07.闘争と逃走
「モータルストライク!」
おそらく普人族と思われる男が、俺に戦士系クラスの最も基本的なスキル、物理ダメージ15%アップの一撃を放つモータルストライクを打ち込んでくる。
このスキルが高威力でないにも関わらず、戦士系クラスの基本とされる所以がある。その一撃を食らうと確実に回復阻害効果のあるデバフがつくからだ。それも十秒間、回復量が60%低減されるという、基本スキルにしては中々強力なスキルだ。
今の状況でこいつを食らうのは非常にまずい。俺は回避が間に合わないとみて、なんとか受け流そうとするが――
「ぐ、くそ! ――いかせるか! デス・グリップ、アイスチェイン!」
――相手の技量が高く、受け損ねてしまう。しっかりと一撃を与えられてしまった。
俺が普人族の戦士に抑えられている隙に、後衛に回り込もうとしていた同じく普人族の盗賊系のスカウトの男が視界に入った。
俺は戦士の男を牽制しながら、スカウトの男をデス・グリップで強制的に引き寄せ、アイスチェインをすぐさま打ち込み移動速度を10秒間60%減少させるデバフを与える。いずれも、デスナイトの基本スキルだ。
「小癪な! どけ!」
足止めを食らったスカウトの男が激高し、戦士の男と連携しながら俺に苛烈な攻撃を加えてくる。
「お前ら二人は意地でも通さん!」
俺が腹の底から気合を入れて怒鳴り返すと、男たちはこちらを馬鹿にするかのように笑った。
「この素人が。お前じゃあ、俺たちを殺せん」
「だろうな。だが、足止めはできる」
スカウトの男が言う通り、人生で一度も武術を嗜んだこともない俺は、この男たちの技量には到底敵わない。精々足止めが限界だろう。しかし、それが出来れば十分だ。
「はん! 巡回兵が来るまで時間稼ぎか――舐めるなよ!」
「スカウトの癖に良く喋る奴だな」
「てめぇ……楽に死ねると思うなよ」
本当に良く喋る男だな、スカウトには向いてないんじゃないか?
この間も、戦士の男の攻撃を起点にして隙をみてスカウトの男の鋭い一撃が俺に放たれ、時には横を抜けてグレース達を狙おうとしている。
おしゃべりな奴ではあるが、こいつらの実力は確かだ。
「リグロース! あなた、無理はしないで!」
「あぁ、わかった!」
回復阻害効果のデバフを切らさないようにデバフを与えてくる戦士の男のせいで回復量はいまいちだが、グレースの回復魔法が俺を支えてくれている。ドルイド系クラスの基本的な回復魔法であるリグロースは、単体のヒーリングとしてはいまいちだが、継続回復効果のあるバフ――通称リジェネが付与される使い勝手の良い魔法だ。
「デスストライク!」
「――ちっ!」
そして、デスナイトの基本的な攻撃スキルであるデスストライクは、闇属性の攻撃で相手の生命力を奪い取る、攻撃兼自己回復手段だ。これがあるからこそ、ヒーリングデバフを食らっていてもグレースのヒールと合わせて、二人の息の合った連携攻撃を耐え凌ぐ事が出来ているのだ。
もちろん、俺たちが高性能な種族であることも要因の一つだ。
俺の攻撃を避け損ねた戦士の男は苦い顔をして舌打ちを打った。中々思い通りにいかないから焦れているのだろう。スカウトの男とは違って寡黙。対照的な二人だ。
「ソル! ほかに伏兵がいるかもしれん! 二人は任せたぞ」
「ウォン!」
精霊騎獣である自身の背中にシルビアを乗せ、ソルはグレースの傍で周囲を警戒している。あれなら、もし伏兵がいたとしても不意を打たれることはないだろう。
「よし、まだまだぁ!」
俺は不慣れな戦闘ながらも、死力を尽くして二人を抑える。
戦士がヒーリングデバフを切らさず、スカウトの男が連携して攻撃しつつ横を抜けようとする。
グレースのヒールに背中を支えられながら、戦士から生命力を奪い、スカウトを足止めする。余裕があればグレースも魔法で追撃を加える。
男たちに襲撃されてから既に十分以上経過している。次第に男たちに焦りが見え始めた。
「おい、もうそろそろやべぇんじゃねぇか」
スカウトの男が戦士の男に小声で話しかけていた。というか、俺と近接戦しているのだから、丸聞こえなのだが。やっぱりこいつの腕は良くても、馬鹿だ。
戦士の男がちらっと太陽の位置を確認してから暫し考え、結論を出す。
「――引き上げだ」
「了解! ヴァニッシュ!」
「くっ! 待て!」
戦士の男が大きく俺を牽制し後ろに退くと、すぐさまスカウトの男が盗賊系のスキル、ヴァニッシュを使う。その瞬間、二人の姿が見えなくなり、気配が遠ざかっていくのを感じた。
