10.はじめてのお手伝い
応援よろしくお願いします。
「まずは俺たちの強化が先決だな」
「えぇ、そうね」
無事冒険者アカウントの有効化手続きを終えた俺たちは、支部付属の食堂でお昼に軽食を摂りながら、今後について相談していた。
「それと、暫くの生活資金も必要だわ」
「そうだな。今はまだアース人がアビスにやってきたばかりだ。世界が大きく動く前に、基盤を整えておきたい」
今のところ、このローランでは大きな動きは起きていないし、俺たちが異邦人だとすると物珍しい顔をする人達も多い。まだまだ、世界的に情勢が動き出すには猶予があるだろう。
「私も賛成よ。となると、この後早速クエストを請けるのかしら?」
「そうなるな。できれば戦闘教練を受講したいが、受講料を払ってしまうと支給金だけじゃ宿代が無くなる」
俺たちが自分たちのポテンシャルを活かしきれていないのは、先刻の戦闘ではっきりしている。身を守るためには専門家に指導を請け、着実に実力を身に着けていきたい。
しかし、ギルドで開催されている戦闘教練という講習会にはそれなりの費用が掛かる。つまりは金がいる。しかし俺たちには無い。異世界なのに世知辛い。現実からは逃げられない。
「まずは元手が必要だものね。どんなクエストを請けるの?」
「さっきざっと確認してきたが、俺たちでも出来そうなのはアルバイトみたいなもんだけだったな」
俺は先ほどインフォメーションパネルに寄って、ICカードに目ぼしいクエストについてデータをダウンロードしてきておいた。ディスプレイを空中に投影し、一覧表示にしてグレースに見せる。
どれもこれも、雑務のお手伝いだ。まぁ、実績も何もない俺たちだから、当然だが。
「あら、てっきり常時依頼のモブ掃討を請けるって言うのかと思ったわ」
「おいおい。確かに討伐系の依頼は興味もあるし報酬も良い。でも、実力を身に着けるためにクエストを請けるのに、戦闘ありきのクエストをするのでは本末転倒だ」
「良かった、安心したわ。あなた、たまに子供みたいに夢中になってしまうことがあるんだもの」
「それは、そうだが。この事に関しては信用してくれ」
「えぇ、分かったわ」
妻の俺への信頼に涙が出てくるぜ。地球にいたころは熱中すると妻に相談せずに突っ走って、やらかしたことは一度や二度……色々あるが、今みたいに皆の安全が掛かっている状況は、別だ。是非とも安心してくれたまえ。
「じゃあ私は、この保育所のお手伝いにしようかしら? シルビアも一緒に見てあげられるし」
「それがいいかもな。俺は荷下ろしの手伝いでもしてくるよ」
どちらも飛び入りで仕事ができて、時給千シルと割も良い。これから日が暮れるまで働けば、一人当たり三、四千シルは稼げるだろう。今日は食事と宿代でトントンの収支になるだろうが、明日からは一日働けるから稼ぎも増える。
少額でも稼ぎつつ、モリアス王国の勢力ポイントを積み重ねて割の良いクエストを請けられるようにし、今後も考えて色んなところで人脈も増やす。地味だが、急がば回れだ。
「ごちそうさま。じゃあ私は、シルビアも食べ終わったら行くわね」
「ああ、宜しく頼む――と、忘れるとこだった」
「何かしら?」
俺もつい出かけてしまうとこだったが、危ない。大事なことをわすれるとこだったぜ。
「ICカードのIDを教えてくれ。パーティー申請をやっとく」
「あら、そうだったわね。はい、IDは――」
アビスシステムを利用した冒険者ギルドにも、お約束のパーティー制度がある。こちらもパーティーランクと勢力ポイントがあるので、パーティーを組んでおいて損は無い。
俺はグレースたちとのパーティーをICカードから登録画面を表示して申請する。これで大丈夫だろう。せっかくクエストをするのに、損をするところだった。
「よし、できたぞ。それじゃあ、また後でな。終わったらコールする」
「わかったわ。あなたも気を付けて」
「おう」
「パパ行ってらっしゃあい」
「あぁ。行ってくるよ、シルビア。いい子でな」
「はぁい!」
シルビアをグレースに任せて俺は一足先に仕事場へ向かう。ちなみにクエストも直接インフォメーションパネルからダウンロードしておけば、受諾自体はICカードから行える。当然もう荷運びのクエストを受諾済みだ。
「――ここか。すみません、リアム・シードです。クエストを請けて来ました」
「おぉ! なんとも立派なエルフだな、あんた! いや、すまねぇ。無神経だった」
