現実は悲しいくらいに厳しい
私は今自分との闘いに挑んでいる。と、かっこいい事を言っているが内容は大したことではない。単なるダンスの特訓中だ。ステップが思うように踏めないのだ。身体と頭の認識が合っておらず足が思うように動かない。
「姫様。何度も申し上げているのですが」
「そうね。分かっているの。どうしてできないのかしら。自分でも分からないわ」
講師の注意を受けながら私は自分の足を見つめている。額に汗を滲ませながら足を一心に動かしステップを踏もうとしている。そう、踏もうとしているだけで、足とリズムは合っていない。
自分でも不思議だがリズムがつかめないので泣きたい気分だ。部屋の隅に控えている護衛騎士さん達も気の毒そうな顔をして私を見ている。講師は泣きそうな顔になっていた。そうだろう。私がこんなにリズムが取れないなんて予想もしていないはずだ。誰にとってもメリットのないこの時間をどうにかしたいが、思うだけで足はついてこない。
「少し休憩にしませんか?」
私の疲労困憊を見て取った隊長さんからの提案がある。私の足がふらついているので見かねたのだろう。しかし今は講師の時間なので私は講師を見る。ふらついていては練習にならないので講師も隊長さんの提案に同意してくれた。正直、気分は助かった、と言ったところだろうか。
私は床に座り込みながら肩で息をする。ステップを踏むために自然と息をつめていたのだろう。自分でも気が付いていなかった。汗が身体から一気に出てくる。隊長さんが私にタオルを持ってきてくれた。それで汗を拭きながら呼吸を整えようと深呼吸をする。
「姫様。向こうに座りましょう」
「動きたくないから。ここで大丈夫よ。少し休憩したら練習してみるわ」
「気持ちは分かりますが休憩しないと動けなくなりますよ。そうなれば練習も上手くはいきません」
隊長さんにもう一度促されたので私は差し出された手を取る事にした。立ち上がるのに協力してもらうとソファーに移動する。サイドテーブルには冷たいお茶が用意されていた。一口飲むと冷たいお茶が体中に行きわたるようだ。その気持ちよさにおやじ臭い息が漏れる。それを聞き咎めた筆頭さんから注意が飛ぶ。
「姫様」
はい、申し訳ございません。
口にする元気はないので心の中で筆頭さんにごめんなさいをする。練習中でも見逃してはもらえないようだ。ぐったりとしながらも姿勢が見苦しくないようにただした。ここで更なる注意を受ければ次回のマナーの時間がどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。私が身じろいだことを筆頭さんは見逃さない。だが私の判断は正しかったようだ。何も言われることは無かった。その事にホッとしていると。今度はそれを見ていた隊長さんが忍び笑いをしている。私の反応が面白かったみたいだ。子供の反応を笑うのは良くないぞと思う。ダンスが出来ないという厳しい現実から目を逸らしたい私は、くだらない事を考えて現実逃避をするが無駄な行為だ。
ダンスの講師からダメ出しが来る。
「姫様。音楽を聴いておられるでしょうか?」
「一応、聞いているつもりだけど。合わないってことは聞いていないのかもしれないわ」
自分の事だが自分で分からなくなっていた。音楽をしっかり聴くように言われてダメ出しは終了。講師も、あまりのダメっぷりにそれ以上のアドバイスが出てこないのだろう。諦めて私は立ち上がり上達のない練習に挑むことにする。
時間は過ぎるのは早いものだ。私は時間がループしているのか冷たいお茶を飲んでいた。足は生まれたての子鹿のようにプルプルしている。
「姫様。今日はここまでとしましょう。隊長様と練習をなさってみてください。隊長様。練習のお相手をお願いできますでしょうか?」
「私でよければ」
快く引き受けてもらえたことに感謝しよう。隊長さんの足を何回踏んだか数えきれないほどだ。今回、私にできることは隊長さんの足が腫れたり、痛みで足が動かない事がないように注意するだけだ。今日の目標を密かに立てつつ、講師が帰るのを見届けると筆頭に声を掛ける。
「筆頭。先ほどの答えを聞いていなかったけど。私の食事はどなたが作ったの?」
「それが、いつもと同じ方だそうです」
一息ついた私はさっきの案件を思い出す。一つ目の現実が終了したので、もう一つの現実と向き合える気になれたので確認してみる。いつもと同じ、つまりは料理長という事になる。
料理長があの料理を作った?だが、料理長がそんなことをするだろうか?
私は料理長の立場を思い返す。
この王宮の料理長という事は大陸屈指の料理人という事だ。いくら陛下の依頼が気に入らないとはいえ、料理に手を抜くだろうか?そんなことをすればすぐにはバレなくても、いずれは陛下の耳にも入る。そうなれば料理長は陛下の信頼を裏切り信用を無くすのだ。たった数時間。何日かのためにそんなリスキーなことをするだろうか?私は料理長の人柄を全く知らない。短気な人であればそんな事をするかもしれないが、そんな人に王宮の料理長が務まるとは思えない。
私は矛盾の多さに首を傾げたがもっと大事なことに気が付いた。
料理長にあの料理は作れない。