答え合わせ
「俺も、もう一度優子と話せて、めちゃくちゃ嬉しい」
そう言って笑いながらも、頭の中では少し焦っていた。
何で優子に俺が見える? 霊感のない、彼女に?
「優子……俺が見えるってことは、お前が死に近づいたってことじゃねえのか? 早く帰った方がいいぞ。……ここにいたら、お前も死ぬかもしれない」
あの女のことは伏せて、ここから離れるように促してみる。ここにいたら、優子の命が、危ない。
「……そうだね。でも……最後に、訊かせて」
優子は力なく微笑んでそう言った後。
すっと顔を伏せ、か細い声で、訊いてきた。
「……恨んで、ないの?」
ぽつり。こぼれた優子の言葉に、俺は。
「そんな訳、ないだろ?」
笑い飛ばした。その言葉も、優子の戸惑いも。
「むしろ、感謝してるくらいだ。優子には心配もさせた。迷惑も、かけたかもしれない。優子のことを忘れたり、怖がったり。でも、長い間俺が寝たきりになったって、優子は俺のところに来てくれた。俺……知ってるからな。優子の目に見えなくたって、側にいたんだから。それが嬉しくて、でも、泣いてる優子を見たくなくて……だから、届かないって分かってて、何回も言ってたんだ。俺はここにいる、お前のそばにいる、だから泣かなくてもいい、って……」
「……」
優子は、何も言わない。
「お前には、幸せになってほしい。でも……俺のことを、忘れないでほしい」
約束、と小指を差し出したが、優子はなかなか、手を動かさない。
どうかしたのか? と尋ねると。
「……じゃあ、あの時、首を絞めてきたのは……拳登じゃ、ないんだね?」
「ああ、違う」
「助けてくれた冷たい手が……拳登だったんだね?」
俺がうなづくと、優子はようやく、おずおずと、小指に指をからませた。
「……うん。約束するよ。私、前を向くよ。幸せになる。でも拳登のこと、決して忘れない」
その時、優子が見せた笑顔を、俺は忘れないと決めた。今までに見たどんな表情よりも、綺麗で、そして、強かったから。
「……ほら、少しでも早く休んだ方がいいぞ」
小指をそっと解くと、優子はうなづき、立ち上がった。
「……またね、拳登」
「……ああ、また」
そう言い合って、立ち上がって。優子が帰ろうと歩き出す。
だけど。
——扉の前に立って道を塞ぐあの女を俺が見たのと、優子が立ち止まったのは、同時だった。
『そう簡単に終わらせるものか』
真っ赤な目が、闇の中で光っていた。
「……みた、さん?」
状況が理解できないまま、私は名を呼んだ。
——どうして三田さんが中にいるの? 清潔そうだった服が薄汚くなっているのはどうして? 綺麗にポニーテールにしていた髪が解かれ、ボサボサなのは? 名札も読めないほどぐちゃぐちゃなのは? 目が赤く光っているのは、なんで?
その声に、拳登が問いを投げかけてくる。
『……知ってるのか?』
「うん……ここまで案内してくださった、看護師さん、なんだけど……。三田さん、どうして、扉を」
『そうね』
三田さんは、にたりと笑った。
『そう、私はたしかに看護婦だった——遠い昔には、ね』
遠い、昔……?
『でも今の私はそうじゃない。ただの魂よ。あいつと同じ。死んだのがいつだったかも忘れるくらい、前の話だけど』
……そんな、ことって。
『私は沢山の人に裏切られて死んだ……だから、裏切り者を、私の気持ちを理解出来ない者を、殺す為に、ここにいる』
どきり、とした。
そっと、自分の首に、触れる。
「もしかして、さっき、私の首を、絞めたのは……」
『そう、私』
——信じられなかった。
まさか、まさか三田さんが、私を殺そうとしていたなんて。
でも、嘘でない証拠のように、突然三田さんの赤い目がギラついた。
ぞわり、鳥肌が立つ。
毒を吐くように、三田さんは言い放つ。
『お前たち二人のことを、壊してやる。絶対に』