうか。では、どうしたのだ? こんな事をするからには私に言いたいことがあるのだろう?」
「陛下。それは私から」
料理長が切り出す前に宰相からの横やりが入る。この場には宰相閣下もいた。その横やりに陛下は嬉しそうな顔をする。自分が予想していなかった事が起こったのを感じ取ったのだ。先を促すとうんざりしたような様子の宰相が面倒なことをしてくれたと、話し出した。
「そうか、そうか、姫がそんな事を」
「陛下」
陛下は宰相から話を聞くと大声を出して笑いだした。それはそれは楽しそうに。許されるなら腹を抱えて大笑いしたいところだろう。食事中という事でこれ以上の大笑いはマナー違反と思ったのか、忍び笑いに変えて耐えていた。予想されていた反応とはいえ、それが面白くない宰相と冷汗をかいている料理長がいる。
「楽しそうですね。陛下」
「本当にあの姫は私を楽しませてくれるし、予想外の事をしてくれる」
「陛下。姫様は私たち厨房を庇ってくださったのです。どうかお咎めがあるならわたくしに」
陛下たちの話に口を挟むなどそれだけでも重罪になる可能性があった。だが、料理長も必死だった。姫様に咎が無いようにしたかったのだ。それだけの事を自分たちはしてもらったのだ。自分もそれだけのものを返さなくてはならない。そのチャンスは今しかなかった。機会を逃すまいと料理長は言い募る。
「わたくしの態度に問題があり、見習いが勘違いをしたのです。加えてわたくしは厨房を預かる身、厨房の全てはわたくしの責任でございます。どうかお咎めはわたくしに」
「いや、いいのだ。料理長。そなたたちの気持ちも理解が出来る。第一、姫が判断を下したのだろう。私が口を挟むつもりはないぞ。姫の行動に感謝するなら、姫に示す事だな」
「陛下。ありがとうございます」
「心配がないなら本来の仕事に戻るがよい。それとな、私が姫の裁定に異論がない事は姫には内密にな。私か宰相から話をしよう。良いな?」
「かしこまりました。ありがたく存じます」
陛下の裁定に安心した料理長は晴れ晴れとした表情になり陛下の前を辞する。
それを見送った宰相は苦々しい顔だ。陛下にクレームを付けたいという気持ちが透けて見える。
「陛下。姫の裁定をそのままに?」
「ああ、流石は姫だ。自分への嫌がらせを逆手にとって厨房全体を取り込むとはな。あの様子では厨房は姫の事を好意的に取っているだろう」
「ですが、越権行為です。姫様自身が口にしていた法の秩序を破ることになります。矛盾しますが?」
「どうせあの姫の事だ。いたずら、とでもいうだろう。いたずらなら法には触れないからな。第一この話を知っていたのなら、お前は姫の言い訳を聞いているのだろう?」
「ええ、聞いております。陛下の言われたことと同じことを言っていました。ええ。子供のいたずらだそうです。子供か、大人か、一番微妙な年齢ですので、言い訳としては異論が出てもおかしくはないでしょうが。よろしいので?」
「そうか? 子供のいたずらに目くじらを立てるのは大人げないな。良いのではないか? わが国では成人は18歳としている、15歳は子供の内と言えなくもない。おかしくはないだろう」
「ですが、この裁定では他の者が同じことが起こさないとは限りません。その際はどうするおつもりで?」
「そうだな。その防止策は考えておいた方が良いだろう。抜け道できないようにな。対策を立てるとしよう」
陛下の言動が予想出来ていた宰相だが、ため息がこぼれるのは隠すことが出来なかった。宰相の胸の内は、あの姫様は鬼門だ、である。
姫様に関わって良い事は一つもない。いや、一つあるとすれば食事が楽しみな事だろうか? 美味しい食事は気持ちを和ませてくれる。
それ以外では仕事を増やされるばかりの宰相である。その点では貧乏くじと言わざるを得えないだろう。
そうは思っても仕事をおろそかにできない性分の宰相は確認を怠ることは無かった。
「わかりました。もう一点。明日、姫様からの面会希望が私にありました。今回の件です。見習いを離宮に入れたいと、よろしいので?」
「ああ、料理長にも伝えたが姫の裁定に口を挟むつもりはない。かまわん。姫の采配を見る良い試金石だ。だが、姫の話の持って行き方は確認したい。反対の立場から聞いて欲しい。お前が納得できなければ厨房はそのままでよいが見習いの扱いは任せる。なるべく姫の希望に沿う形にはしてほしいが、必要であればその処置をして良い。任せる」
「承知いたしました」
やはり仕事が増えたと肩が落ちる宰相閣下だった。