⑥
「あなた、いつの間にそれほど。……それにさっき、神器の翼で飛んだわね」
紅愛の目の前で立ち止まると、希一は頷き口を開く。
「俺のへーラーは言った。神器とは、使用者である魔術士とシンクロする兵器だと。シンクロするほどその力を発揮できる。……だから、俺はこの1週間みっちり彼女と対話した」
まっすぐな青い瞳は、目の前の紅愛だけを射抜く。
「神器ってのは何千年も前に誕生したんだろ。薙沙に聞いた。……なら、この世じゃ1番の知恵袋だ。俺はへーラーに魔術について、魔人について、戦い方について聞いて学んだ。彼女との空間の中で何度も戦った。元々物覚えがいいってのもあるがな」
もちろん、先輩である仲間の戦い方も参考にさせてもらったがな。と、湊たちを横目に語る。
「……まさか、あなたがここまでとは思わなかったわ」
苦笑する紅愛だが、彼の瞳は動かない。
「対話すればするほどあいつのことがよくわかる様になって、戦いやすくなっていった。発動しやすくなっていった。最初、フェリアスさんと戦った時、わけもわからず発動した時とは大違いだ。……さっき戦った時は、しっくりきた」
「……ねぇ、希一?」
小首を傾げる紅愛を無視し、彼は続ける。
「だからこそ俺は疑問を感じた。なぜこんな力を持つのに自分の力で魔人を退治しに向かわないのか。これがあれば、1人で下級ぐらいなら簡単に倒せるはずだ」
「……あなた、何が言いたいの?」
彼は嘆息する。
「紅愛。お前は、なんで自分が持つ神器を使わないんだ」
「っ!」
紅愛の顔が引き攣る。彼女の視線が下がった。
「……それどころか、ただの1度も魔術を使って戦わない。今日なんか俺に戦い方を見せる絶好の日のはずだ。だがお前は完全に傍観者の立ち位置で過ごしている」
「それは、私が部長だから」
「部長なら、部長らしく見本を見せてくれよ。……神器、ゼウスを」
ゼウス。という単語に彼女は肩を震わせた。
腕組んで黙っているフェリアスも、片目で彼らを見やる。
「……神器は、出せないわ」
目を逸らしたまま歯切れ悪く答える紅愛。
彼はスッと目を細めた。
黙って聞いていたフェリアスだったが、空気を読んでか、薙沙ら3人を呼んで2人の近くから離れる。
「……魔力が弱まっているからか?」
「!!」
「だから、ゼウスとの対話ができず発動もできない。1人では魔術退治ができないからサポートとして魔術士を集めている。いや、自分を護ってもらうためだろう。上級魔人は神器を狙っているんだからな」
「……」
「いまは魔力を取り戻すためのリハビリをしているんだろ。だが魔人の勢力は増す一方。そこで俺らの力が不可欠ってわけだ。さすがに護衛部隊だけじゃカバーしきれないからな」
違うか。と問う彼に、紅愛は俯きながら口を開く。
「……魔力は、最近少しずつ戻りつつあるわ」
彼は頷く。
「魔力は体内を流れる血液と同じ。身体や心の調子でその力は変わるらしいな。特に、精神状態については魔術士とシンクロする神器を使うには大切な要素」
「……お前、何かその心当たりがあるんじゃないのか」
希一は、彼女のあの表情の意味を解明しようとしていた。
紅愛はゆっくりと彼を見る。
彼のその揺るがない青い瞳に、覚悟を決めて口を開く。
「……私。いえ、なんでもないわ。とにかく」
「紅愛」
「っ!」
希一は彼女の手を取り、闘技場の端へと強引に連れて行く。
「ねぇ。ちょっと何なの希一!離し……っ!」
言い終わる前に彼は手を離した。
息を切らす彼女は、泣きそうな表情を浮かべている。
「その顔だ」
「えっ?」
「俺が仲間になってから、お前は俺だけに時々その顔を見せる」
「はっ……自意識過剰なんじゃないの」
鼻で笑う彼女に、彼も笑う。
「あなた、なにがおかしいの」
「かもな。それでも、俺は気になって仕方ないんだよ」
「……」
「で、ここからは俺の想像だが、紅愛。お前、もしかして誰か大切な人を亡くした経験があるんじゃないのか」
「っ!!」