「いぇいぇ、気にしておりませんので。エルフではありますが、ブラッドエルフ族は元々がっしりしているんですよ。宜しくお願い致します」
やってきた荷下ろし場は、俺たちが入ってきた入場ゲートの傍にあった。現場監督らしき人に声をかけると、俺を見て驚いたようだ。
すぐに種族に関しての発言を謝罪される――多くの種族がいる世界だけあって、デリケートな話題なのだ――が、気にしていないことを伝える。
「歓迎するぜ。仕事はこっちだ。宜しくな」
監督に簡単に仕事について説明して貰った俺は、それから暫く肉体労働に従事するのであった。といっても、魔導具があるので膨大な物量が山の様にあっても、比較的楽に捌いていけるのだが。魔導具万歳。
「――おう、お疲れ! もう仕事は終いだ。クエスト完了、と。良い仕事ぶりだったぜ、高評価にしておいたからな!」
日が暮れてきた頃、監督がやってきて終業を伝えてきた。どうやら高評価を頂けたらしい。有難い事だ。クエスト報酬は依頼主が完了処理をすれば、即座に口座に振り込まれる仕組みだ。物品が報酬の場合は、ギルドまで行く必要があるのだが。
報酬は、何と五千シルだった。サービスしてくれたらしい。
「こんなに! ありがとうございます」
「良いってことよ、真面目な奴なら大歓迎だ。また来てくれよな」
「はい、また宜しくお願いします」
「それじゃ、またな」
「失礼します。皆さんもありがとうございました」
とても気前の良い監督さんだ。暫く下積みはここでお世話になるのもいいな。
俺は現場で知り合った作業員の皆さんや、同じくクエストで来たバイト仲間にも挨拶して、その場を後にした。
「――もしもし、グレース? こっちは終わった――あぁ、わかった。じゃあ宿舎で」
荷下ろし場を出た俺は、ICカードのコール機能――要は電話だ――を使ってグレースにコールを掛け、落ち合う場所について確認した。
どうやらグレースも無事クエストを終えて、今夜泊まる予定の公営宿舎に向かっているところらしい。例の異邦人サポート制度でやすく泊まれる場所だ。
帰宅ラッシュで人が溢れている転送ゲート広場から、宿舎近くの転送ゲートへ転移する。宿舎へと向かい肉体労働で火照った身体を夜風で冷ましながら、俺は改めて実感した。
「俺たちは生まれ変わった。そう、認識するべきだ」
グレースたちと合流し宿舎に部屋を取った俺たちは、晩飯も程々に熟睡した。怒涛の一日がようやく終わったのだ。常に気を張って頭も身体も酷使した為、極度の疲労が溜まっていた。シルビアも泥の様に眠っている。子供には刺激が強い出来事ばかりだ、だいぶストレスを感じたことだろう。
二人の寝顔を見ながら、決意を新たにする。必ず、みんな幸せにこの世界で生き抜くのだ、と。
それから数週間、俺たちはバイト系を中心にクエストをこなしていった。グレースはその器量の良さから行く先々で老若男女問わず親しまれ、シルビアも環境に慣れてきたのかよく笑うようになってきた。
俺も大きく力強くなった身体に慣れる為にも肉体労働を中心に稼ぎ、むさいおっさん連中と酒を飲み、同僚の若いルーキー冒険者達とも親交を深めていく。
俺たちがローランに来て丁度一か月後、当面の目標であった戦闘教練も余裕で受けられるほど貯蓄が溜まった。
早速、俺たちはギルドで講習を受けることにした。
俺たちが戦闘教練の講習会場に行くと、会場の中央には筋骨隆々とした目を見張るほどの体躯を持つ毛が真っ黒のミノタウロス族の男が仁王立ちしていた。
え、普通に怖い。シルビアもびびってグレースの後ろに隠れてしまったじゃないか。
「よく来た! 歓迎するぞ。では尋常に――勝負!」
その男は俺たちが会場に入った瞬間、突然猛烈な勢いで武器を構えて向かってくる。
「ちょ、ま――うぉ!?」
「きゃあ!?」
「ぐははは! 敵は待ってくれんぞぉ!」
なんとか男の直線上から退避した俺たちだったが、男は躱された事はまったく気にせず戦闘を継続しようとしている。
こうなればもはや、誘いに乗るしかあるまい。
「グレース、シルビアを安全な所へ!」
「わかった! 気を付けてね」
「負けるなぁ、パパ―!」
「おう! やってやるさ」
俺が本気になったことを察した男は、グレースたちが離れるのを素直に待ちながら隙なく構えていた。
「やっとやる気になったか。俺はドーラン。戦闘教練を担当する教官だ」
「リアム。リアム・シード」
「文句を言いたそうな面だな。だが、それは俺に一撃をいれたらだ――いくぞ」
こうして、俺たちの戦闘教練は唐突に思いもよらない形で始まるのだった。