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95話 いい汗の後の悪い汗ですか?

「イッセイ様。到着致しました。」

「ありがとうございます。」


 お礼を言っておろしてもらう。

 従者さんは俺を車イスに乗せると一礼して屋敷に戻っていった。


 俺も馬車を見送ると城の中へと進んでいく。


「おはようございます。」

「おはよう。イッセイ君。いや、様だな。」

「おじさん止めてくださいよ。今まで通り君で呼んでください。」

「しかしなぁ・・・」


 俺が入ったのは一般の人が通る門とは違い兵士や業者が出入りする倉庫などがある場所だ。

 顔見知りになった兵士さんに挨拶をして通して貰おうとしたのだが・・・昨日の件が広がっているのか、気を使われてしまった。


「良いじゃねーか。俺達の知ってるシェルバルト家の御曹司。にそっくりな坊やだろ?」

「アーサー兵士長。」


 奥から出てきたのはアーサー兵士長さん。俺がこの国に着いた時に門で守っていた方だ。

 本人は「たまたま、当番だったんですよ。」と言うが、貴族の出入りの時はほぼ必ず来る人らしい。兵士の賜物みたいな人だ。


「しかも、身体が不自由だからと言っても腐ることなく働いている。お前はそんな健気な子供の未来を奪うのか?」


 事実を知っていて尚、ある事ない事適当に言ってくる。

 部下の兵士さん達も苦笑いしか出ていない。


「こっちだってバイト代払ってんだ。金額分はこき使えよ。」


 アーサー兵士長さんは俺に敬礼して出ていった。

 残された俺と兵士さんは顔を付け合わせて笑い合う。


「と、言う事ですよ。」

「全く叶わねえな。じゃあ、今日も頼むわ。イッセイ()

