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ーー東京、西小山。


駅前から一本入った小道に、口髭を生やしたウエイターの人形が目印の一件のバーがあった。


フロムロンドンカフェ。


入り口にcloseの看板が掛けられてるにも関わらず、中では煌々と明かりがついている。


「……ここへ来るってことは、またなにかあったのかい」


アンティーク溢れる店内で、グラスを拭く老齢の男は、目の前のカウンターで肘をついて座る女に問うた。


だが女は答えない。

彼女はBGMで流れるジャズを耳に流しつつ、足を組み替える。


店内だというのに、ライダースジャケットを羽織ったままだ。


「……マスター。ナンバー3をストレート。今日は飲み放題で」


女は長く伸びた黒髪を掻きあげ、懐からお札を取り出すとマスターと呼ぶ老齢の男に渡す。


お金を受け取ったマスターは、金縁の丸メガネを光らせなが微笑む。


「はいよ。メルちゃんは相変わらず飲むねぇ。46%のジンを何杯も流し込むなんて男でもそうそういないよ」


ま、酒好きの女は好きだ。綺麗な女なら尚更ね。

というマスターの言葉を聞き流し、メルは金色の瞳を細める。


「酒は好きだ。ミルクの次にな。酒は心を鎮めてくれる。色が黒から遠ければそれだけ気持ちよく呑めるしな」

「黒い飲み物嫌いも相変わらずだね。結局はイメージなんだけどねぇ」


「イメージだろうとなんだろうと、血と同じ色のものは飲めん」

「……人間は、自分の血の色と同じ赤ワインを好んで飲むけど。まぁ、とにかく1回は試してみなよ」


ほら、とワイン瓶を振ってみせる。


「ふん。いいか、私は魔人のお前が経営しているからここに来ているんだぞ」

「じゃあ、もうここにはこないかい?」


彼の問いに、メルは黙りこむ。


「うん?」

「……いいから。早く酒を出せ。ここは酒場だろ」

「はいはい。いま出すよ」


彼は唇を歪めると、振り返って棚からナンバー3の瓶を取り出しグラスに注ぐ。


「はいよ。いいジンを選んだね。英国の女王陛下も御用達の高級品だよ」

「……どうでもいい」


メルは一口飲むと、一息つく。


「うち特製のフレンチトーストはどうする?ホール大だよ」

「もらおう」

「はいよ。ちょっと時間もらうね。ハチミツはかける?」

「……沢山掛けてくれ」

「りょうかーい」


ニコニコと笑顔で答えると、マスターは調理に掛かる。


メルはクイっと飲み干すと、グラスを置く。中の氷が揺れた。


「なぁ、マスターはノックスへ帰るつもりはないのか?」

「ん?ないよ。もう20年もいるからね。ここで死ぬつもりだ」


彼女の脳裏に、唯の姿がよぎる。


「……理解できないな。どうしてそう人間と馴れ合える。我々の血を奪い同士を殺した人間は、憎むべき敵のはずだろ」


マスターはホール皿へ材料を投入すると、オーブンに入れる。


次に彼女の空グラスを取ると、再度注いで渡した。


彼女がグラスを受け取ると、マスターは口を開く。


「……そうだね。言っておくけど、俺も人間という生物は嫌いだ。俺自身、親を人間に殺されたからね」

「なら」

「だが、魔人と同じ。憎い奴もいれば、気の合ういい奴もいる。この街にはいい感じに年を取った人間が多くてね。気づいたら常連を多く抱えるまでになった。友達がいるからここにいるのさ」

「……ふん」


メルは面白くない。という風に眉をひそめる。


「で、何か進展はあったのかい?」


マスターが話題を変えると、メルは頷く。


「神器を見つけた。しかもへーラーだ」

「おぉ。ゼウスの相方だね」

「ゼウスは使用する人間の奥底に捕らえられてまだ狙えないが、へーラーの使用者とゼウスの使用者が繋がった。だから、近いうちに復活するだろう」


彼女の言葉に、マスターは、あ。と素っ頓狂な声を漏らす。


初めてメルは顔をあげた。


「……なんだ」


マスターは顎に掌を乗せると、少し考えて口を開く。


「いや、ね。小耳に挟んだ情報なんだけど、ラルゴ率いるデルスパルタ第2部隊とシャルライトが人間界で近々合流するらしいよ」

「なに?」


メルは肩を震わせた。


「 ……待て。確か第2部隊はニューヨークに、シャルライトは単独でパリに潜伏しているはずだろう。それぞれ担当エリアが違うじゃないか」


マスターは腕を組んで頷く。


「半年前にパリ支部のあるモンマルトルを襲撃したのがシャルライトであることは知っていると思うけど、そこで魔力をたくさん吸収した奴は翌月にロンドンであのミセス・エリザベスを暗殺したらしい」

「……シャルライトがエリザベスを。誰かが殺してポセイドンを手に入れたのは知っていたが。まさか、シャルライトとは」


メルは唇を悔しげに噛むと、酒を口に含む。


「……だが、エリザベスが殺された当日、ロンドン本部は彼女の予言発表のために、選ばれた魔力以外は完全にシャットアウトされていた。殺すどころか近づくことさえできなかったはずだ」


マスターは頭を振る。


「そう。だからどうやって彼がエリザベスを殺し、ポセイドンを奪ったのかは分からない。けど、ともかくポセイドンを奪い自分の力にしたシャルライトは、残りの神器を探しているらしい」


「おそらくその中でエリアを絞ったのだろう。ヨーロッパを後にした彼は、ニューヨークで部下のラルゴらと合流し、徹底的に残りの神器をあぶり出す行動に出るようだ」


メルは一瞬目を見開く。


「そうすると次に襲撃を受けるのはアメリカか。そこが終われば……」

「間違いなくこの東京へくるだろうね。エリザベスは元々東京を魔術士の重要拠点だと指摘していたからね。シャルライトがあの予言発表の場にいたとなれば、何かしら耳にしているはず」


「……」


彼女の頭に、再び唯がよぎる。


その時、チンッとオーブンが活動を終える音が響いた。


「くそ、奴らが来る前に、回収しなければ」


ボソリと呟く彼女の目の前に、湯気をあげるホール皿が置かれた。

チーズ入りのため黄色がかった小麦色のフレンチトーストは香ばしい香りを撒き散らしている。


「とりあえず、これ食べてからいきなよ。美味しいよ?」

「……そうだな」


焼けたフレンチトーストを見つめながら、

メルはただゆっくりと答える。


すると、彼女は突然スプーンを思い切り突き刺した。


中身を抉ると、溶けたチーズがむき出しになり糸を引く。


「……ふっ」


その様子を見ながら、メルは不敵に微笑んだ。

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