生者の懺悔、死者の答え
先に言っておきます。
まだまだホラー要素ゼロです。
――拳登が、死んだ。
いつかこの日が来るのは覚悟していた。
だけど、来て欲しくなかった。
ずっと一緒に生きていきたかった。
その思いで、奇跡が起こらないかと思いながら過ごしていた、二年半だった……。
夜中の病院に、駆け込んだ。彼の名を告げると、一人の看護師さんが案内をしてくれた。
その人の髪は黒く、低い位置で結ばれたポニーテールは腰ほどまであった。つり目とすっとした鼻、色付きがあまり良くない唇。さっきちらりと見えた名札には「三田」と書いてあった。
「――こちらです」
しばらく進んだ後、不意に三田さんは立ち止まって、扉を指し示した。
「ありがとうこざいます」
喉から掠れ声を絞り出し、私は、一人で中に入った。
『霊安室 1』と、そこには書いてあった。
拳登は、白い布団の中で、死装束を着て、眠っていた。それが信じられなくて、彼の頬を触る。しかし、次の瞬間には手を離してしまっていた。あまりの冷たさに。不自然な硬さに。
たしかに拳登は死んでいた。目の前にいる彼は人形のように冷たくて。おそらく死後硬直も始まっているのだろう。でも……まるで、悪夢を見ているみたいで。妙に現実味がなくて。
「なあ……俺、病気、治んのかなぁ」
「絶対治るよ! 拳登、大丈夫だから!」
まだ彼が無動性無言の状態になる前で、私のことも、自分のことも覚えていた頃、そんな会話を幾度も繰り返した。病気のせいで落ち込みがち、不安になりがちで、精神が不安定……そんな彼を、少しでも元気付けたくて。
でも、私は知っていた。
隠していた。
彼の病気は、治せないものだということを。
「拳登、あのね。私……ずっと、嘘をついていたの」
彼が生きているうちには言えなかったことを、いつしか、自然と、話し始めていた。
「拳登の病気は……実はね、不治の病だったんだ。絶対治るって、そう言ったけど……嘘だったの。決して治らない、死ぬことが決まってしまったものだったの……」
もし彼がこれを聞いていたら、どんな思いをするだろう。
嘘つきだと思うだろうか。
裏切り者だと思うだろうか。
「拳登には……どうしても、そのことが、言えなかった。だから、黙っていた。嘘をついた……ごめんなさい」
それだけではない。私が言わなければならない――詫びなければならないことは、まだあるのだ。
「……ねえ、拳登。お義父さんと、お義母さんのことだけど」
身が引き裂かれるようだった。
「お二人には、拳登が病気だってことは伝えたよ。病院の場所も。差出人の名前はなしで。だけど……一回も、お見舞いに来なかったね」
目が、熱い。
「私たち、お互いの両親が結婚を許してくれなくて……特に拳登のご両親は嫌がって、二人で拳登の実家に行った時、絶縁だって、そう叫ぶくらいには拒否されていて……。あの時から、私たち――特に拳登は、冷たい対応をされて。でも、拳登はお二人が大好きだったよね。だから、私」
鼻が、つまりだす。
「今まで言ったことはないし、こんなこと……言えなかったけど。でも、もし私が拳登と出会うことがなければ……拳登はご両親と仲良く過ごせたんじゃないなぁ、なんて、そんなことを考えたことも、何度もあった。もしかしたら、出会わなかった方が幸せだったんじゃないかって」
息が、苦しい。
「ご両親にも伝えるよ、拳登が死んだこと……もし、お葬式にお二人が来なかったら……それは、私のせいにしていいからね。
……ただ、これだけは言わせて」
鼻をすすった。目をこすった。そしてようやく、泣いていたことに気が付いた。
「私は、拳登のことが大好きだったよ。だからもし、この先別に好きな人が出来たとしても、拳登のことは忘れない」
自分勝手な誓いだと思った。
「私、酷いことをした。嘘もついたし、それに、拳登を不幸にしていたかもしれない。だけど」
だけど。でも、許して。
「わがままかもしれない。だけど、私は拳登を忘れないから。
――だから、私の記憶に、居続けて欲しい」
「――ありがとう」
声が届かないのなんて、知っていた。優子に霊感なんてないから。だけど、優子の優しい嘘が嬉しくて、つい、呟いていた。
「父さんと母さんのことは、気にしなくてもいいよ。優子のことが本当に好きだったから、優子と一緒にいるのが幸せだったから、猛反対にあっても二人で一緒にい続けたんじゃないか」
優子は優しい子だった。いや、優しすぎる子だった。だから、こんな気にしなくてもいいことを気に病んで、たった一人で抱え込んでいたんだ。一番近くにいた俺にすら、いや、俺だからこそ、気づかせないように。
「俺も優子がずっと大好きだ。この先記憶を消され新たな輪廻を回るかもしれないし、記憶を残したまま死の国に行くのかもしれない。どうなるか、俺もまだ分からない。だけど、俺でいいのなら」
聞こえることのない答え。
それでも、構わない。
「ずっと、優子の記憶の中に居続けたい。だから、俺の方こそ、わがままだけど」
ずっと自分勝手だと思うけど。
「――俺のこと、忘れないでください」