⑧
ーー放課後。
午後の授業を全て欠席した隣人の席を横目に、希一はバッグを持って席から立ち上がった。
「あれ、希一もう帰んの?」
声を掛けられふと前を見ると、見慣れたクラスメイトが間抜け面を浮かべて立っていた。
「おう、春樹か。ん、今日はちょっとなー」
「お、お、お、もしかして復学生の紅愛ちゃんか?さっきも仲良く話してたもんなー」
「うっせぇな。別に仲良くねぇよ」
「またまたぁー!」
柏ヶ原春樹、もとい希一の良き遊び相手はニヤニヤと心底楽しそうにツッコミを入れた。セットされたツンツン頭が彼の快活な性格を如実に表している。
「まー紅愛ちゃんはスタイルも悪くないし可愛いと思うけど、ちょいっと胸の大きさが足りないよな。いやなんつーかその、ささやかっつうの」
「……巨乳好きだもんなお前」
「そーなのよ!あとできれば美乳でマシュマロならなおよし」
「贅沢なやつだな」
「そう、贅沢なのよ!ちなみに6組のアイドル姫宮ちゃんが推しメンです」
「……あぁ凛か」
「りん?!」
当たり前のように名前を吐く希一に、春樹は驚愕で固まった。口だけ餌を貪る金魚のようにパクパクさせている。
「あ、なんだ?」
「よりどりみどりかよオイ!くそ、イケメンだからか!おぉそうか!!笑うの下手なくせにっ」
「別によりどりみどりじゃねえよ。……てか、笑うの下手じゃねえからな」
「ほぉ。じゃあいま俺が姫宮ちゃんだと思って微笑みかけてみろ!紳士に大切なのは笑顔だ!」
「なんで凛なんだよ。……ほら」
「……oh」
カクカク。そんな擬音がぴったりなほどぎこちない笑みを浮かべる顔は、全ての筋肉がひきつっているようだ。
春樹は希一の肩に手を置き、わざとらしく一息つく。
「ま、グッジョブ!」
爽やかな笑顔で囁いた春樹の頬を希一は無言で叩いた。
「なに!暴力反対!DV男!」
「わりー。なんかムカついた」
「まあ怖い!そんな乱暴だから彼女できないんだぞー!」
「か、かんけーねぇだろ」
「あ、動揺した動揺した!知ってるか?女を手玉に取るにはな、アメとムチの使いわけが大切なんだ……ぶべっ!」
「……まったく。2人とも楽しそうだなー」
彼らの茶番を傍らで冷ややかに見つめながら呟く男は、賢い印象を与える大きな黒ぶちメガネを中指であげる。
「おう知的。いつの間にいたんだ」
「おう希一。春樹のよりどりみどりのあたりから。モテモテみたいじゃん」
品川知的こと、希一の良き遊び相手2はカラカラと楽しげに笑う。
「……お前もタイミング悪いな」
「そうか?こっちは楽しめたけど」
「なぁ知的!そういやお前は紅愛ちゃんと姫宮さんだったらどっちが好きよ。俺は姫宮ちゃんだけど」
ちなみに希一は変態だから2人ともタイプらしい。と自信満々に答える春樹。否定できず答えない希一は、知的に耳を傾ける。
「……俺は、どっちもタイプじゃないな。もっと年上でもっとお尻と足が大きい方が好きだから」
彼の回答に春樹と希一は信じられないという風に目を見開いた。
「1番の変態はお前だったのを忘れてたぜ……さすがだ」
「知的はブラジル人並みに巨尻なのが好きだったもんな」
春樹は負けを認めた棋士のように深々と頭を下げる一方、希一は感心したように呟く。
当の知的は、お前らにも洋モノの良さをわからせてやる。と今にもお気に入り動画を見せようとスマホを開こうとするので、希一は時計に目をやった。
「わりー。おれそろそろいくわ」
「ん、これからカラオケいかないのか?」
「知的、希一きゅんは紅愛ちゃん姫宮ちゃんとウフフなんだってよ」
春樹の耳打ちに、知的は納得したように大きく頷いた。
「ちげぇよ。んじゃ2人とも、また明日な」
「おーう、動画あとでリンク上げとくわー」
「へいへい。xx videosだろー」
「そうそう。絶対みろよー」
「じゃなー!希一きゅん!」
ガヤガヤと動画の話題で盛り上がる二人を背中で見ながら、希一は騒々しい1年2組の教室を後にした。




