26.そして、覚醒の時
「えっ? ノ、ノイズィ? なんで……」
それは魔法使いの少女、ノイズィで間違いなかった。
町から逃げ出したはずの彼女がなぜここに……どうなってるんだ?
「こんな事だろうと思ったぞ! 用事がある、というのは死霊騎士団と戦うつもりだったんだな!」
「うっ……ま、まあ、そうかもな……」
「だったら私にも声を掛けろよ、水くさい! 仲間だろ!」
ノイズィに叱られ、言葉に詰まる。
俺はみんなを危険にさらしたくないから黙っていたんだが……相談ぐらいはするべきだったのかも。
一人でもやれると、どこか自惚れていたのかもしれない。それがこのざまなんだから、我ながら情けない。
腕を振るい、群がってきていた死霊騎士どもを消し飛ばしてから、俺は後方に控えたノイズィに告げた。
「その、今さらだけど……手伝ってくれるか?」
「もちろんだぞ! そのつもりで来たんだし!」
なんて頼もしいんだ。俺なんかにはもったいない仲間だな。
ノイズィは杖を振りかざし、全身に魔力をみなぎらせ、呪文を唱えた。
「大群相手なら火力が物を言うのさ! プラズマボール、サイズL! いくぞぉ!」
ノイズィの前に直径二メートルぐらいの雷撃球が生じ、すごい勢いで射出される。
それは死霊騎士の大群にぶち当たり、粉々に吹き飛ばしながら進み、やがて敵のど真ん中で弾け、爆発した。
閃光と爆音が轟き、大地が揺れる。ノイズィのレベルが上がったからか、前に見た時よりも魔法の威力が上がっているな。
百以上は吹き飛ばしたな。まだまだ減る様子はないが、それでも俺一人よりは楽になった。
そこでさらに、あたりに声が響いた。
「ホーリー・ライトニングボム!」
「!?」
白い光球が飛来し、死霊騎士どもに直撃、すさまじい爆発を起こして消し飛ばす。
見るとそこには、水色の髪をなびかせた、白いローブ姿の少女、サリアがいた。
「お待たせしました! やるならやると声を掛けてくださいよ! 出遅れたじゃないですか!」
サリアまで来てくれたのか。という事は……。
「当然、私もいる」
「うわっ!?」
真後ろから声を掛けられ、慌てて振り向く。
ドリル剣を担ぎ、白銀のライトアーマーを装備した白髪の少女、クロムは冷ややかな目で俺を見ていた。
「私に黙ってこんな真似をするとは、いい度胸ね……」
「い、いや、これはその……」
「あんなダークエルフの女なんかとこっそり会っているなんて信じられない! いやらしい、不潔よ!」
「えっ、非難するのはそこ!? いや、ラグとは別にそんなんじゃ……」
「言い訳は後で聞く。事と次第によっては私といやらしい遊びをしてもらうから覚悟して」
無茶苦茶な事を言って、クロムは竜の頭部を被り、ドラゴンモードに姿を変えた。
「突進力なら誰にも負けない! 死霊ごときの進軍など押し返してくれる! ドラゴントルネード、マックスラン!」
ドリル剣を回転させ、闘気の渦で全身を包み込み、自身を巨大なドリルに変えて突撃するクロム。
死霊騎士達が騎馬ごと薙ぎ倒され、バラバラに粉砕されていく。
さすがというか、相変わらずすさまじい攻撃力だ。一〇、二〇、三〇、と次々に敵を片付けている。
ノイズィとサリアが攻撃魔法を放って爆発を起こし、クロムが先頭集団を薙ぎ払う。
無論、俺も攻撃の手を休めてはいない。もう既に千体以上の敵を倒しているはず。
だがそれでも、死霊騎士の進軍は止まらない。しかも少し時間が経つと倒した奴らが再生している。
この圧倒的な数の暴力、そしてすさまじい邪悪な気配。連中からは怨念みたいなものを感じる。
生きとし生けるもの全てを呪い、恨み、死に絶えさせるためだけに動いている、それ以外には何もない亡者どもの群れ。
こいつらを倒す方法なんかあるのか? 不死身の上にこれだけ数が多いんじゃ、いずれこっちが力尽きてしまうぞ。
「はあ、ひい、はあ……ま、まずいぞ! そろそろ魔力が尽きてしまいそうだ! 手持ちの魔力回復ポーションもなくなっちゃったし!」
「わ、私もです。もっと回復用アイテムを用意してくるべきでした……」
ノイズィとサリアが疲れた顔で呟く。威力の高い攻撃魔法を連発しているせいでガス欠になりそうなのか。
それはクロムも同じらしく、明らかに動きが鈍ってきていた。
「くっ、さすがに数が多すぎる……このままじゃコイツらの仲間にされてしまう……!」
俺はまだ行けそうだが、みんなが戦えなくなればすぐに限界が来てしまうだろう。
くそ、どうにかならないのか? 無敵で最強なら、数の暴力なんかに屈しちゃだめだろ……!
