第13話「クッキー記念日でアツアツ」
店内に香ばしい匂いが漂ってくる。
カウンター内にあるオーブンを開けると、こんがり焼けた大量のクッキーがお目見えした。
動物や星やハートの形。ミイニャはアルファベットの物まで型抜きした焼いたようだ。
昨日、唐突にクッキーが食べたくなった俺は、ミイニャにリクエストしておいたので、今この光景がある。
ちなみにココア生地と普通のクッキーを作ってくれたようで……
「やっぱ、クッキーには紅茶だよな」
チョコチップなどいれておらず、本当にシンプルなクッキー。そしてそれは俺のリクエスト通りだ。
「優斗君、1つ味見を」
まだアツアツのそれを手でつかみ、ふ~ふ~してから齧ってみる。
「うまっ!」
「お褒めのお言葉ありがとうございます。今日はクッキー記念日です」
お昼の時間帯を過ぎ、従業員の俺たち以外にお客さんは女性一人だけ。先ほどから何やら思いつめたようにちらちらこっちを見ているのが気になるけど。
「ちぃちゃんが今日来なかったら届けてあげましょう。よつ葉さんやななちゃんにも食べてもらいたいですね」
だからそんなに大量に。
「いい匂い」
女性のお客さんがぼそっと声を漏らした。
うっかりしていたとばかりに、ミイニャは小皿にクッキーを添えて、ホットコーヒーを飲んでいた女性の前にお出しする。
「よかったら召し上がってみてください。味は優斗君が保証してくれたので」
「ありがとうございます……すいません、お聞きしたいんですけど、このカフェってお悩み相談もしているんですよね」
「もちろん。何かご相談ですか!」
ミイニャは前のめりにカウンターに乗り出す。
「相談というか、一緒に考えてほしいことがあるというか。暗号解読とか得意だったりしませんか?」
ミイニャは俺の方を向いて、
「暗号解読! 任せてください。優斗君はアイルコットンのハーロック。ホームズとも呼ばれています」
「ハーロックじゃない。シャーロックだ! 怒られるぞ、そこ間違えると」
ホームズを知ってるのか。そういえばマアニャが住んでいる邸の書物保管庫にはミステリもあったような……この世界の文字、俺には少し読みにくいんだよな。漢字もあんまり出てこないし、書物保管庫には漢字が出てくる本がいっぱいあるから、マアニャとミイニャには読めない漢字はなさそうだけど。クレアも漢字読めそうだな。
「あのう、これなんですけど」
彼女は俺たちの前に、数字とひらがなが書かれた色あせたメモ用紙を見せる。
1の2 4の3 7の1 4の4。 7の5
2の2 7の2 10の5 7の1 4の3、 4の4 1の2 9の3
1の5 7の5 1の2 4の4。 5の5 6の1。 3の2 8の5、 4の4。
ダイスケ(4の1。 1の2 3の3 2の4)
「んっ?」
ミイニャはなんだ、これ? という感じで眉間にしわを寄せる。その表情もキュートだった。
ウエイトレス姿のお尻にタッチしてみると、
「ひゃん!」
と、声を漏らして、顔を赤くして俺を睨む。
「お触りはあとでいいですから、優斗君も真面目に考えてください。お悩み相談なんですから」
「考えるまでもないけどな」
「まっ、まさか見ただけで何が書いてあるのかわかるんですか?」
「おう。暗号なら必ず規則性があるし、それ解き方がそのまま書いてあるし」
俺はクッキーを食べようと、紅茶をカップへと注ぎ、お客さんには珈琲のお代わりを淹れてあげた。
「暗号文ほんとに得意かもしれない。いくつか聞きたいことがあるんですけど、そのメモを見つけたのはいつですか?」
「1年前です。自宅の郵便受けに入っていて」
1年か。
「ダイスケって人との関係は? 答えたくなかったらいいんですけど、恋人とかですか?」
「好きだったんですよ。ずっと。でも、彼は私と急に喋らなくなってしまって。他に好き子でも出来たのかって思っても、随分頑張ったんですけど……結局学院を卒業する時も喋ってくれませんでした」
「恥ずかしかったんですね。その人。まわりが羨むくらいお似合いだとやきもちとか妬みとか言われますから。それが嫌だったんだと思う」
「でもそれは間違いです。だって好きならその気持ちを偽ったりしたらダメですから」
ミイニャは真面目な顔でなぜか俺に言っている気がする。
顔が近いし。
「ああ。だから離れて気が付いたんだろうぜ。自分の気持ちに。だからそんなメモを」
「あのう、なんて書いてあるんですか?」
「ひらがなを表にして思い浮かべればいいんですよ。えっと、答えが出てるダイスケが4の1。1の2 3の3 2の4になる。つまりその数字はひらがなの行と段を表すってことで〇は濁点、点は小文字にしろってこと」
いつまでも
きみをまっている
おもいでのばしょで
俺はナフキンを一枚とって、ボールペンで走り書きした。
「って感じです。思い出の場所がどこかは本人がわかっているでしょう」
彼女はアツアツの珈琲を一気に飲んで、慌てたようにお金を出すとショルダーバッグをかけて入口に向かっていたが、ミイニャの方へ方向転換した。
「あの、クッキーお持ち帰りしていいですか!」
「はいっ。もちろん二袋用意します」
☆ ★ ☆
店内にはまだクッキーの甘い香りが漂っていて、俺はミイニャの手作りクッキーを先ほどから止まらずに口へと入れている。
「1年も経過しているんじゃ会えないかもしれませんね」
「いや、そんなことはないと思う」
「どうしてですか?」
「メモをポストにわざわざ入れたってことは、ダイスケって人は相当彼女を好きだ。むしろ彼女に会わなかったのは彼女の気持ちを確かめたともとれる。暗号も簡単だったし。たぶんいつまででも待ってると思う。俺ならずっと待ってる」
「そうですね。きっと大丈夫です。優斗君の幸運とわたしのうんのよさは伝染しますからね」
「なあ、クッキー俺も持ち帰っていいか? クレアにも食べさせてあげたいし」
ミイニャはじっと俺を見て、
「優斗君、大事な話があります」
「なんだよ?」
「優斗君はお姉ちゃんと私の召使いですよね。そして私の召使いになる条件として、私はお姉ちゃんより私の命を優先することを約束した」
「ああ。ミイニャの召使いって言っても、基本はカフェを手伝うくらいしかしてないけどな」
「自分の気持ちに嘘はつけません」
「お前、何を言ってるんだ?」
「1つお願いがあります。いいえ、命令なんですけど」
「言ってみな」
ミイニャはゆっくりと俺に近づいてきて、俺の背中に手を回し抱き着いてきた。
クッキーの匂いかミイニャ本来の匂いか甘い匂いがする。
「……あのっ、ミイニャさん」
「優斗君、大好きです。私と一緒に暮らしてください!」
耳を疑うようなことをミイニャは口にしたおかげで、俺はその言葉を何度もリピートする羽目に。
今日のカフェ「グランデ」はあつあつで熱々です!