盗賊系スキルのヴァニッシュは、三十秒間パーティーの姿を即座に隠す事ができるスキルだ。その間に攻撃的な行動を取るか、何らかのスキルもしくは魔法を使うと効果は切れてしまう。それでも、戦闘から離脱するには非常に有用なスキルだ。
本当に奴らが離脱したのかわからない為、俺は暫く警戒を解かなかった。逃げたふりをして奇襲を狙ってくるかもしれないからだ。
「ソル、どうだ? ――そうか。ありがとう」
暫くして何もない事を確認した俺は、索敵能力の高いソルにも確認し、漸く警戒を解いた。
「皆、ひとまず終わりだ。もちろん油断は禁物だが、もう少しで巡回兵も来るだろう。一休みしよう」
「……えぇ、そうね。そうするわ。シルビア、いらっしゃい」
皆に声を掛けると、グレースも漸く肩の力が抜けたのか、ほっとしていた。その顔には疲労の色が濃い。
グレースはソルに駆け寄り、背中にいるシルビアを抱き下ろす。
「ママ―!」
「もう、大丈夫よ。よく我慢したわね」
「あぁ、偉かったぞ、シルビア。良く泣かなかったな」
「ふ、ふ、ふえぇぇ!!」
「大丈夫、大丈夫……」
七歳児――シルビアはハイエルフだから、アビスにおいては七十歳だが――が、恐ろしい場面で泣き声も上げず、しっかりとソルに掴まって邪魔にならないようにしていたのだ。
とても、怖かったろうに。本当に、よく頑張った。
母に抱かれ緊張の糸が切れて大泣きするシルビアを、グレースは優しく包み込むように背中を摩りながら慰めていた。
「ソルも、良くやってくれたな」
「ウォン」
シルビアを降ろしたソルは、休むように伏せっていた。鼻や耳が小刻みに動いている事からも、警戒は怠っていないのだろう。偉い。
背中のシルビアが危険に晒されないよう、ソルは賢く立ち回っていた。獣の本能なのか、非常にポジショニングが上手い。スカウトの男が後衛に回り込むには、俺の近くを通らざるを得ないようにしてくれたお陰で、俺も楽にフォローすることができた。
真っ先に隠れた接近者に気づいたことも加えて、間違いなくMVPである。
「皆、すまなかった。俺のミスだ」
「あなた……」
そう、そもそもこんな事態になったのは、自分では色々考えて行動していたつもりでも、油断があったからだ。
「転送先であるアビスの事ばかり気にしてしまっていた。アース人の事も警戒すべきだった」
確かに、転送後の場所によってモブや盗賊、過激な勢力などから襲われることは予想し、対策も考えていた。だが、アース人から襲撃されるとは、夢にも思わなかったのだ。
「転送地点が他のアース人と近くなる可能性は非常に低いと、甘く見積もっていた。それがなければ、いくらここが普段なら安全地帯だったとしても、もっと事前に襲撃に備える事ができたはずだ」
何せ、このアビスは想像もできないほど広い。この俺たちがいるモリアス王国の領土だけでも、地球の全大陸が何個も入るスケールなのだ。まさに圧倒的スケールである。
それだけ広ければ、たかだが百億人のアース人が転送先に同じモリアス王国を選んだとしても、すぐに合流することは非常に難しいだろうと思われたのだ。
だが現実は、その万が一の事態が起きた。何とか撃退できたものの、あと一つ何かあれば命を落としていたかもしれない。まさに綱渡りの戦いだったのだ。
「いいのよ、あなた。謝らなくても」
血を流すほど唇を噛み切って後悔している俺に、シルビアが落ち着いてきたのをみて、グレースが慰めの声をかけてくれる。
「だが……」
「同じだけの情報を付与されたのに、私も気づけなかったわ。荒事が苦手だからと言って、あなたに任せっきりにしてしまっていたの」
「それは! ……そうかもしれんが」
「大事なのは失敗を次に活かす事よ。この子を守るために、一緒に頑張っていきましょう?」
「グレース……ありがとう」
「あなたも。痛かったでしょう? 私達を守ってくれて、ありがとう」
「あぁ」
グレースの言葉が、俺の胸に染み渡る。そうか、俺は皆を守れたのか。
――俺の妻は、いい女だ。
暫し俺たちは言葉もなく、穏やかな時間を過ごした。
突然始まった俺たちの初戦闘は、順調は出だしとは言い難がったが、力を合わせて何とか乗り越えることができた。
しかし、種族やクラス構成を考えると、あの男たちには非常に有利に戦えた筈だ。だが実際は、なんとか耐え凌ぐだけで精一杯だった。
恐らく男たちは元々武術を身に着けていたのだろうが、それを差し引いても俺たちは俺たち自身を全く活かせていなかった。
少しでも早く強くならないと、次もどうにかなるとは限らない。俺たち以外の者たちも、成長していくのだから。
そんなことを考えながら身体を休めていると、街道の先からこちらに向かってくる一つの人影があった。
