04.キャラクターメイキング その四
「クラスと種族を選ぶのが一番の難所かもしれんな」
付与された情報の中で、種族に関する重要な項目は次の通り。
・アビスには膨大な種類の種族が生息しており、キャラクターメイキングではベース種族を二つ選択することで、自らの種族を決定する。
・交配可能な種族のみが選択可能となる。子がいる場合、夫婦間で交配不可となる種族は選べない。
・個体によって選択可能な種族は異なる。
・種族によって選択可能なクラスは異なる。
・両親の種族によって子供の選択可能な種族は制限される。場合によっては自動的に決定される。ただし、生活集団単位が異なる親子間には依存関係がないものとされ、制限されない。
ちなみにアビスでは〇〇人とは出身世界を表し、種族を指すわけではない。例えば、地球出身者が転移時にミノタウロス族として構成した場合、「ミノタウロス族のアース人」と呼ばれる。エルフなら、「エルフ族のアース人」である。
コンソール端末に俺が選択可能な種族とクラスの一覧を表示する。種族を選ぶと、それにあわせて表示されるクラスも変更され、クラスごとの固有能力や使用可能なスキルも併せて表示される。
それにしても、気の遠くなる様な組み合わせの数だ。こんなの、総当たりでチェックすることなど正気ではない。
恵も同様の事を考えたようで、声を掛けてくる。
「ねぇあなた、流石に全部を隅々まで理解して確認するには時間が足りないわ」
「そうだな。でも、理想的な組み合わせがあった場合、それを逃すのは余りにも惜しい」
「えぇ、そうね」
転移先でどうなるかはわからないのだ。面倒だからといって手を抜いて良い事ではない。最も、時間が足りないのは事実だから、どうしたものか……。
そこまで考えたとき、久々に白い空間にあの無機質な声が響いた。
『解。希望条件を音声入力することで、種族とクラスの組み合わせをフィルタリングすることが可能です』
「うぉ! びっくりしたぁ。なんだ、サポートしてくれるのか。というか、俺たちの考えが分かるのか」
思わずそんなことを聞いてしまう。だって俺、さっきまで口に出してなかったのだもの。
『肯定。再構成プロセスに遅延が認められる場合、被転送体の思考情報を分析し、最適解へ導きます』
まぁ、そうだよね。そもそも魂の状態の俺らをどうこうしているのは、アビスシステムそのものだ。情報を読み取る事ぐらい造作もないことだろう。
「良かったわね、あなた。これで楽になる上に、慎重に選べるわ」
「それもそうだ。手伝ってくれるなら何よりだ。じゃあ早速」
恵にそう言われ、横に逸れてしまっていた思考を戻す。今俺たちがしなくてはいけないことは、アビスシステムについてではなく、種族とクラスの組み合わせを選ぶことだ。
「まずは、俺からだ。それじゃあ、次にいう条件に合うものをピックアップしてくれ――」
そうして俺たちは、システムのサポートを受けつつ自分たちでも情報を再確認しながら、最終的に二つの案まで絞り込んだ。
「よし、あとはこのどちらの案が良いか、だな」
「えぇ、ここまでくればあと少しね」
「まったくだ」
ここまで絞り込むのに多大な時間をかけてしまい、なんだかんだ転送まで残り十時間を切っている。魂の状態で存在しているからか肉体的な疲労は無いが、精神的には疲れがたまる。
「一つ目の案は、堅実路線。安定して大抵の状況には対応できるけど、突発的な事態には弱い。あと伸びしろが少ないのが欠点ね」
「あぁ。二つ目の案は、大器晩成路線。成長するまではデメリットもあるけど、それなりに大抵の状況に対応できる。将来的には皆の個性がうまく嵌れば、大きな強みができる」
俺たちの命が掛かっているとなれば、どちらも一長一短に見える。
一つ目の案であれば、転移直後は比較的安全に過ごせるかもしれないが、万が一予想もできない事態や強敵に遭遇した場合、非常に危険だ。また、成長が割と早い段階で頭打ちになる可能性が高い。
二つ目の案であれば、最初は苦労するかもしれないが、俺たちが成長して型に嵌ってくれば、耐久力があり強力で柔軟性が高い理想と言えるパーティーへ近づいていけるだろう。しかし、成長するまでに対応できない事態に遭遇しやすく、危険に陥ってしまうリスクが高くなる。
俺と恵はしばらくそれぞれで悩んでいたが、お互いにこれといった答えはしばらく出せなかった。
精神的な疲れを逃がすために溜息をついた恵は、俺に問いかける。
