初、お料理教室
隊長さんは泡だて器とボールを抱えて私を見つめていた。
どうしていいのかわからないのと、自分に渡された理由がわからず戸惑っているようだ。
いつも何があっても動じた様子は見せないので、この戸惑った様子はおかしくなる。隊長さんの様子を見ているだけで、笑いが漏れてきてしまうが耐える。ここで笑ってしまうと、隊長さんが気を悪くしてしまう可能性があるので、笑いは堪える。大事なことだ。
メレンゲは私が作るのは大変なのだ。お願いできることはお願いしてしまいたい。
「姫様?」
私に声をかけてくる隊長さん。この一言に集約されている様子。
作り方を知らない人に、渡したまま自動で作ってはもらえないので作り方の説明をする、隊長さんの戸惑っている様子を楽しんでいる事が態度に出ないよう注意しつつメレンゲを作るのをお願いする。
「その泡だて器でボールの中身をシャカシャカしてほしいの。私の力では長く泡立てられないからお願いね?」
「シャカシャカ?」
私の擬音の説明がわからないのかボールを抱えたまま首を傾げている。長く持ったままだと卵白がぬるくなるので早めに泡立てて頂きたい。←これ重要
料理をしたことがない人に言葉だけでの説明はハードルが高かったようだ。
私は手で泡立てる真似をする。
「こうやって泡立てていくのよ?少しづつ固まって白くなっていくからよろしくね」
「こうですか?」
ぎこちない手つきで泡だて器を回していく。初めてなので時間がかかるのは見ないふりをしていこう。
細かいことを言われると作るのが嫌になるだろうから、細かいことは言わずに作ることはお願いして放置することにした。私はそのままバター焼きに移行する。作りあがるタイミングがずれるが今日は試作なので多少は目をつむる。
バター焼きを順調に仕上げて行く。細かいところの調整はあるが、基本的には問題ないのでそのまま仕上げた。メレンゲの方は大丈夫だろうか?
隊長さんを信じて放置していた。シャカシャカと混ぜる音は続いている。初めはぎこちない音だったが時間が経つにつれリズムが良くなってきている。
「どんな感じ?」
隊長さんが持っているボールの中身を覗いてみた。リズミカルにできるようになっていたが形にはなっていなかった。残念だ。もう少し頑張ってもらうしかない。
「ごめんね。もう少し頑張って泡立ててほしいかな、シャカシャカしてね」
「こんな感じで大丈夫ですか?」
眉を下げつつ泡だて器を回して見せる隊長さん。最初よりはリズムが良くなって混ぜている、この調子なら出来上がりそうだ。
様子を見つつ私は自分の料理を続けていく。バター焼きが出来上がるころにはリズミカルな音は順調になっていた。中身を確認すると何とか形になっていた。
初めての料理は褒めるのが基本だ。ダメ出しばかりではやる気がなくなってしまう。その事を踏まえて褒める。
「凄いねえ。隊長さん。初めてなのにちゃんとできてるよ。お願いして良かった。私が作ったらここまで綺麗にできなかったと思う。ありがとう。助かっちゃった」
ボールを受け取りながらお礼を伝える。助かったのは事実だ。メレンゲ作りは本当に大変なのだ。力と持久力が必要で、今の私ではできないのだ。めんどくさかったからお願いしたわけではない。そこは強調しておきたい。
隊長さんは少し嬉しそうにしながら、いやワクワクしている様子だ。
「姫様。この続きはどうなるのですか?私でもできますか?」
「えっ?隊長さん、続きも作る?」
「できますか?」
「そんなに難しくないからできると思うけど。全部はさせてあげられないから半分作ってみる?」
「ぜひ」
料理に興味を持つとは思っていなかった私は、予想外だができることが多いのは良いことだと思うのでお料理教室を臨時で開催する事にした。
力強い反応だった隊長さんに、作り方を教えつつ一緒にフリッターとフライを作っていく。
教えながらの料理作りは時間がかかる。いつもの倍以上の時間をかけながら揚げ物を作り上げていく。
隊長さんは真面目な顔をして、切り身に衣をつけ揚げ油に入れていく。油鍋の前に付きっきりだ。揚げるのが気になるようで魚を何度も返そうとするから、あまり触らないように注意する。
「そんなに触らなくても大丈夫よ。泡が魚から出てるでしょう?それが小さくなっていったら大丈夫。それに色が変わってくるから、その2つが火の通った合図よ」
「アツ」
油鍋の前から身を反らす。説明をしていたら油がはねて熱かったようだ。初心者アルアル。私もよくやってたな。
隊長さんの慣れない反応がほほえましい。
「大丈夫?」
「熱くて驚きました」
「油だもの。水が入ったのかも」
「水が入ると油が跳ねるのですか?」
「水と油って言わない?2つは反発して仲良くできないの。油が水を弾くのよ」
「知りませんでした」
「料理をしないとわからないかもね」
素直に頷く隊長さん。
初めての料理教室は楽しいみたい。何でも新鮮に映るのか、油を切りながら楽しそうにしている。良いところのお坊っちゃんである隊長さんは、こんな経験はしていないのだろう。
良い経験ができたかも、私も反応を見て満足できた。