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髪の毛

『……ねえ』

 三田さんは突然、猫なで声を出した。その真っ赤な目を、拳登に向けて。

『あの子は、どんな子だったの?』

 一見優しい、穏やかな声。なのに、それを聞くだけで、鳥肌が立ち、寒気が襲う。

『……優しい人だった。優しすぎて、時には気に病まなくていいことまで、気にしてしまうこともあるけれど、いい人だった』

『……そう』

 まっすぐな眼差しで告げた拳登に、三田さんは一瞬目線をそらしたように見えた。しかし、次に彼の方を見た時には、赤い目に何故か、憐れみが浮かんでいた。

『あなたも十分、優しすぎる人に入ると思うけどねぇ』

 やけに優しい口調。甘ったるい話し方。

 拳登のまっすぐな眼差しが、少し、揺らいだ。

『あなたってきっと、嘘を吐かれてもすぐ許しちゃうたちでしょう?』

 ゆらり。戸惑ったように揺れる、目。

『あなただって、怒ってもいいのにね』

 そう言って三田さんは笑うと、手招きをした。

『こっちへいらっしゃいよ』

 ゆっくり、ゆっくり。ふらり、ふらり。

 拳登は三田さんの方へと歩いていく。

「……待って拳登」

 反射的に手を取って、止めようとして。だけど拳登は私を見ずに、その手を緩やかに振り払い、三田さんに近づいていく。

 ——拳登、操られてるんだ!

 どうして? いやそんなことよりも、どうしたらいい?

 分からない。

 分からないわからないワカラナイ!

 とにかく拳登を連れ戻そうとした。でも、三田さんが軽く手を振っただけで、触れてもいないのに私は突き飛ばされる。

 尻餅をついた私が顔をあげた、その時。

 三田さんは長い髪の毛を摘むと、抜き取ってそれを拳登の腕に結びつけた。耳に何かを、呟く。

 その瞬間、拳登が突然振り返った。

 彼の表情に、愕然とした。

 ——だって、憎しみに満ちた、恐ろしい顔をしていたから。

 今までの千鳥足のような動きが嘘であるかのように、彼は私に向かって走ってくる。そして、未だに起き上がれずにいた私に飛びかかり覆いかぶさると、そのまま手を伸ばして……首を、締めようとした。


 どうして?

 首にあるこれはなに?

 なんでこうなってるの?


 頭が理解することを拒んでいる。

 お前なんか嫌いだ、死んでしまえと、そんな声が聞こえた気が、した。でも、誰の声なのかを分かろうとしない。


 頭が混乱していても、体は正直だ。

 気が遠くなりそうになりながら、酸素を求めて、手が首にまとわりつくものをどかそうとしている。

 その時。

 私の手に、首にまとわりついているものとは、別の、細い何かが、触れた。

 ——三田さんの、髪、の毛。

 そうか、これを、切れ、ば、いいのか。

 首に、まとわりついて、いる、の、は……もう、認める、拳登の、手。私を、責めていた、声も、彼だ。

 三田、さんは、さっき、腕に……髪の、毛、結び、つけてた……襲って、きたの、は、その……あと。

 力が、入ら、ない手、で、髪に、ゆ、びを、かけた。

 あと、少し……すこし、だけ……ちか、ら、が、はいれば……。

 ……もう、だ、めだ。

「……ごめ、ん、ね……。さ、よな、ら」

 さいごに、めが、あ、つく、な、った。


 ——さいご、だと、おもった。

 でも、そうじゃ、なかった。

 ふと入ってきた大量の酸素に、私は、咳き込んだ。これ、もう今日で三回目だ。勘弁してほしい。……とは思ったけれど、とりあえず命が助かったことは分かった。

 目の焦点が、立ち上がっていた拳登にあった。

 彼は小刻みに震えて……そして、泣いていた。

 腕に結びつけられていた髪の毛を、自ら、切った。

 そして私の手を引き、立ち上がらせるなり走りだし、三田さんを押し退けて霊安室を出たのだ。

『ごめん優子! 俺……なんと言っていいか』

「ううん、いいの……操られてたんでしょ。拳登の本意では、ないんだろうから、さ」

『……ありがとう』

 人気のない廊下を、走る。走る。

















































 誰もいない、一人きりの霊安室で、ぱちぱち、と空虚な音がなる。

 当然、私の拍手だ。

「……へえ、やるじゃないのよ。私のかけた(まじな)いを何度も何度も潜り抜けて、逃げ出したなんて」

 正直、私の前から逃げ出したものは見たことがなかった。

 ……ま、逃げ切れていないけどね。


 私はあの霊に、二重の呪いをかけておいたの。今まで役立つことはなかったけれど、今、初めて効果を見せた。ふふっ。念には念を入れておくものだわ。

 一つは手首に結んだ髪の毛。強い憎しみを抱くように操るもの。これは切られちゃったわね。

 一つは、こっそりと二の腕に結んだ髪の毛。結ばれた対象が、どこにいるか分かるようにするためのもの。これはまだ気付かれていないようね。

「……ふうん、あの霊は、あそこにいるのね」

 とりあえず追いかけようと、部屋を出た。……そういえば、死んで以来、ここから出るのは初めてね。

 あの霊が通ったであろうルートを辿っていくと、行き止まりが見えた。その代わりに、右と左に、廊下が伸びている。

「……あの霊は右に行ったようだけど」

 でも、私だって馬鹿じゃない。

 ここで、女を左に逃がす可能性だってある。安易に右を選ぶべきでないのはすぐ分かる。

 もし女を左に逃していたのなら、病院の外に逃げられる前に女を殺してしまいたいわ。でも、二人で逃げていたのだとしたら、当然右の廊下を選ぶべきよね。


「さあて……女を左に逃がしたのかしら? それとも、二人で右に逃げたのかしら?」










































さて、みなさま。

実は、優子と拳登は左右に分かれて逃げています。優子は左に、拳登は右に。

優子と拳登を殺そうとしている霊、三田は、このことを知りません。

さて、三田はこのあと、右と左のどちらに進むと思いますか?

それによって、ハッピーエンドが待っているか、バッドエンドで終わるのかが変わります。


——ハッピーエンドが見たい方は、右を。

——バッドエンドが見たい方は、左を選んでください。


ハッピーエンドをお望みの方は、このまま読み続けてください。

バッドエンドが読みたい方は、申し訳ございませんが、一度目次に戻ってください。

よろしくお願いいたします。

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