幕間02.田中 正(41歳)の場合
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「おい、おっさん! 何こっち見てんだよ、ツラ貸せや!」
「ひ、ひぃぃ。すみません、すみません」
「ぐだぐだうっせぇんだよ! いいからこい!」
最近の若者は、オヤジ狩りが流行っている。いや、流行るというよりも、抵抗感どころか罪悪感すらないのだろう。まるでそうすることが当たり前の様に、あくまでも自然体なのだ。
「あぁ!? たったこんだけしかもってないのかよ、おっさん。四十過ぎてこの程度しか持ってないんじゃ、ゴミだな、ゴミ!」
「まままま、待ってくれ! それを全部なくなってしまったら、次の給料日まで生きていけない!」
高架下に連れ込まれた私は、懐に大事に入れていた給料袋を取られてしまった。リストラに遭って以来何とか派遣の仕事でやりくりしている私の生活は当然、かつかつだ。昨日降ろしたばかりの給料が無ければ、今日のご飯でさえままならなくなってしまう。
「知るかよ! おらぁ!」
「ぐっ、ぐ、くうぅぅ」
だが若者はそんなことなどお構いなしに、私に追い打ちをかける。気力をつき果たしてしまった私は、蹲りながら痛みが過ぎ去るのをただ待つしかなかった。
こんな、こんな人生の筈じゃなかったのに……。こんな、こんな人生は……間違っている!
「おい、おっさん! 何寝てん――」
なんだ? 世界が統合される? 遂に私も年貢の納め時か。幻聴が聞こえる。訳の分からない声に苛立った若者は、蹲った私を執拗に蹴り上げ始める。
あぁ、これはもう助からんな。内臓が逝ってる。助けも呼べない。
――あぁ、糞みたいな人生だった。もし人生のやり直しが叶うならば、今度こそ平穏に生きてやる。
こうして私、田中正の四十一年の人生は若者にボコられて終わった――筈だった。
「――ん? こ、ここは」
何もない、真っ白の空間。あの若者も、誰もいない。傷も、無くなっている。
「ぐ! ぐあぁぁ!」
情報を付与される際の痛みに悶絶する。私は元々、痛覚への耐性は高くないのだ。争いごとなんて、大の嫌いだ。
「――そうか、そういうことか」
どうやら私は、地球ではないにせよ、本当に人生をやり直す機会が訪れたようだ。これも毎朝、アパート前にあるお地蔵様を毎日拝んでいたお陰だろうか。ありがたやありがたや。
そうとなれば、話は早い。地球で出来なかったことを、新天地でやり直すのだ。誰にも臆することなく、誰からも害されることのない、自由な人生を。取り戻すのだ、私……いや、俺の尊厳を!
数十年ぶりとなる活力が湧いてきた俺は、猛烈な勢いで自分に何がベストな選択なのか、検討し始めた。途中でシステムからサポートを受けられることに気づいてからは、更に検討が捗った。
こうして考え抜いた俺は、種族に風の巨人といわれる、ウィンドジャイアント族を選ぶことにした。基本的に巨人系の種族は温厚な者達が多く、また多くの種族と友好関係を築いていることから、比較的どの地域でも受け入れられ安い。
その巨体故に都市内部に住むにはそれなりの苦労があるが、せっかく新しい人生をやり直せるんだ、誰からも縛られない生活をするために、基本的には大自然の野外で過ごそうと思う。
魔獣や魔物、盗賊などのモブが多い野外ではあるが、巨人族の身体能力のアドバンテージはでかい。少々囲まれたところで、重大な危機に陥りにくい。当然油断は禁物だが、野外で遭遇戦に滅法強いのは非常に価値がある。
クラスは種族固有職業、風の巨人。種族そのまんまだが、風で構成される身体の操作系能力が多数強化される。ほぼ透明な身体と、大質量の高火力な一撃、風由来の敏捷性があれば、大体の状況は切り抜けられるだろう。不死とはいかないが、身体が風であるがために急所が無いというのも最高だ。まさに、俺の為にあるかのような種族。
近隣の住民とそれなりに友好関係を築きつつ、普段は隠れ住んで文字通り風となって自由を謳歌し、いざとなれば強力な一撃を叩き込んで即座に離脱。多くの精霊系巨人族の例に倣って、少数民族の集落の守護者となって多少の便宜を図って貰うのもいいだろう。ただし、揉め事はごめんだが。
こうして新たな身体を手に入れた俺は、アビスに転送された直後、何か小さい虫を踏んでしまったようだ。ぷちっとした。足を退けると虫ではなく人――タイミング的にも、こんな間抜けな奴が他にいないであろうことからも、恐らく同郷のアース人だろう。
しかも確殺コースのカースドエルフ。真正の阿保だ。ほっとこう。下手に助けてトラブルに巻き込まれるのも本末転倒だ。
「俺は――自由だああああああああ!」
最初ぐらい、羽目を外したっていいだろう? まさに俺は風となって、草原を吹き抜ける。あぁ、気持ち良い。本当に、気持ち良い。まるで、まるで――俺が風に溶け込んでいる、かのよう、だ……。
その後の俺はまさに風と混ざり合い、おぼろげな意識の中で世界の果てまで吹き抜けて回った。何百年何万年と過ぎたのかわからないが、古き風に混じり合ったままの俺は、風の生まれ変わる場所へと辿り着く。そこで俺は新たな風に取り込まれることとなったが、もはや辛うじて保っていた意識を繋ぎとめることも出来ず、俺の魂は形を失い消え散って行った。
その種族やクラスが持つ能力がどういうもので、どういう事ができるのかは、非常に精細な情報を与えられます。
しかし、その時に個人がどう感じるか、という事は普遍的な情報ではない為、与えられません。
田中正の場合は自我が弱かったために、風になる――つまりは風の精霊と同調した際に、大いなる精霊の力に充てられ、本来の精霊としての姿へ昇華してしまいそうになってしまいました。
純粋な精霊とは自我を持ちませんので、遂には同調した風の精霊たちが役目を終えて生まれ変わる際に、一緒に浄化される事となってしまったのです。