「あなたはどちらがいいと思う?」
「俺は――」
もしこれが本当にゲームであるならば、迷わず後者の大器晩成型を選ぶだろう。成長すれば、初期のデメリットなど比ではないメリットが生まれてくるという、ロマンがある。
だが、これはゲームではなく掛かっているのは俺だけじゃなく、家族の命だ。そうなると、悩む。
かといって一つ目の案だと、今のアビスの状況が未来永劫続くなら鉄板だが、これから俺たちというカンフル剤によって激動の時代が到来するのだ。間違いなく、不測の事態はいくら避けようとしてもやってくるだろう。その時、突出した強みがなければ、切り抜けられないかもしれない。
だから、俺は――。
「――二つ目の案が良いと思う」
「あら、それはどうしてかしら?」
俺が自分の答えを出していたのに感心したのか、少し目を見張って恵が問い返してくる。
「そもそも、現時点でいくらこの先のリスクを想定したところで、限度があると思う。アビスの情報は与えられていても、実際に俺たちが経験しているかどうかの差は大きい。わからないことだらけだ」
仮に制限時間がなく、限界まで転移後に起こり得るリスクを想定しても、完璧には程遠いことだろう。
「それなら、多少の不利は飲み込んだうえで、俺たち自身の成長に懸けたい。そう思うのだ」
俺は力強く恵を見返す。俺は、俺の大事なものを守るために理想的な力を手に入れたい。その為に多少のリスクは覚悟のうえで乗り越えてやるさ。
恵は少し考えこんでいたが、程なくして答えを出した。
「……そう、そうね。私たち自身を、信じてあげればいいのよね」
「あぁ」
「わかったわ。種族とクラスは、二つ目の案にしましょう」
「よし。じゃあ選択するぞ」
俺はコンソール端末に再び手を伸ばし、皆の種族とクラスを選択していった。
あとはそれぞれ、ロールに合ったスキルや魔法を選択していくだけだ。勿論、これも取りこぼしがないようにシステムのサポートを受けながら煮詰めていった。
制限時間である24時間まであと少しといった時、俺たちは構成情報の構築――キャラクターメイキングを無事終えてひと段落ついていた。
種族とクラスを決めてしまえば、あとは各自のロールと個性に応じて、最適な能力値や、必要なスキルと魔法は容易に決められる。勿論、時間ぎりぎりまで見落としたことがないよう、何度も何度もチェックしたが。
そして、遂にその時が来た。
『構成情報構築の制限時間を迎えました。未確定の構成情報について自動的に構築します――完了』
未確定の人たちはやっぱりいるのか。間に合わなかったのか、できなかったのか、状況はわからないが。
『基準時間軸の固定――完了。転送座標設定――完了。被転送者とアースとの接続を解除――完了』
その瞬間、大きな喪失感を感じた。地球との繋がりを無くすとは何とも言葉に表せないが、心に穴が開いたかのようだ。
すると、先ほどまでただ広くて白いだけの空間だった筈だったのに、今は宇宙から地球を俯瞰しているかのように景色が移り変わっていった。
『アースの構成情報を分解、アビスへと転送します』
無慈悲に無機質な声がアナウンスした直後――地球が、宇宙が……崩壊していく。きらきらと虹色にひかる粒子に分解され、消えていく。
崩壊が進むにつれ徐々に元の白い空間へと戻っていく。
僅かばかりの時間をかけて、遂には完全に白い空間へと戻る。
『アースの消滅を確認しました。これより被転送者の転送を開始します』
ふと恵を見れば、震えつつも詩織とソルと膝に抱えながら、目を見開いて声もなく涙していた。
自分の頬に手をやってみれば、俺も泣いているのだと気づいた。
この時、俺たちは地球を……故郷を……魂の拠り所を、永遠に失くしたのだ。
俺たちの思考は把握しているにも関わらず、システムは当然のように俺たちの感傷など構わずに作業を進める。
『――創造主より、通達を受信。被転送体に共有します』
――汝らの命の輝きに、祝福あれ。
創造神。手塩にかけた根源世界アビスの進化を促す為に、下位世界を消費することを仕組んだ、すべての元凶。
なのに、祝福などという言葉を使う。いや、神だからこそか。
なればこそ、いつか必ず――
『Re:constructionプログラム、起動』
――こんなくそったれなシステム、終わらせてやる。
白い空間に眩いばかりの光が弾け、俺は意識を失った。
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