彼女は、今まで見たことないほど動揺した様子を見せた。
身体中を震わせ、唇を噛み今にも泣き叫びそうな勢いだ。
希一は嘆息する。
「……悪い。嘘だ。想像なんかじゃない。へーラーに聞いたんだよ。8年前。両親はお前のもつゼウスを狙った魔人からお前を守ろうとして殺されたそうだな」
紅愛は肩を震わせる。
「それを聞いて思った。なぜ俺を仲間に入れたか。それは、自分と同じだったからだ。……常人が持ち得ない神の力を持ち、それを狙ったものに親を目の前で殺された。同じ苦しみや悲しみを共有するものなら、背中を押してくれるんじゃないか。と」
だが。と続けようとするが、
紅愛は震えていた肩を押さえ、口を開く。
「……あなたが、羨ましかったの」
「あなたの言う通り。私と同じ境遇の人間を見つけて、凄く嬉しかった。同じ悩みを持つなら、これからあなたと一緒に私は変われるのかもって」
でも。と呟き、しばらく間を置く。
そして再び唇を動かす。
「でも、あなたは私よりどんどん先へいく。残酷な真実を突きつけられても、自分の力であなたは上へ上へ這い上がっていく。そこに恐怖心なんかまるでないみたいに」
「……私は過去のトラウマにずっととらわれ、同じところでもがいている。更に神器を持つ偉大な魔術士が殺されたことで、私もいつか同じ目に遭うんじゃないかって、本当は心の奥底でずっと怯えている。魔人を倒すために私はいるのにおかしな話よね。ゼウスを呼べたのも、その魔術士が殺される前の半年前が最後」
絶望で顔面蒼白な紅愛。声は消え入りそうだ。
彼はこんな弱々しい彼女を今まで見たことがなかった。
希一は、ふっと。下手くそな笑顔を浮かべて見せる。
パシっ。彼は紅愛の頭を軽く叩いた。
「ったい。なにすんのよいきなり」
「らしくねーよ」
「は、はぁ?」
希一は両腰に手をあて、胸を張る。
「魔術部部長の黒帝院紅愛は、もっと堂々としてて、偉そうで、芯の強い女だろ。少なくとも、会って1週間の俺の印象はそうだ。もっと付き合いが長い薙沙や湊、凛だって同じはずだ」
「なにいって……」
「だから、お前は何にも不安になる必要なんかねえんだよ。神器を狙う魔人?そんなの来たら来たでぶっ倒せばいい。こそこそビビりながら生きてくなんてまっぴらだろ」
今度は、ポンッとゆっくり掌を彼女の頭に乗せる。
「過去のトラウマ……は、一緒に乗り越えよう。俺も一緒だ。正直、たまにあの日のことは思い出すし苦しくもなる。でも、敵はまだ生きてる。どこかに存在している」
「だったら、もっと強くなっていつか仇を討ってやろう!お前には俺が、いや俺らがいる。心が苦しくなった時は頼れよ」
なぁ。という彼の言葉に、紅愛は目を見開いた。そのオレンジ色の瞳は、輝きを取り戻している。
「……魔力を戻すのは、これからは俺も手伝うぜ。魔力を戻して、お前のゼウスを見せてくれ」
ニッと屈託ない笑いを浮かべる彼を見て彼女も思わず笑いそうになるが、こらえる。
「……紅愛?」
「 よし、特訓再開よ!」
紅愛は思い切りたちあと大声でそう叫び、フェリアスたちの方へ歩き出す。
「みんな待たせたわ!次は中級魔人よ!今度は希一も入れて連携プレーを見るから」
「おー!あれ、紅愛内緒のお話は終わったの?」
「おお終わったわよ!うるさいわ薙沙。ほら、湊も凛もボーっとしない!Ratpigで魔力は補強した?」
「たりめーだ」
「あ、私まだしてなかった。飲まなきゃ」
「凛らしくないわね。しっかり補給しなさい!」
「はい」
紅愛はいつもの調子を取り戻したようであった。
忙しなく動く彼女の後ろ姿を見て、希一は安堵の笑みを浮かべる。
どことなく足取りが軽いようにも見えた。
「おーい希一!再開するからあなたも来なさい!」
「あぁ。……あ、ドリンク飲んでねぇ」
魔術手帳を取り出し、紅愛がつくる輪の中へ歩き出す。
「(……ありがとう。希一)」
彼女は彼に聞こえないよう、心の中で静かにそう呟いた。