俺達の攻撃をくぐり抜け、目の前に、死霊騎士の一体が迫って来ていた。
そいつは騎馬から飛び降りると、剣で斬り付けてきた。
反撃が間に合わず、振り下ろされた剣をガキン、と左腕で受ける。
痛みはない。見ると、左手首にはめた例のリングに剣が当たっていた。
おおっ、なんだ、防具として使えるじゃないか。初めてコイツが役に立ったな……。
だが、そこで。
ドスッ、と。
どこかから飛来した槍が、目の前にいる死霊騎士を背後から貫き、俺の胸に突き刺さった。
「……えっ?」
これまで、痛みを感じた事はあったが、傷を負った事はなかった。
だが、こいつはモロに突き刺さっている。ダメージを確認するまでもない、間違いなく大ダメージ、致命傷だ……!
腕を振るい、闇の風を起こして、刺さった槍ごと死霊騎士を吹き飛ばす。傷口を押さえ、俺はうめいた。
「ぐっ……死ぬのか、また……くそぉ……!」
これで終わりか……短い人生だったな……。
一度は終わった人生なんだし、少しだけやり直しができてよかったかな……。
一つだけ心残りがあるとすれば、こんな危険な状況にみんなを置き去りにしたまま、途中退場しちまう事か……。
せめて……コイツらだけでも……倒しておかないと……!
「うっ、ううっ……うおおおおおおおおおお!」
薄れ掛けた意識をどうにか手繰り寄せ、両脚を踏ん張って身体を支える。
右腕を持ち上げ、最後の攻撃を……『闇の風』を放つべく、右手の先に力を集中させる。
そこで俺は、左手がものすごく熱くなっているのに気付いた。
「!?」
左手首にはまったリングが、光を放っている。
それもちょっと光っている程度じゃない。左腕の輪郭が見えないぐらい、まぶしい光を放っている。これはもう閃光だ。
よく分からないが、これはリングが作動したのか?
『進化の腕輪』とか言ったな。そいつが機能を発動させたって事なのか。
「うっ……な、なんだ……?」
まぶしかった光に黒いのが混じってリングから噴き出してきた。
これは『闇の風』か? 風が光を打ち消して、黒い渦となって俺を包み込んでいく。
渦に巻かれ、身体が持ち上がっていく。恐怖はない。むしろ心地いい。
『闇の風』が俺の身体と一つになっていくような……そんな感じがする。
「ふん、やっと目覚めたか……死の淵まで追い詰められ、『進化の腕輪』の力を借りて、ようやく覚醒するとは、どこまでも寝ぼけたやつよ……」
いつの間にかメルの奴が傍らに来ていて、呆れたように呟く。
なんだか分からないが、俺の身体に変化があったのか。そう言えば、何か変な感じが……。
痛みが消え、胸の傷がふさがっているのが感覚で分かる。そしてなぜか、着替えた覚えもないのに服装が変化していた。
全身を黒いマントみたいなので覆われていて、頭には仮面というか、兜みたいな物を被っているみたいだ。
……なんだこれ。なんだか怪人ぽいぞ。いや、俺の場合は魔人か。
「闇の風を操る最強の魔人よ……さあ、貴様の力を亡者どもに示してやるがいい! 今こそ覚醒の時だ、ウィン・ザ・ダークネス!」
『……』
それが俺の魔人としての二つ名か? ちょっと格好いいような気もするが、やはり悪役臭いな……。
まあいいさ。魔人として覚醒したんなら、これまでと同じ力しか出せないって事はないだろう。
『闇の風』と一体化した俺は、宙に浮いていた。
眼下には無数に蠢く死霊騎士の群れがいる。クロムが苦戦しているみたいだな。
さて、それでは……魔人の力、試させてもらおうか……!