「はい!」


 そんなやり取りを終えると倉庫の奥へと進む。


 ここは、城の勝手口に見えるが実はいろいろな場所と繋がっている通路なのだが、王家一族の逃げ道の1つだったりもする。

 兵士さんが守る扉を抜け階段を上がればいつもの部屋(毎回集まっている場所)の近くに行ける。


 近道として使っていた訳だが、ある事にも気がついた。


 もともとはこの塔の構造に目をつけたのが最初だ。

 城にしては歪で不格好な形をした塔なのだが、崩して防衛に使われる構造と聞いて納得が言った。

 そして俺は思いついた。


「ここはロッククライミングするには丁度良いなぁ。」と、


 不揃いでデコボコしている構造はアプローチが多く難易度も選びやすい。

 いつかやってみようと目をつけていたのだ。

 ただ、魔力があるこの世界ではロッククライミングと言っても簡単に登れてしまうので機会は無いと思っていた。


 まさか、俺自身が魔力を使えなくなる日が来ると思っていなかったのだけど・・・。


 で、せっかく見つけていたこの場所を使わせて欲しいと兵士さんに頼んだら。

 アーサー兵士長さんが出てきて、


「せっかくだからバイトでもするかい?」


 と、言われたのだ。

 下の階と上の階の荷物を運んでいくと言う単純な作業。

 単純だけどみんなが嫌がる作業だ。


 荷物が多い朝と夕方の2回。

 俺はフリークライミングしながら荷物を運ぶ。


「ほっ、はっ、ほいっと。」


 最初は勝手が分からず落下したり荷物を落としたりしたが今では難なく登っていく。


 ふぅー。だいぶ、いい汗を掻くなぁ。

 おおよそ1時間みっちり体をイジメてやったぜ。


 アプローチの場所も多く、適度に厳しい環境が作りやすい。

 最近ではオーバーハングも試すようにしている。

 簡単に言えば壁面では無く塔の天井辺りを登っていると言うことだ。

 ただ、この登り方には注意が必要で、


「お前。本当にこんな登り方をしているのか・・・。」


 など言われたり驚かれたりするので注意が必要だ。


「あっ、叔父さん。おはようございます。どうしたんですこんな場所に? 皆はもうすぐ来ますよ。」

「もう既に人が入り始めている。」

「え”、そうなんですか?」


 腰を傷めないようにゆっくりと横回転して床に降りると叔父さんのいる入口へと向かう。車イスは体に固定して持ってきているから着地と同時に発進出来るのだ。


 階段の脇の倉庫で荷物を下ろす。


「ちょっと待っててくださいね。」


 荷物を下ろしてすぐ脇の小部屋に入る。ここは俺の着替えなんかも置かせてもらっている。いわば、ジムのロッカールームみたいな感じだ。

 洗いものは夕方にでも持って帰るすんぽうなのだが、何故か洗って置かれている。


 世の中には優しい人が居るもんだ。

 いそいそと着替えをしてると叔父さんがポツリと呟いた。


「最近侍女達が楽しそうに匂いを嗅ぎながら取り合いしてるのはそれか・・・」

「え? 何か言いました。」


 少し離れてるせいかよく聞こえなかった。

 俺と目が合った叔父さんは苦笑いしかしなかった。


「いや、何でもない。ここを通る者からお前が奇妙な事をやっていると聞いてな。それを見に来たのだ。」


 引き締まった俺の筋肉を見ていた叔父さんは呆れ顔だった。俺は笑顔を返しておいた。


「ただの筋トレですよ。」

「筋トレならイキナリ天井から現れて挨拶するのは止めろ。脅かされた方はたまったもんじゃない。」

「えぇー! 挨拶は基本ですよ。」

「基本って言うのは万人が納得出来る事を指すんだよ。」


 珍しく叔父さんの鼻息が荒い。


「分かりましたよ。今度から上からぶら下がったまま挨拶するのは止めますよ。」

「そんな事してたのか・・・。ワシの中でお前はまともな人間だと思っていたんだがなぁ。」

「冗談ですよ。」

「知ってるよ。」


 俺がそう言うと叔父さんはクツクツと笑った。

 どうやら俺がからかわれていたらしい。


 着替え終わったタイミングで、


「もうみんな集まっているんじゃないか?」

「もう。そんな時間ですか?」


 やべぇ。バイト(筋トレ)に夢中だった。


「まぁ、今日は祝の席だ。存分に楽しんでくれ。」

「あっ、バイト代・・・・」

「・・・後で払ってやる。」


 叔父さんがそう言うと会場の扉を開けてくれた。



 ・・・・



 −−ギギギ・・・


 中からはすでにガヤガヤと音が聞こえてくる。

 会場の扉をくぐるとそこはちょっとしたホールの様な部屋だった。

 壁にはカブリエル様と思しき女性がいくつものシチュエーションで描かれたステンドガラスがはめられており。採光が差す度にパラパラマンガの様に動くのがより魔法の世界だと思わせてくれる。

 会場は立食パーティーで島ごとにテーブルが置かれており最初のおもてなし用のグラスが置かれていた。


 料理はバイキングか、料理人の人がセッセと作っている姿が見える。


 うぉ。凄く豪勢だな。


 こんなに広い所に入ったことがない俺は尻込みしていた。


「ははは。物怖じしないお前でもこういう席は苦手か?」


 俺が物怖じしない? 勘弁してくださいよ。

 世の中の怖い事だらけっすよ。


 訴えかける目で叔父さんを見る。叔父さんは笑っていた。


「さぁ。これで全員揃ったな。では、主役の登場だ。」


 --パンパン。


 叔父さんが柏手を打つと音楽隊が音楽を奏でる。

 ややゆったり目の旋律が場のムードを盛り上げていく。


 え? 俺が最後だったの? それはマズイよ・・・


 背中に冷たい汗が流れる。完全に冷や汗だった。


 バツの悪そうに戸惑いながら会場に入る俺。父様と母様は壇上の近くにいる為近づけない。何処か適当な居場所を探してキョロキョロしていると、壇上に移動した叔父さんと女王陛下の口上を言っている。


 何でも我が息子と娘がなんたらかんたらだ。

 音楽が第2章に移るとレイモンド様とカレン姉様が入場していた。

 仲睦まじく手を握っての登場だったが、カレン姉様だけでなくレイモンド様も顔が真っ赤だった。


 そんな2人の初々しさに当てられてか登場するや否や拍手が起こる。

 100を超える人が集まっていたので、その迫力は凄まじかった。

 王家の次期王がご婚約と言う事で、上級貴族と、騎士団の偉人や偉そうな人がわんさか来ている。更にはおこぼれ目当ての娘達が黄色い声援とちょっぴりブラックな視線をカレン姉様に贈っていた。


 言葉では祝福しているが、心では怨嗟を吐いているのだろう。

 後でこっそりお仕置きするか・・・。


「イッセイくーーん。あっ、何か企んでる?」


 俺を呼ぶ声がするのでそちらを向くとソフィーの他に何故かエリーも居て、ベネも居た。他の同級生はパッと見た感じは居なかった。


 何故バレた?


「おはよう。ソフィー。エリー。ベネ。」


 俺はすぐに貴族の娘達に向ける視線を外すと3人を見た。


「おはようございます。」 と黄色を基調としたプリンセスラインのドレスを着たポニーテールのソフィー。

「おはよ。カレン様、お綺麗ね。」 と紫を基調としたちょっと大人チックなイブニングドレスを着て、知的なメガネをかけたベネ。今日はお団子ヘアーにしている。

「来るのが遅いよ。」 と白を基調とし、ふんわり系のミニドレスを着ていた。

 何故か真っ赤な顔をして俺との視線を逸しているエリー。


 一瞬見惚れてしまった。皆似合っている。


「ど、どうかな?」


 ソフィーがドレスを摘んで挨拶したあと、真っ赤な顔で聞いてきた。


「凄く良く似「ソフィア姫えええ。お美しゅうございますうう。」」

「ヘブぃ!」


 ソフィーに凄く懐いているミサキさんが物凄い勢いで突進してきた。そして、姫らしからぬ声を出していた。


「み、ミサキさん。ちょっと待っ・・・「いや。姫は渡さない誰にも渡さない。そうだ。姫様私と契約しましょ。」そんな変なとこ触・・あっ、いやぁ。」


 ミサキさんにアチコチ弄られソフィーが甘い吐息を吐いていた。


 おい淫獣。18禁になるだろうが!!


