説得
並んだ料理を前に、揉み手をしそうな勢いの陛下がいた。楽しみにしていた証拠なのだと素直に思える。
テーブルに少しだけ身を乗り出し、頬を緩めながら料理を眺めている。
その様子から気にいらない料理は、ないのだと感じられた。その様子に一息つきながら、念のためもう一度副菜についても声をかけておく。
「陛下、副菜についてはその都度声をかけてください」
「ああ、取り分けてくれるのだろう?」
「はい」
陛下は簡単に返事をすると、早速とばかりにフォークをとり、フライに手を伸ばす。それを見た私はあわてて待ったをかける。
「陛下、お待ちください。毒見を済ませていません」
「ん?必要ないだろう?」
「はあ?」
陛下の返答に気の抜けた返事を返してしまった。
ありなの?いいの?隊長さんに毒見をお願いしていた私としては、申し訳ないのと、気負っていた自分が間抜けに思えてしまい複雑な気分だった。
陛下の反応を見ていた隊長さんは、不細工な顔になっていた。このことが事前に分かっていれば、自分も料理に参加できたのに、という顔だ。
この話をこれ以上広げたら、被害が拡大することは確定なので、気が付かない振りをしておく。多分無理だと思いつつも、今後陛下に料理を作る気がない私としては、次回に毒見が必要ない事の確認はしなかった。私の気持ちを見透かしたのか、陛下から先手を打たれてしまう。
「姫。この場所での食事会は非公式のものだ。次回からの毒見は不要と心得ていてほしい」
「陛下」
釘を刺されてしまった。しかし、今後も陛下に料理を振舞うつもりはない、力強く否定したい(口にはできないが)。マナーやダンスの授業もある。後々は学校も始まるのだ。トリオたちのように、気楽に食べられる関係なら気にはしないが、陛下ではそういうわけにもいかない。かなりの拘束時間ができてしまう。時給も発生しないのに、割に合わないと思う。いくら離宮を使わせてもらっていても、割に合わないと思う。ここは穏便に断るの一択しかなかった。
私は陛下にやんわりとしかし、キッパリと断りを入れた。今回と前回は例外にすぎない。
前回は私自身、のためにお礼という形をとった。今回はこの離宮のキッチンのお披露目みたいなものだ。今後は理由がない、理由のない食事会はトリオたちだけだ。陛下や宰相をその中に入れるつもりはなかった。その覚悟をもとにニコニコ愛想笑いを入れながら陛下に断りを入れる。
「陛下。申し訳ありませんが。次回とは?」
「おや?次は作ってくれないのかな?」
断られるつもりのない陛下は余裕を見せている。しかし、私としても負けるわけにはいかなかった。ここで引いては後が大変なことになる。この離宮が貴族の噂になっている事も忘れてはいない。その上で陛下に入り浸られてしまっては噂に燃料を投下するようなものだ。
「陛下。申し訳ないのですが、私もマナーやダンスの授業があります。正直に申し上げると、あまり成績の良い生徒ではないのです。デビューまでに見苦しくないようにならなければなりません。授業を頻回に休むわけにはいかないので」
後半は言葉を濁し察してもらう。
私の言葉に賛同してくれたのは宰相だった。私が言いたかった事を追加で言い募ってくれる。
「陛下。姫様は入学の準備もありますし、ダンスの練習も忙しいでしょう。デビューまで時間がありません。うまい下手はともかく、見られる程度にはならないと。恥ずかしい思いをするのは姫様ですから」
「そこまで言うことではないだろう」
「いいえ。ダンスは練習の必要があります。今日のために何日かは練習をお休みしています。その分も取り戻さないといけないので」
隊長さんも同意をしてくれた。私のダンスの下手具合を見て知っているのは隊長さんだけだ。かなりの説得力があると思われる。宰相は見てはいないが報告は受けているのだろう。聞いている程度の説得力はある。それを信じてもらうためにも私は大きく頷いて見せた。信じにくかった陛下も、二人に同じことを言われては、信じないわけにはいかないのだろう、特に隊長さんの『見られる程度には』は真実味があると思う。いや、事実なのだ。
私のダンスは人に見せられるものではない。ダンスの講師が頭を抱えるレベルだ。
「陛下。そういうわけですので」
察して、と首を傾げて陛下を見る。陛下は信じがたいようだ。沈黙が返ってくる。隊長さんがわかりやすい例を例えてくれた。
「陛下。ダンスの講師が足を踏まれるぐらいなら初心者、と思いますが。音楽とステップが合いません。それだけならまだ練習を、と思うのですが。ステップが踏めないのです」
「どういう事だ?」
「そうですね。わかりやすい表現が難しいのですが。3ステップなのに2ステップになったり、逆もありますし。振りは完璧に覚えておられるのですが。足がついていかない、と言えばいいのでしょうか?」
「姫?」
「間違いありません」
短く同意をする。
「私もデビューで恥ずかしい思いをするのは不本意なので、どうにかしたいと思っています。ですのでご理解ください」
「そうか。それは無理は言えないな」
しょんぼりとした陛下の声が聞こえてきた。