ちらりとソルを見ると、警戒心をむき出しにはしていないようだ。恐らく、先ほどと違って今は敵意を感じ取ってはいないのだろう。あくまでも、今は。
「グレース、誰か来る。念のため、警戒を」
「えぇ、わかったわ」
これからはもう、一切油断しない。まだまだ認識が甘かった。俺は皆を守るために、強く、賢くならないといけない。
俺はグレースたちの準備が終わるのを待って、だいぶ近くまで歩いてきているその人影に向かって、声を張り上げた。
「おーい! その辺でとまってくれ」
「えぇ、わかったわ!」
俺の呼びかけに対して返事をして、その人物は立ち止まって被っていたフードを外した。
「私はミーア! モリアス王国第二級隊商ジーブアの護衛よ! 敵意は無いわ! 戦闘を察知したから、先行して偵察に来たの!」
その声からもわかるが、フードを外して顔を見せたのは一人の少女だった。桃色のショートヘアで、意志の強さを感じさせつつ凛とした雰囲気を持つ、一見すると普人族に見える美少女。
「承知した! 賊は先ほど撃退した! 両手を隠さずにこっちまで来てくれ!」
「了解よ!」
俺の指示――というよりも、アビスにおけるお互いに敵意がない事を示す慣習――に従って、さらにこちらに近づいてくるミーアと名乗った少女。
大声を出さずに会話ができるぐらいまで傍に来たミーアは、改めて名乗った。
「改めて自己紹介するわね。私はミーア・フロイド」
「リアム・シードだ。後ろのは俺の家族だ」
お互いに距離は保ったまま、目礼で挨拶を交わす。ミーアはちらりと俺の後ろに目をやると、軽く頷いた。
「言った通り、私は隊商の護衛よ。戦闘の気配を察知したから私が先行して様子を見に来たの」
「あぁ、理解している。先に言った通り、賊に襲われたが撃退した。十数分前のことだ」
ミーアは俺の説明を聞きながら周囲を観察していた。恐らく、俺の言っていることが本当かどうか確認しているのだろう。
戦闘跡を見てある程度推察出来る技量がなければ、そもそもこの少女が一人先行して偵察に来ることは無い筈。
「そう――みたいね。わかったわ」
ある程度納得したのか、ミーアは若干肩の力を抜き、後ろを振り返って大きく手を振って合図をした。後方で待機している隊商に安全確認を終えたことを伝えているのだろう。
俺もグレースたちに手を挙げて、もう大丈夫だと伝える。グレースたちはほっとしたようだ。
「それで、あなた達はなぜここに? 襲われた心当たりは?」
ミーアが少し首を傾げて問いかけてくる。
「ま、当然気になるよな」
そりゃそうだ。ここら一帯はシーラオの耕作地帯。他に何かがあるわけではない。この街道を使うとすれば、国軍の巡回兵かミーアが護衛をしている隊商ぐらいしかいないのだから。
「えぇ、皆が来るまで少し時間もあることだし、聞かせてくれるかしら」
「もちろんだ」
隊商はその性質上、大所帯だ。一人身軽に様子を見に来るのとは違って、慎重に進んでくる。合流するまでミーアが言うようにしばらく時間がかかるだろう。
俺は簡単に説明した。俺たちが元の世界から転送されてきたばかりだということ。襲ってきた者たちも同郷の者達だったこと。そして、推測ではあるが、なぜ襲われたのかについても。
「ふぅん……貴方たちが今回の異邦人なのね、理解したわ」
一通り話を黙って聞いていたミーアは、俺たちに興味が湧いたのか、軽く目を見開いた。
「この世界には多くの異邦人がいるわ。私のご先祖様もそうだしね。でも、アビスシステムが世界を統合した時代に立ち会えるなんて、私は運が良いわね」
そりゃあ千年に一度周期だからな。長命種か不老でもない種族が、実際にその瞬間に立ち会えることなんて稀だろう。
「そんなもんか」
「そうよ。私の種族は普人族より長生きとはいえ、精々三百年程だもの」
という事は、四、五世代ごとでしか立ち会えないことになる。普人族よりはましだが、それでも珍しい事には違いない。
「あぁ、やっぱり。ミーアさんの種族は……」
「ミーアで良いわ、おじさん。そう、私は見ての通り――」
ミーアは俺が零した言葉を聞いて苦笑しながら、頭頂部付近の桃色の髪を両手で掻き分けた。
そこからひょこっと出てきたのは、やや小ぶりな少し渦巻いている、可愛らしい角が二本。
「ミノタウロス族よ」
これが、俺たちとミーアとの初めての出会いだった。この時の俺たちは、まさかミーアと腐れ縁になるとは、夢にも思っていなかったのである。
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