12.戦闘教練 その二
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「アースグラブ! ソル、今よ!」
「うぉん!」
戦闘開始直後、行動阻害効果を持つドルイド系の基本魔法、アースグラブをグレースはドーランに放った。地面から茨が伸びてあっという間にドーランの全身を拘束する。
その隙をついて、風の精霊をベースにした狼型の精霊騎獣となったソルは、疾風の様な速さでドーランとの間合いを詰めて強襲を仕掛ける。
「ふははは、甘い甘い! スーパーアーマー。ふぅん!」
「きゃん!?」
しかしその連携を読んでいたのか、ドーランは即座に行動阻害効果を無効化するスキルで行動の自由を得ると、飛び掛かってきていたソルを両手斧で迎撃する。
空中で身動きが取れなかったソルはもろにその一撃を受け、グレースの足元まで吹き飛ばされる。
「リグロース! ソル、大丈夫!?」
グレースがソルに回復魔法を掛けるも、クリティカルヒットを貰ったソルはすぐには起き上がれないようだ。
「今は休んでて。私があの人を引き付けるから、タイミングあわせてね」
「くぅん」
「大丈夫。待ってるわ」
「うぉん!」
恐らく、グレースたちの作戦会議をのんびりと待っているのであろうドーランは、両手斧を担いだ状態のまま、グレースたちを睥睨している。
明らかに実力が足りておらず、持久戦に不向きなグレースたちにとって、次がドーランに一泡吹かせられるチャンスであろう。
ソルをその場に残し、ドーランを中心に反時計回りにグレースが駆け始める。
グレースは決して、無茶はしない性格だ。俺よりもよっぽど知恵が回るため、恐らくどこかで度肝を抜く方法で突破を図ろうとするに違いない。
「相談事は終わりだな? では一つ目の教訓だ。後衛はいかなる時も、護衛役から離れてはいけない、だ。そおら!」
明らかに自分を引き付けようとするグレースの動きに、ドーランはその場から動かないまま、ただ両手斧をグレースに向かって強烈に振り抜く。
するとドーランが振り抜いた両手斧の軌道に沿って、不可視の刃が生み出され猛烈な勢いでグレースへ迫りくる。
「グレース!」
「ー―え?」
俺は思わず声を上げる。おそらくあの立ち位置からでは、あの不可視の刃はグレースには見えていないだろう。あのままではグレースが怪我を負ってしまう。
俺の声で初めて気づいたのか、グレースは地面を走る傷によって、何らかの攻撃が自分の身に迫っていることを知る。
「きゃあぁ!?」
咄嗟に防御しようとしたグレースではあったが、クリスタルエルフがいくらエルフ系では頑強な種族であろうが、純粋なパワー系のミノタウロス族の一撃を簡単には受けきれない。
そのまま、会場の端まで吹き飛ばされてしまう。
「チャックメイトだ。チャージ――お、お、おお!? ぐおぉぉぉ!?」
「ママ―! やった、やったー!!」
大きな隙を晒したグレースに王手を掛けるべく、ドーランが戦士系の突撃スキル、チャージを放つ。
高速にグレースに向かって移動し始めたドーランだったが、不意にその身体が滅茶苦茶な方向に転がり始めた。
態勢を整える間も無いままに、ドーランはグレースの隣を通り過ぎ、会場の壁に激突して止まった。
声を殺して母の奮闘を目にしていたシルビアは、喜びを爆発させて飛び跳ねまくっていた。
「ぐ、おぉ。い、痛てて……精霊騎獣を隠していたか」
「えぇ」
「これは幻覚魔法――ではないな、特殊魔法か」
「はい、そうです」
「何の、と聞くのは野暮だな。まぁ、見事な一撃だ。合格だ」
「ありがとうございます」
無事、グレースも合格を貰えたようだ。ほっとした。
ドーランが転がり始めた地点に、いつの間にかソルの姿があった。これは、ドーランの視界から一瞬ソルが消えたすきに、グレースが特殊魔法である結晶魔法を用いて、姿を偽装していたのだ。
グレースとドーランの中間に伏せ、逆転の一撃を加えるために。それが今回、うまく嵌ったようだ。
ミノタウロス族が元来肉体的に精強な種族という事もあって、感知能力が低い事も幸いしたのだろう。
しかしそれを差し引いたとしても、流石グレースである。
「痛いですむのか、ドーランのおっさん」
「このぐらい、なんともないわ!」
「一応、回復しておきますね。リグロース」
「おぉ、感謝する」
あれだけ派手に転がって壁に激突したのに、本当にドーランのおっさんはケロっとしていた。タフネスにも程がある。
恐らく本気で俺たちパーティーとやりあったとしたら、一つも有効打を俺たちは与えられずに完封されてしまうことだろう。
今の時点では、だが。
「二人とも他にも来たこれまでのアース人達と同様、戦闘力は種族とクラスにおんぶにだっこ状態だが、筋は良い。初心者にしては十分合格点だ」
「ありがとうございます?」
他のアース人達の戦闘力が、俺たちはあの襲撃者達しか知らない。彼らは俺たちよりもよっぽど技量もあり、戦闘に慣れていた。
その為か、素直に喜んでいいものなのか、微妙な気持ちになる。
「何で疑問形なんだ、これでもちゃんと褒めてるつもりだ。それじゃあ早速、訓練開始だ。まずは――」
一応、誉めてもらえていたらしい。この年になると、誰かから褒められるなんてことは滅多にない。ありがたく受け取っておこう。
俺たちの戦闘を見ながら訓練プランを練っていたドーランは、流石教官と言わざるを得ないほど堅実にかつ効率的に、俺たちに戦闘のイロハを仕込んでいった。
流石に今回の俺たちが何とか支払えた講習料では職業戦士の軍人や専業冒険者――副業などはせず、冒険者業を専門に行っている冒険者たちのこと。実力が無いと成り立たない為、軍人並みに戦闘力がある――には到底届かないが、並の冒険者や危険度がそこまで高くないモブ程度なら、軽く小突き回せる程度には、鍛えて貰えるのが限界らしい。
地球で考えると、それでも十分すごいことだが。
訓練の合間にバイトを挟みつつ、俺たちは濃い二週間を過ごし、無事ドーラン教官の訓練を修了することができた。
「教官、ありがとうございました」
「ドーラン教官、お世話になりました。またご挨拶に伺いますね」
「牛のおじさん、またね!」
「ふははは、お前たちは十分、いっぱしの腕前になった。自信を持てよ? 舐められたらこの世界じゃ食われるだけだからな。おチビちゃんも、元気に育つんだぞ?」
「はーい!」
「では、また」
「おう! またいつでも顔を出しにこいよ!」
最後の訓練日に俺たちはドーラン教官と別れの挨拶をした。
同じ都市にしばらく住む以上何処かでまた会うかもしれないが、教官と受講者という立場で会うのは、次に俺たちが上級教練の講習を資金を溜めて受けに来た時だろう。
この二週間で、すっかりシルビアもドーラン教官になついた。
ちなみにドーラン教官は獣性の強いミノタウロス族の為、まんま黒いムキムキの巨大な牛だ。強面と合わせて、今でも近くに来ると恐怖を感じる見た目はとってもヤバいお人だ。
すごくいいひとで、ミノタウロス族の若者にはまさに親分として親しまれているようだが。
当面の生活資金と、最低限の戦闘力を得た俺たち。漸く、このアビスでのスタートラインに立つ事ができた。
今日はお祝いに豪勢な夕飯にするとして、明日からは本格的に冒険者としての活動を行って評価をあげて、地盤を固めていかないとな。