08.初めての商談
「――ん? おい、ミーアさんよ。さっき、俺の事おじさんって呼ばなかったか?」
そう、俺は気づいてしまった。先ほどはついミーアの可愛らしい角に気を取られて流してしまった。微妙なお年頃の俺には禁句の言葉を。
「何よ? 事実じゃない。何、気にしているの?」
「こ、この……! いや、いいさ。うん、気にしてない」
ミーアの無神経な態度にイラっとくるのは仕方がないが、子供を本気で相手にするのは大人気ない。うん。
それに、後ろからグレースの堪えきれずに噴き出したであろう音が聞こえるしな。
「ほら、やっぱり気にしているじゃない」
「いいさいいさ、本当に」
「……ふぅん」
我ながらこの生意気な少女によく我慢していると思う。なんたって俺は大人だからな。
「それより、皆さんご到着みたいだぞ。戻らなくていいのか?」
「あら、そうね。それじゃ、また後でね!」
「あぁ、またな」
俺たちが話している間に、ミーアが護衛しているという隊商もだいぶ近づいてきていた。俺が促すと、ミーアも仕事をするべく隊商の方に戻って行った。
別れの挨拶がまた会えたらではなく、「また後で」だったのには理由がある。俺たちがこの後隊商に同行させて貰うのは、暗黙の了解だからだ。
おそらく、ミーアも隊商に合流したらそのように報告するだろう。
ミーアをひとまず見送った俺は、後ろを振り返る。
「じゃあグレース、隊商に合流できるよう準備しておこう。念のため、さっきの戦闘で何か落としていないか、確認しておいてくれ」
「そうね。わかったわ」
あと十分もしないうちにこちらまで隊商が到着するだろう。同行させてもらう為の段取りを考えつつ、俺たちはミーアたちを待ち受けた。
しばらくして俺たちの元まで到着した隊商は、地球規模で考えると非常に大規模な物だった。初めて見る魔道車が大小様々に連なっており、その周囲を実に多種多様な騎獣に乗った者達が護衛している。魔導車に何人乗っているかはわからないが、護衛だけでもざっと見て三百名以上はいる。かなり大所帯だ。
隊列の中央付近にある周囲と比べて比較的小型の魔導車から降りてきた人物が、ゆっくりとこちらに柔和な微笑みをその顔に浮かべながらやってきた。
「どうも、はじめまして。私共はモリアス王国第二級隊商ジーブア。私はこの度の隊長を務めさせて頂いている、番頭のニグニ・グラードでございます」
「これはご丁寧に。私はリアム・シード。後ろにおりますのが妻のグレースと、娘のシルビアです」
第二級隊商とは農作物専門の国家公認の隊商を意味する。当然、格式のある大規模な商会な訳で、そこで番頭をしているとなればこの人は大物だ。
とても上品に挨拶された俺は、ここぞとばかりに日本人の社畜魂を見せ、襟を正して返礼する。襟なんてないけど。気持ちの問題だ。
俺が紹介するのにあわせ、グレースもニグニさんへアビスの作法に則って挨拶する。シルビアは子供だから気にしなくていい。
「事情はミーアから伺っております。大事に至らなくて何よりでした」
「ありがとうございます」
ここまでは所謂お約束の挨拶である。無難に返しておけば問題ない。大事なのはこれからだ。
「実は、不躾で恐縮ですが、ニグニさんに折り入ってご相談させて頂きたいことがあります」
「はい、なんでしょう?」
「私達を次の街まで、同行させて頂けないでしょうか」
「ふむ……」
俺たちは安全を確保するために、何としてでも彼らと同行しなくてはならない。勿論、もう暫く待てば国軍の巡回兵も来るかもしれないが、その間にまた襲撃される可能性は無いとは言えなくなってしまった。
万全を期すためにも、大規模な隊列を組んでいる隊商に同行したい。
当然、そんな俺たちの事情など彼はお見通しの上である。少女のミーアでさえ分かっていたのだから。つまり、ニグニさんが悩んでいるのは演技だ。無論、演技であるとお互いに知っている前提の上での。
俺は今、試されているのだ。この温和そうな雰囲気に騙されてはいけない。
内心の緊張を極力顔に出さないように気を張りながら、ニグニさんと交渉する。
「勿論、無償でというわけではありません」
「ほう、それはそれは」
俺の言葉に、ニグニさんの笑顔が深くなった。ちょっと怖くなってきたぞ。
「見たところ、魔導車はお持ちでないご様子。騎獣も十分な数はおられないようですな。つまりは、私共の魔導車に有償でお乗りになられないと、そういう訳ですかな?」
