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右の道 傷つける赤、守る赤

ハッピーエンド編はこちらになります。

バッドエンドが読みたい方は、次の話をご覧ください。

 最後に見た拳登の姿は、一生忘れないと思う。

 分かれ道に突き当たりそうになったとき、彼は振り向いた。そして。

『俺は右に行ってあいつの気をひくから。だから、優子は早く左に走れ。この病院から出ろ』

「で、でも……」

 言葉の続きは、出てこなかった。

 あまりにもまっすぐに、拳登が私を見ていたから。

『……最期に、お前を守らせてくれよ』

 おもわず、笑みがこぼれた。

「……ありがとう。大好き。一生、忘れない」

『俺も、優子が大好きだ』

 私が大好きな、無邪気な笑顔で、拳登も言った。

「……さよなら!」

『またいつか……な』

 そして私たちは、その分かれ道で、永遠の別れを告げた。


 拳登が気を引いてくれると言ったけれど、怖かった。三田さんが、追ってくるのではないかと、不安で。

 走った。

 とにかく走りに走った。

「——あら、仁瞳(ひとみ)さんじゃないですか」

 声が聞こえて、振り返る。

 そこにいたのは、拳登が生前にお世話になっていた看護師さん、倉田さんだった。

霊安室(城瀬さんのところ)にご案内しようと思ったのにいなくなっていたから、どうしたのかと……」

「助けてください」

 思わず、叫んでいた。

「三田さんが、看護師の三田さんが私を、殺そうとしてるんです!」

「——看護師の、三田さん……!」

 倉田さんははっきりと顔を青ざめさせた。

 ハルさん、塩! と彼女が叫ぶと、突然ナースステーションから小さな紙包が飛んできた。それを受け取り、中身を私にふりかけながら、倉田さんは耳元で囁く。

「仁瞳さん、早く逃げてください。なんとか足止めできるよう、頑張りますから!」

 さあ、と背中を押され、再び走り出した。

 後ろから、倉田さんが「出ました!」と叫んでいるのが聞こえたが、振り返る暇などなかった。

 ひとまず病院を出て、それでも走りながら振り返ると、倉田さんたちが何か手に持って外に出てきたのが、小さく見えた。

 前を向くと、その場にちょうどタクシーがやってきたのが見えた。




「優子、早く前に走れ!」

 あの女に勘違いさせるため、そして内心、優子を遠くからでもいい、応援したいから、俺は叫んだ。

 それに、あの女は引っかかってくれたのか。——後ろから感じる気配を信じるなら、多分答えはイエスだ。

 玄関には近付けてはいけない。そう考えながら走っていたら、いつしか俺は、屋上に来ていた。

『……ふふっ、もう逃げられないわね』

 背後から聞こえる、嬉しそうな、恐ろしい声。

『あの子は、どこに隠したの?』

「そんなこと、言うと思ったか?」

 グッと腹に力を込めて、余裕ぶって返してみた。距離をとって、振り返る。

 そこには、二つの光があった。……いや、それは真っ赤なあいつの目だった。獲物を見つけた蛇の、あの嬉しそうで背筋が凍るそれと同じ。

 ——これだけ時間が経っていればきっと、優子は病院の外に逃げられたことだろう。しかし、それを気取られてはいけない。気付かれたら、優子がきっと、追われてしまう。

 この近距離でこの女と対峙するのは、危ない。

 でも入り口は塞がれ、もう逃げられない。

 ……優子はきっと病院の外に逃げている。なら。

 俺は、覚悟を決めた。




 あの霊がとった行動には、流石に驚いたわ。だって、私の目の前で、突然飛び降りたんだもの。

 けれど、それも一瞬のこと。私も後を追いかけたわ。当然よ、私だって霊だもの。とっくに死んだものに死は訪れない。

 スタッ、と地面に着地したその時、足にビリっとした感覚を覚えた。

 思わず飛び上がったけれど、何度繰り返しても足への不快感は消えない。

「——いました! あそこです!」

 そんな声と同時に降りかかってきた何か。そして、あの感覚が再び私を襲う。

 そのうち、様々な方向からそれが降りかかってくるようになった。量も増え、だんだん痛みが増していく。


 ……えっ?

 どうして死んだ私が、痛みを感じるの?


 いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……




 確かに俺は、あの女が青い炎の中で燃え、消えたのを見た。

「……いなくなった……」

 ほっと一安心した俺は、倉田さんに取り憑くのをやめ、離れた。

 そう、俺は飛び降りた直後に看護師さんが塩を撒いているのに気付いて、それを利用した。すぐそばにいた倉田さんに取り憑き、塩をあの女に浴びせたのだ。

 その代わり……手は、酷いことになったがな。

 倉田さん自身の手はなんともないが、俺の手は真っ赤に爛れて痛々しい。

 ……でも。

「優子を守れて、よかったなぁ……」

 月明かりに照らされながら、俺は、呟いた。


 ——これは、ただの月明かりじゃない。

 ふと、そう感じた。

 ——俺を、迎えにきたのだ、と。

 もう俺は、いかなければならないようだった。

 でも、願いが叶うなら。

 もう一度だけでいい、最期に、会わせてください。

 月に、俺を迎えにきた何かに、そう願った。




 タクシーで家に帰り、玄関に置いてある盛り塩を確認し、中に入る。

 念のために今日だけは、窓にも塩を盛っておこうか。そう考え、塩を手に窓に向かった。

 ことり。

 小皿に盛った塩を置いた、その時。

 優しく温かな風が、あたりを吹き抜けた。

「わあ……気持ちいい風」

 ふふ、と笑い、家に入ろうとした時。


 ——ふと、振り返る。

「……気のせい、か」

 気を取り直して家に入る。


 私はふと、拳登が『優子、さよなら』と言うのを、聞いた、気がしたんだ。

拳登と優子のフルネームを出していませんでしたが、城瀬(しろせ)拳登、仁瞳(ひとみ)優子です。小説内で突然名字が出てきて分からなかった、という方がいらっしゃいましたら、申し訳ございませんでした。


ハッピーエンド編はこれにて完結です。バッドエンド編を投稿後、エピローグを投稿いたしますので、大変申し訳ありませんが、目次に戻って頂けますと幸いです。

ハッピーエンドもいいけどバッドエンドも、と言う方は次にお進みください。

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