 大体、あんた鏡の契約獣だろう。そんなに簡単に別の人に契約出来るものなのかよ。って言うかまだ弄ってやがる。この変態腹黒ウサギが!


 俺はミサキさんをジロリと睨んだが、本人はどこ吹く風でソフィーを攫って離れていった。その手はソフィーのポヨヨンを弄っていた。


 どこまでも変態だ・・・。



「「私達はどうなの?」」

「ん?」


 ソフィーが変態に絡まれている間に入ってきたのは、エリーとベネだった。

 2人共顔が赤い。何で俺に意見を求めるのか知らないが、


 まぁ、紛れもなく2人共とても素敵だ。


「あ、ありがとう。」

「・・・・・・っ。」


 と、どうやら声に出ていたらしい。


 2人は、更に真っ赤な顔をして俯いてしまった。

 ミサキさんに絡まれているソフィーが「あ”あ”あ”あ”。」等と声を出していたが2人は目を向けなかった。


 そうだよな。ミサキさんチョットウザいもんな。

 ソフィー。強く生きろ。


 ソフィーに親指を立てて見せたら。

 ベネが「イッセイ君がそれをやったらあの子は報われないわね・・・。」と、言っていた。


 はて、なんの事だ?


「君がイッセイ君?」


 声を掛けられたので振り返るとレイモンド様とカレン姉様とその後ろに女王陛下と父様、母様が立っていた。


 叔父さんは、別の貴族に捕まってる。

 飲み仲間かな?


 2人の挨拶が始まったのかもしれない。

 先に行こうと思ったのにまた出遅れてしまった。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。レイモンド様。」

「ご婚約おめでとうございます。レイモンド様。カレン様。」

「レイモンド様。カレン先輩。おめでとうございます。」


 俺達3人は貴族美のお辞儀をする。

 と言っても俺は車イスなので頭を下げるだけなのだけど。

 ベネは元々この国の貴族だし。エリーも王族なので気品がある貴族美のお辞儀だった。

 エリーの態度は完全によそ行きだ。


「ありがとう。3人とも顔を上げてくれないか?」


 レイモンド様は俺達の頭を上げさせ、更に俺の肩を掴む。


「イッセイ君。水臭いなぁ。僕の事はお義兄さんと呼んでほしい。」


 そう言って笑いかけてくれた。


 あぁ、この人は姉を幸せにしてくれる人だ。

 この笑顔だけでそうなると理解出来た。


「かしこまりました。お義兄さん。姉はまだ子供ですが、とても献身的な面もあります。どうか姉と共に幸せになってください。」


 頭を下げた。

 家族を思って出た行動だった。


 しかし、


「なるほど。これは中々だね。」


 若干引きつった笑顔のレイ・・・お義兄さんとクククッと笑いを噛み殺せていない女王陛下がいた。

 カレン姉様や父様、母様は慣れているので通常通りだった。


「この子は周りに与える影響力が強い子でね。彼に関わった子は実年齢と精神年齢が伴ってない子が多くなった。勿論いい意味でだけど。」

「あー。ソフィアを見てそう思いましたよ、陛下。」


 お義兄さんと女王陛下が楽しそうに笑っている。


 --ガランガラン・・・。


 壇上の上から少し低音なベルの音が聞こえてきた。

 そして、ローブを着た宰相様が会場全体に声をかけている。


「では、皆様そろそろ婚約の儀を執り行いますぞ!! 関係者はご準備をお願いします。」


「もうそんな時間かイッセイ君、また後で話そう。」


 お義兄さん達が壇上の方へと歩いていった。

 尚も鐘をガランガラン鳴らし続ける宰相様。

 頭の形にピッタリサイズの黒い帽子(カミラフカだっけ?)を被っていたが、完全に西洋の宗教の人みたいだった。


お読みいただきましてありがとうございます。

次話投稿は、平成最後の日の15時台を予定しております。


明日からGW中という事もあり、お出かけされる方も多いと思いますが何卒事故にはお気をつけください。

自動車、水、火事、お酒。要因は沢山ありますのでなるべく無理をなさらず満喫ください。


私は、天敵のヒノキの花粉と戦いながら執筆する予定です。

(安易に出かけないとも言える・・・。(チーン))


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