13.実利か名声か
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俺たちがアビスに来てから、およそ一か月半。俺たちが漸く基盤を作り始めるのと同様に、他のアース人達も本格的に活動し始める時期だろう。意欲的な者たちは、既に大きく動き出しているのかもしれないが、特に世界全体でアース人に関わる様な騒動などは報道もされておらず、知られていない。
しかし、グランツ帝国を始めとした拡大主義の国々周辺はきな臭いことになっている。このモリアス王国もグランツ帝国と国境を接してはいるが、永世中立国として庇護されている為か、第四級都市ローランにいる限りにおいて、住民達は普段通りと変わらない生活を送っている。今のところは平和だと言えよう。
「ねぇ、あなた。とりあえずの短期目標だった、生活資金と最低限の戦闘力は得たわ。この先、どうするの?」
俺たちはまだ、冒険者ギルドから紹介された異邦人サポート制度の割引が効く公営宿舎に寝泊まりしている。その一室で、俺とグレースは改めて今後の方針確認を行っていた。
「あぁ、そうだな。当初の予定通り、まずは冒険者としての地盤固めだ。今後何処かへ移住するにしても、信頼度と誰でもわかる実力担保の為に、冒険者ランクを上げていきたい。個人としても、パーティーとしてもな」
「えぇ。基本方針はこれまで通り、私もそれで良いと思うわ」
冒険者ランクと勢力ポイントは前に言った通り、個人のものとパーティーのものがある。これまでの様にバイト感覚でクエストを個人でそれぞれ請け負っている現在、俺とグレースは個人としては冒険者ランクが三十台に乗ったところだが、パーティーランクは依然として一のままだ。
パーティーランクは主に、集団でないと熟せないクエストを請け負わないと評価されない。特に、パーティーとしての戦闘力か特殊な対応力が重要だ。戦働きやモブの駆除活動専門の冒険者、ダンジョン探索専門や遺跡調査専門など、各パーティーにおいての特色に応じたクエスト也を中心に請けていく必要がある。
個人でクエストを請けてもパーティーランクはあがらないが、パーティーの一員としてパーティークエストを請けると、連動して個人も評価されて冒険者ランクが上がる。
その為、本格的に活動するなら自分たちのパーティーとしての強みを加味して、パーティークエストを今後請けていくことになるだろう。
グレースは、これまでのひと月以上の生活で、何か気づいたことは無いだろうか。聞いてみよう。
「後は実際にアビスで生活してみて、教官の訓練で教えてもらった戦闘のイロハを踏まえて、俺たちが何を主軸に置くか、だよな。グレースはどうだ? 何か思うところはあったか?」
「私は……そうね。やっぱり、シルビアの事もあるし、早く教育に良い環境で腰を据えて暫く生活したいと思ったわ。その為にはローランを出る前に、やっぱり路銀と戦闘力がもっと必要ね」
シルビアの成長。これは俺たちにとって最重要の命題だ。俺たち自身が手探りな状況の中で、何がシルビアにとって望ましいのか、難しい判断が求められている。
グレースの言うように、教育環境のある都市に腰を据えるのが、現状では最善なのではないかと俺も思う。それはアビスに転送される前に計画していた方針とも合致する。
「そうだよなぁ。シルビアも人間でいうと七歳、ハイエルフとしては七十歳になるとしても、貴重な成長の時間であることには違いないよな」
「えぇ、後から取り戻すことはできない時間よ。焦りは禁物だけれど、この娘の為に出来ることはなんでもしてあげたいわ」
しかし現状では俺たちはこの割安な宿舎に宿泊するうえでなら数か月の生活費はあるが、ローランを出て旅をするとなれば、非常に路銀が心許無い。
道中クエストでバイトしながら旅をするにしても、ある程度まとまった額を持っていないと、いざという時にどうしようもなくなってしまう恐れがある。
「そうすると、資金をまず稼がないとな。遠出するなら武装もしっかりしないといけない。今の所謂初期装備じゃ駄目だ」
アビスに転送される際に、選んだ種族とクラスに応じた初期装備が与えられるが、本当に最低限の代物だ。俺の場合は何の変哲もない鉄製の大剣と何かしらの皮鎧。グレースは柔軟性のない堅いだけの弓と同じく何かしらの革の胸当てだけだ。