『行くぞ、亡者ども……!』
まずは軽く右手を振るい、黒き風を起こす。
ゴオッ、と突風が吹き荒れ、それはただ流れるだけではなく、俺の身体の一部のごとく自在に動かす事ができた。
動かせるだけじゃない。これまで以上に空気の流れが読めるし、目に見える情報以上に敵の位置や動きが分かる。
軽く念じるだけで、クロムを避けて、彼女の周囲にいる敵のみをザクザクと切り刻む事ができた。
クロムに群がっていた百体以上の敵が塵となって消え、亡者の群れにぽっかりと穴が開く。
粉々にするだけではない、完全消滅だ。これでもう再生はできまい。
「ハチオなの? その姿は一体……」
目を丸くしたクロムの傍らに降り立ち、彼女を下がらせる。
こちらへ向かって猛然と迫り来る死霊騎士の大群を見据え、右腕を振りかぶり、空間を薙ぎ払うように腕を振るう。
いや、実際に空間を薙いでいた。漆黒の烈風が空間そのものをかき消すようにして黒く染め、その射線上に存在していた全ての物を闇に飲み込み、消滅させる。
千や二千じゃない。一万近く、半数以上の死霊騎士を消滅させた。奴らはもう二度とこの世に現れない。
『消えて、なくなれ……!』
左右の腕を交差させて振るい、極大の『闇の風』を起こす。
闇が空間を黒く塗り潰しながら広がり、亡者どもを塵一つ残さず消滅させる。
……全部で、二万体以上いたな。だが、完全に全滅させたぞ。
もはや奴らの気配すらこの場には残っていない。俺の勝ちだ……!
『……ククク……フハハハハ……!』
「ハ、ハチオ? どうしたの」
クロムが不安そうな顔で声を掛けてきたが、どうでもいい。
なんだかすごく気分がいいのだ。ずっと押さえ付けられていた何かが解放されたような……そんな気がする。
そうだ、俺は最強なんだ。だったら何も我慢する必要はないじゃないか。
生活費を稼ぐために依頼をこなして報酬を受け取る? なんでそんなまだるっこしい真似をしなきゃならないんだ。
金が欲しければ奪えばいい。いや、金なんかいらない。欲しい物を直接ぶんどればいいじゃないか。
逆らう奴は皆殺しにすればいい。だって、俺は……最強なのだから!
『……魔人として、自由に、好きなように生きてやる……ククク……フハッ、フハハハハ!』
「おう、いいぞいいぞ! それでこそ我が僕たる魔人よ! フハハハハ!」
メルが隣に並び、胸を張って愉快そうに笑う。
ノイズィとサリアがクロムの所まで来て、俺の事を気味が悪そうに見ていた。
「ハチオが変な格好になって笑ってるぞ! どうしちゃったんだ?」
「あれは帝王の笑いですよ! ハチオさん、魔人みたいな姿に変身する能力を得たせいでおかしくなっちゃったんじゃ……」
「あの能力はまさに魔人そのものだったけど……強いのはいいけど、悪党にはなって欲しくないわ」
なんだ、うるさいな。この俺に文句でもあるのか?
この際だ、誰が上なのか連中に分からせてやるか。まさか、俺に逆らおうなんてやつはいないよな?
『おい、お前ら。俺の部下にしてやるから忠誠を……』
三人に声を掛けた、その時。
ブワッ、と、俺の身体から黒い風が吹き上がって分離し、兜やマントが消滅した。
黒き風は左手首のリングへと吸い込まれていき、やがて消えてなくなった。
元の姿に戻った俺は「あれ?」と首をひねり、身体から力が抜けてしまい、よろめいた。
「な、なんだ? どうなって……」
「ううむ、やはり完全な魔人化は無理があったか。時間切れだな」
「時間切れ? そんな……」
メルの説明を聞き、ガックリとうなだれる。
そこでサリア達が俺をジッと見ているのに気付き、ハッとする。
「今、何を言い掛けたのでしょう? 部下にしてやるとかなんとか……」
「大きな力を得たせいで傲慢になったみたいね。そういうのも悪くないかも……あとで卑猥な命令でもしてもらおうかな……俺のここをペロペロしろ、とか……」
「ス、ストップ! それ以上はいけません!」
わけの分からない事を呟くクロムを、サリアが慌てて黙らせる。
ノイズィがテケテケと駆け寄ってきて、俺の顔をのぞき込んで言う。
「強くなって調子に乗っちゃったんだな? だめだぞ、ハチオ!」
「あ、ああ、うん。どうもすみませんでした……」
めっ、と叱られ、頭を下げて謝罪しておく。
ほんと、どうしちまったんだ、俺は……ちょっと強くなったぐらいで支配者の気分に……舞い上がりすぎだろ。
もしかすると、あれが魔人という者の本質なのかもしれない。自分を見失わないように気を付けなくちゃな。
「むう、正気に戻ったか。しかし、あれはあれでよかったと思うぞ。この世界を支配しようと思うのなら、多少は傲慢であった方がよかろう」
メルが呟き、なんだか残念そうな顔をしている。
コイツ、マジで悪魔なんじゃ……どうも考え方が邪悪だな。
俺は世界の支配なんか望んでないっての。なんだその野望は……意味が分からんわ。
「おい、やったな、ハチオ! これで一〇〇〇万Gはいただきだ!」
叫んだのはラグだった。
いや、お前、途中から何もしてないんじゃ……いい根性してるな。




