03.キャラクターメイキング その三
アビスへ転送される際に、元居た下位世界での名前は捨ててアビスの風習に合うよう名前を設定するべきだ。元の名前のまま転送しても良いのだが、名前からどの世界出身かを推測されやすいのは、様々なトラブルの元だと与えられた情報から簡単に推察することが出来る。
「恵は、良い案ある?」
俺は新しい名前に関してさくっと妻の恵に丸投げする。俺にネーミングセンスなんて存在しない。
「ん~、そうねぇ。あんまり元の名前から離れすぎても馴染まないし、元の名前から連想してアビス風に弄る、自分の特徴に合う意味を持つ名前が無難じゃないかしら」
「それもそうか、わかった。お互い考えてみよう」
「そうね、でもあまり悩んでも仕方ないから、直感でいきましょう」
そうして俺たちは新しい名前を考え始めた。まずはファミリーネームからだ。
元のファミリーネームは進藤。アビスの名前は地球でいう欧米の語感が最も近い。
シンドーは論外として――シードゥ、シーズ、シドー…。
ん、シードなんてどうだろうか。語呂も良いし、種子も願掛けとして良さそうだ。
「なぁ、恵。ファミリーネームはシードでどうだ?」
「あら、私もちょうど同じことを考えていたところよ」
「ほんとか! なら決まりだな」
「えぇ」
なんと、あっさりファミリーネームが決まってしまった。もしかして俺にセンスも一緒に付与されていたのだろうか。
「じゃあ名前だけど、正直思いつかない。恵に任せてもいいか?」
「もう……仕方がないわね、良いわ。ちょっと待ってて」
だがリスクは侵せない。皆のファーストネームは恵に一任することにした。持つべきものは頼れる妻である。
恵が考え始めて十数分後、答えが出たのか顔を上げてこちらを見た。
「よし、良いわ。あなたが、リアム。私が、グレース。詩織が――」
恵が考えてくれた俺たちの新しい名前は次の通りだ。
まずは俺、進藤拓馬はリアム・シード。
リアムは守護者という意味を持つそうだ。もちろん、俺は家族の守護者としての自負は人一倍強いと自負している。さすが恵だ、俺の根底にある思想をよく分かっている。
次に恵、グレース・シード。
グレースは神の恵みを表している。そして、上品さという意味も持つ。さすが恵、自分の事も客観的によく理解している。
そして俺たちの娘の詩織は、シルビア。
アビスの言葉で音を紡ぐ者という意味がある。俺たちが詩織と名付けた由来ととても近い。さらにこれまで通り、しーちゃんの愛称で呼んでも違和感がない。完璧だ。
最後にお忘れかもしれないが、愛犬ソル――なんだが、変えなくていいそうだ。ちなみにソルの由来は太陽である。アビスでは違うようだが、気にするまい。
「ありがとう、完璧だよ、恵――いや、グレース」
「どういたしまして、リアム」
早速新しい名前をコンソール端末に入力し、試しに恵と呼び合ってみる――が、やっぱり違和感がすごい。
「うーん……ま、そのうち慣れるか」
「大丈夫よ。ほら、次にいきましょう?」
「そうだな、わかった」
グレース――いや、今はまだ恵で良いだろう。まだアビスに転送された訳ではない。元の名前に愛着が無い訳がないのである。思い出がいっぱいだ。
せめて、ぎりぎりまでは進藤拓馬として過ごそう。
さて残った項目は――種族、クラス、能力値、スキル、魔法である。
「それじゃあ次だが、種族とクラスを決めないと、他三つは決められないな」
「えぇ、そうね。私たちがどういう存在なのかがわからないと、能力とか選びようがないわね」
ゲームで考えてみるとわかりやすいと思う。自分が戦士をするのか魔法使いをするのかも分からずに、能力値やスキルなどを選べるだろうか?
したがって、まずはゲームでいうところのプレイスタイル――現実でいうならば役割を考える必要がある。
「俺は大体ロールは考えてある。恵はどうだ?」
「うーん、色々検討できるように知識を与えられているのは良いのだけれど、悩むわね」
「そうか、恵は元々ゲームも苦手だったもんな。一緒に考えよう」
「ありがとう」
数多くのゲーム経験者としての勘所というものがある。勿論ゲームと現実は遥かに違うが、参考にできるところも多い。
アビスにおける俺たちの立ち位置も考慮しながら、しっかり考えて決めていこう。
「あぁ。あと、詩織とソルの分も考えないとな」
御年7歳の詩織は被扶養者であるため、扶養者である俺たちが決めてやる必要がある。ペット枠のソルも同様だ。
「大変ね」
「やるしかないさ」
そして俺たちはアビスで生き抜くために、俺たち家族の戦闘集団――パーティーとしての方向性と、各自の役割を考えた。
まず大前提として、アビスにおいて戦闘力を持たない存在は淘汰される。本腰を据えてパーティーとしての基盤を確立するのが最優先だ。そして、俺たちに求められるものは次の通りだ。
一つ。怪我や病気を癒すために、回復役は必須。
二つ。ヒーラーはもちろんの事、詩織に害が及ばないように、前衛でしっかり敵を抑える壁役も必須。
三つ。タンク、ヒーラーだけでは火力、遠距離攻撃手段、中衛が必要。
四つ。少人数の為、対多数の局面を乗り越えられる耐久力、殲滅力が必要。
五つ。物理または魔法攻撃のいずれかの耐性が大きい、または無効とする敵相手にダメージが通るよう、物理と魔法バランスよく火力が必要。
以上を踏まえて俺たちにロールを振り分けると次のようになる。
俺――――タンク。多少の回復手段を持ち、対多数において多くの敵の敵意を自身に安定して集められること。
恵――――ヒーラー兼遠距離魔法火力職。主にヒーラーとしてパーティーを支えつつ、補助火力として遠距離で魔法攻撃を行う。
ソル―――近接戦闘職。中衛を担当。物理火力としてダメージを与えつつ、後衛を守る。
詩織―――遠距離魔法火力職。殲滅担当。とはいっても、子供には能力制限が掛かる為、将来に期待である。
詩織が成長して能力制限が解除されるまでは火力不足の場面が多くなるかもしれないが、その分俺がしっかりと皆を守ればいいし、そういったリスクを回避できるように努めれば良い。
「――よし、良い感じに纏まったな」
「えぇ、十分だと思うわ。じゃあ、これに沿うように、種族とクラスの組み合わせを考えていきましょう」
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