あの襲撃者達と戦闘になった時の様に、お互いが同程度の武装なのは普通は有り得ない。強化は必須だろう。
「そうね。それに、長期間の旅になると思うわ。その間に世界情勢が変わるのは必至よ。モリアス王国内と言えど、戦闘力をもっと鍛えないと道中厳しいと思うわ」
そうなのだ。今は比較的平和なモリアス王国と言えど、目的地までの道中に何らかの事情が起きて、治安が悪化する可能性は高い。もし騒乱の当事国にならなかったとしても、他国から安全地帯を求めて多数の人がやってくるようになるだろうしな。所謂難民である。
難民に紛れて武装勢力も暗躍するかもしれないし、そもそも道中の魔物や蛮族などが刺激されて、人里に出てくるかもしれない。野党の類も大量に出るだろう。そうなってからでは遅い。今のうちにもっと研鑽を高める必要がある。
幸い、戦闘面に関してはドーラン教官のスパルタ訓練のおかげで、基本的な技術は身に着けられている。教官のお墨付きだ、そこは安心しても良いだろう。
となれば、どこかで俺たちの実力に応じてリスクをコントロールしやすい場所が望ましい。
俺が思いつく限り、条件に当てはまる選択肢は二つだ。
「そうだな。となると、現実的な手段は二つ。ダンジョン探索か国軍の協力依頼どちらをパーティーとしてメインにするか、だな」
「そうね。シルビアを連れてとなると、その二つしかないわね。この世界で子供一人留守番なんて、有り得ないし」
いくら治安がいいといっても、何億もの者達が一都市にいる世界。命の重さははっきり言って、軽い。法律によってある程度人権等は守られてはいるが、数は少ないが奴隷制度をもつ国も多々あるし、多種多様な種族の共存生活は巨大な地雷原だ。いつ誰の恨みを買うか知れない。
周辺地域一帯にコネなどがあって、留守を知り合いに任せられるようであれば別だが、誰がいるかもわからない宿舎で頼れる人物も多くない状況では、多少の危険は承知の上で仕事に同行させる他ない。
ダンジョン探索であれば、獲得したアイテムは全て自分の物だし、討伐したモブの素材等を常設依頼に応じて納品すれば追加報酬も得られる。何より、自己責任の代わりに采配も自由だ。好きな時に撤退ができる。これは大きい。
国軍の協力依頼は、基本的に耕作地帯などの警備を担う巡回兵や、害獣指定の魔獣掃討を専門とする討伐兵に同道することだ。モリアス王国は永世中立国である故に、常備軍の上限数は規定により決まっている。
その為、足りない頭数を冒険者で補うのだ。といっても消耗品扱いではなく、きちんと一人一人もしくはパーティ―の適性に応じて担当を割り振られるため、安全度は高い。代わりに報酬は頭割りの為、高くはない。
しかし軍の指揮官からの覚えが良ければ、勢力ポイントにボーナスが得られやすい事も大きなメリットだ。
ま、選択肢は二つあるが、俺たちにとって答えはもう出てしまっている。
「まずは鍛錬と武装の更新も考えると、実質ダンジョン探索一択か」
「えぇ。勢力ポイントの加算は欲しいけれど、優先度は低いわね」
「国軍じゃ武装更新できる程の実入りがないからな」
「残念だけどね」
そう、国軍の協力依頼は、勢力ポイントの加算が得られやすい代わりに抑えられた報酬が、低すぎるのである。いつか勢力ポイントを優先するときはむしろ非常に魅力的な案だが、今はまだその時ではない。優先順位の問題だ。
安全第一主義のグレースとしては、本当に残念なのだろう。もしそれなりの報酬だったのであれば、迷いなく国軍を選んでいたに違いない。
「ダンジョンかぁ。不謹慎というか子供っぽいけど、なんかやっぱりわくわくしちゃうなぁ」
「もう、あなたってば。まぁ私も、少し興味があるのだけれども」
「だろ、だろ? じゃあシルビアが起きたら、あとは陽が落ちるまで下調べといくか」
「えぇ」
昼寝の終えたシルビアが起きると、俺たちは手分けしてダンジョンに関する情報を集めて回った。一般的なダンジョンとしての知識は与えられていても、詳しい事は分からない。自分たちで調査する必要がある。
この世界にもインターネットに似た環境はあるが、利用するにはアビスシステムへのアクセス権が必要だ。そして、それには一部の有力者による申請か、一定の基準を満たしたうえでの試験を受けて合格する必要がある。
俺たちにはどちらも無いため、冒険者ギルドの資料室や図書館などの施設を中心に、知り合いへの聞き取り調査も行って情報を揃えていった。