⑥
「あなたの魔力を引き出した上で、あなた自身を命が脅かされるほどの危険に晒すことで本能的に魔術を発動するよう仕向けたってわけ」
鬼だな。という希一のツッコミを無視し、紅愛は続ける。
「まぁでも、神器まで引き出したのには驚きだけど」
「神器?」
「魔術兵器の一つ。あなたの観察通り、呼び名を詠唱することで発動できる。フェリアスのミラーズも魔術兵器だけど、神器は特別な魔力を持つものだけが扱えるものなの」
見込んでたからこんなに大掛かりな計画を打って出たのよ。と紅愛はしたり顔をかましてみせる。
「だからね、希一。あなたも魔術士として一緒に戦ってほしい。世界の安全がいま、あの魔人たちによって脅かされてる。あなたの力が必要なの」
最初に会った少女の瞳で訴える紅愛。だが希一は視線をそらす。
「いきなり世界がどうとか……わけわかんねぇよ」
あまりに突然すぎる宣告。スケールが大きすぎて、彼には受け入れられなかった。
紅愛が大きく頷く。
「気持ちはわかるわ。数時間前まで普通の高校生で過ごしてて、いきなりこんなこと言われても訳がわからないと思う」
でもね。と彼女は強調して。
「魔術士となって奴らと戦えば、もっと多くの人を救うことができる。護ることができる。それに……」
語尾を歯切れ悪く言う紅愛に、希一は思わず彼女を見つめる。
「もう、大切な人を失わないで済むわよ」
「!……いったいどういう意味だ」
「言ったでしょ。3か月みっちり調査したって。あなたの身辺はしっかり押さえてあるわ。……5年前にお母様、亡くされてるでしょ」
希一の顔が苦痛に歪む。それは子供の顔だった。
「……家に押し入った連続強盗犯を止めようとして、目の前で刺されたのよね。何度も何度も。それからあなたの正義感は生まれた」
眉に深いシワをつくる彼に、彼女は呼びかける。
「でもね、希一。もしその時お母様を殺した犯人が人間じゃないとしたら、話は変わるんじゃない?」
「っ!?」
紅愛は続ける。
「言ったでしょ。魔人は生命エネルギーを狙うと。人間の体内には一定の流れにそって生命エネルギーが流れていて、通常死後も肉体が腐るまではしばらく体内を漂い続ける」
でも。と動かす紅愛の唇を希一は注意深く見やる。
「調査してわかったんだけど、司法解剖の前段階でお母様……真希さんの体内には一切の生命エネルギーが残っていなかったそうなの。彼女は魔力保持者だったけど、魔力もなくなっていた」
「つまり……人の皮を被った魔人に、殺されたの。人型の魔人にね」
希一。と、紅愛の声かけに彼は顔をあげる。
「……犯人、どうなったかは知ってる?」
「ゆくえ、不明……」
「そう。おそらく今も生きている。それがあっちなのか、それともこっちなのかはわからないけど」
彼の唇が一文字にキュッと結ばれ、決意の瞳に変わったのを確認して彼女は口を開く。
「だから……」
「わかった。なってやるよ」
「え?」
紅愛は耳を疑った。
希一は最大級に大きな溜息をつく。
「魔術士になってやる。そんで強くなって、魔人を倒す!」
「……きいち」
「ただし!」
彼は片手で紅愛の両頬を挟むと、もう片方の手で思い切り額にデコピンした。
「い~たぁい!!もう、なにすんの!」
「るさい!俺を嵌めた罰だ。この野郎」
「いたたたた!ねぇ、デコピンだけでしょ!!梅干しはやりすぎ!ぶっ倒すわよ?」
「おうやってみろ!俺は倒せねえぞ!」
「なにをーー!」
もはやプロレス技の掛け合いのようにじゃれる希一と紅愛。
「……楽しそうだな。こいつら」
「お、お嬢様になんてこと。…ぶっ殺す」
「こらこら、律」
フェリアスは、そんな2人を親のような温かい目で見守っていた。
「(……紅愛のこんなにリラックスした笑顔を見たのは、久しぶりだな)」
姫の行く末を案じ、彼女は期待を寄せる。
「(さて、本格的に始動か……希望の光を、磨く時だ)」
「あ、フェリアス。胸ポケットの中のものはしっかり返しなさいよ?」
「へ?!」
紅愛の鋭い一言に、彼女は素っ頓狂な声をあげた。
「あぁやっぱりバレていたか。はは。…すみません、紅愛さん」
「まったく。私からチップを取ろうなんて100万年早いわ」
「……返す言葉も、ございません」
先ほどまで般若のお面だった律が、呆れたように苦笑する。
「まったく、フェリアスは情けないですね」
「おいコラ律」
「……あなたたちはもう」
呆れる紅愛。
そんなやりとりを見て、希一は先ほどまで抱いていた緊張がすっかり溶けていくのを感じていた。
彼の魔術士としての日々が、これから始まる。




