隊長さんの見ない顔
そして始めに戻る。
隊長さんはフォークに刺したフリッターを眺めている。つけているのはトマトソースだ。食べたことのないのを試すチャレンジ精神は立派だと思う。私の料理が美味しいから、安心して食べてくれているという考え方もある。そちらだと正直嬉しい。
そんな事を思いながら隊長さんの反応を見守る。私に見られている事に気が付いていないのか、見られていても気にならないだけの精神力があるのか(ちなみに私にはそれだけの精神力はない)、不明だが自分が初めて作った料理を食べるのは結構ドキドキすると思う。隊長さんはどうなのだろうか。
私が見守る中フリッターを口に運んでいた。つまみ食いは背徳の味がして、通常より2割増しで美味しさを感じると思う。今回は通常だ。いや、初の手料理だ。それだけ美味しく感じるはずだ。今回の隊長さんの感想は当てにならないと肝に銘じておこう。
一人で納得していると隊長さんからサクサクとした音が聞こえる。2つ目の音も問題ないので揚がり具合は大丈夫そうだ。
「どう?感想は?」
「美味しいですね」
隊長さんの感想はいつでも簡潔だ。大体が美味しいで括られる。初めの一言を別な言葉でも聞いてみたいと思うことがあるけど、最初に出る言葉は本当の感想と思うから無理も言えないでいる。
仕方がないので別な感想が欲しいと素直にお願いした。
隊長さんはいろいろな経験をしているはずなので(夜会やお茶会で)語彙が豊富なはずだ。
今回はぜひその豊富な語彙を使ってほしい思う。
「おや、姫様は美辞麗句で飾ってほしいですか?」
「うーん。積極的に聞きたいとは思わないけど、たまには違う感想も聞いてみたい気がするかな?」
「なるほど。では、ご期待に沿えるかはわかりませんが、試してみましょうか?」
隊長さんはそう言うと片方の口元だけを吊り上げた。私の前ではあまり見せない悪い感じの顔だ。悪いことを企んでいるのかな?
そんなことを考えながら目を逸らさずに眺めていると、今度はニッコリと擬音が付きそうな作り笑顔を見せた。笑顔そのものはとても良い感じで綺麗なのに、私から見ると顔に張り付けたような仮面のような笑顔だ。こちらも見たことのない笑顔でチョット背筋がぞわっとしたのは内緒だ。こっちは貴族用の顔なのかもしれない。
笑顔を張り付けたまま、流れるような動作でナイフとフォークを手に取る。
そのままフライの方に刃を入れ、形が崩れない程度に切り、口に運ぶ。
いつもの待ちきれない、といった様子はなく、食事が楽しみな様子も見られず、笑顔の下に楽しくない、つまらない様子が透けて見える。胸が痛くなった。
いつもは表情を動かさないが、私の前やトリオの前では表情が崩れることが多くなっていた。楽しそうな、気兼ねのない表情が見え隠れするのだ。その表情に見慣れていると、今の顔は違いすぎて辛くなる。
夜会やお茶会の時はこんな様子なのだろうか?いつもこの笑顔で出席しているのだろうか?だとすれば楽しくないのか、楽しく話せる人はいないのか。なんでこんな仮面なのか。私には経験がないから不明だが、夜会や貴族同士の付き合いがこんな顔を作らせるのなら、私は関わり合いになりたくない。
心底そう思う。こんな様子ではどんなに美味しい料理も美味しくないだろう。料理は好みだが、その半分はその場の空気が美味しさを決める要素でもあるのだ。こんな楽しくない生活は遠慮したい。いや、断固お断りだ。
今の自分の面倒な立場で難しくなりつつあるが、当初の目的のスローライフを目指そうと心に誓いつつ、隊長さんに待ったをかける。
隊長さんは笑顔だが仮面の笑顔だ。こんな笑顔は見たくない。
私は隊長さんが何かを言う前にストップをかけた。
「ごめん。ごめんなさい。私が悪かったわ。今のは無しにして」
「どうしました?」
隊長さんは純粋に不思議そうだ。カトラリーを持ったまま私をキョトンと見返してくる。そうだろう、私から聞きたいと言ったのにストップをかけられるのだ。なんで?となるのは当然だ。
止めたのは良かったが正直な理由を言うのはためらわれた。隊長さんの仮面の表情が笑顔が嫌だとは言いにくい。しかしストップをかけて、理由もないのは問題だ。
仕方がないので、半分本当の理由を言うことにした。
「ごめん。隊長さんの見慣れない、嘘くさい顔がなんかいやだった」
「嘘くさい。ずいぶんですね。姫様」
「ごめん。でも本当だもん。なんか、見慣れなくて気持ち悪い」
「気持ち悪い、そんなことは初めて言われました。自分で言うのもなんですが、ご婦人方には評判が良いんですよ」
「そのご婦人方と、わたしの趣味が違うのかも。ごめんね。私からお願いしたのに」
「…」
止められると思っていなかった隊長さんも戸惑っている。でも、先に謝られてどうしたものかと、思っているのか。私も話しにくく何となく空気が止まっていた。
雰囲気が、空気が悪い。自分が原因だが、どうしたものか。
私の言い方が悪かったのだろうが、隊長さんが面白くない気持ちになるのは当然だと思う。
ここはひとつ謝り倒そう。
うん。それしかない気がする。