俺たちをざっと観察したニグニさんは、そう問いかけてきた。勿論、その通りである。問題は、何を対価とするか、だ。
「えぇ、その通りです」
「えぇえぇ、承知致しました。対価を支払って頂けるのであれば、私も商人の端くれ、喜んでご乗車頂きましょう」
「はい、ぜひお願い致します」
「それで、対価は何をお支払い頂けるのでしょうか?」
ほうら、予想通り。とは言っても、俺たちは無一文だ。転移するときに最低限の武具と道具は与えられているが、金銭は一切ない。
また、金になりそうな物も当然持ち合わせていない。
そのことはニグニさんも承知の上だろう。異邦人がどのように転送されてくるのか、常識なのだから。だからこそ、金銭的な支払いを求めず、「何を」と聞いてきているのだ。
俺たちが今の状態で対価として出せるのは、ただ一つしかない。それは――
「俺たちの故郷、第六位世界アースについてお話させて頂く、というのは如何でしょう」
つまりは土産話だ。下位世界が統合され数多くの異邦人が現れたことは、市場に大きく影響を与えるだろう。機微に敏い商人ならば、誰よりも先に情報を仕入れたい筈。
「ほほう! それはなんとも……個人的にも魅力的ですな」
ほらな?
それに商人としてではなくても、千年に一度のイベントは誰しも強く興味を惹かれる事だろう。同族のミーアも食い付いてたしな。
ミーアも俺がこの話を持ち出すと予想していたからこそ、あの言動だった訳である。当然ニグニさんも想定していて、彼は俺がこの話を持ち出せるかどうか、試していたのだ。
俺たちが実際に襲われたように、異邦人だからといって諸手で歓迎する馬鹿は居ない。彼としては、俺たちの性格を把握する必要がある。それがリーダーとしての義務と言える。
「えぇえぇ、そういう事ならば、大変結構でございます。こちらからも、宜しくお願い致します」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
予想通りあっさりと承諾をニグニさんから貰い、俺の異世界での初めての商談もどきは無事に終えた。
「では皆さん、私と同じ魔導車に同乗頂きましょう。そちらの騎獣は別車両になりますが、宜しいですかな?」
ニグニさんが俺たちを先導しながら、ソルの扱いに関して確認してくる。
「お世話になります。こいつは妻と契約している精霊騎獣ですので、送還すれば大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
ソルはこちらに来る際に精霊騎獣となっている為、召喚獣の様な存在である。精霊騎獣は精霊界へ送還すれば、問題ない。街に着いたらまた呼んでやればいいしな。
「ほほぉ! 精霊騎獣ですか、それは珍しい。なるほどなるほど、承知致しました」
精霊騎獣と聞いて、物珍しそうにソルを見始めるニグニさん。まぁ、エルフ系の種族でも、精霊と契約できる種族は少ない。そもそも精霊と交流できないミノタウロスが国民の大多数のモーリア王国だと、珍しい部類だろう。
「じゃあ、グレース。よろしく頼む」
「えぇ。ソル、『戻って休んで』、また後でね」
「ウォン」
グレースが精霊語を使ってソルを送還すると、ソルは尻尾を振りながら徐々に淡くなっていって微かな光を残して姿を消した。これで、大丈夫だろう。
「いやいや、これは珍しいものを拝見させて頂きました。それでは、ご乗車下さい」
護衛の一人が魔導車のドアを開けて、ニグニさんが俺たちに促す。一応対価を払う形だから客として扱ってくれている様だ。流石だな。
お言葉に甘えて、早速乗り込むとしよう。
「ありがとうございます。それでは失礼して」
「ありがとう!」
「お世話になります」
俺、シルビア、グレースの順に乗り込む。きちんと挨拶出来て偉いぞ、シルビア。
「それでは、出発です」
最後に乗り込んだニグニさんが腕時計の様な端末を触ると、特に振動を感じることもなく魔導車がかなりの速度で進み始め、俺たちは驚いた。新幹線なんて余裕でぶっちぎる速度じゃなかろうか?
おそらく俺たちに近づいてきた時とてもゆっくりだったのは、事故防止の為に徐行運転だったのだろう。
それから数時間、ニグニさんに呼ばれて遅れてやってきたミーアも交え、俺たちは地球――アースについての話に花を咲かせる。
こうして俺たちは無事、ニグニさん達が向かっていた目的地、第四級都市ローランへと辿り着く。
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