25.無謀な戦い
大砲を載せた荷台を押して町を出た俺達は、町の南にある平原に出た。
二人だと割と楽に運べたが、こんな重い物を一人で運びだそうとしていたのか、ラグは。金への執着心のなせる技ってやつかな。
「何しろ大金が掛かってるからな。この大砲買うのに借りた金を返さないといけねえし、遊びじゃないんだよ、遊びじゃ」
「借金返すために借金しまくってるんだろ? もっと地道に稼げよ」
「やだ! そういうのはあたしの好みじゃねえし! やっぱでっかく稼がないとな!」
このロクでなしが……今度、時間がある時にじっくり説教してやるか。無事に生き残れたらの話だが。
さて、噂の死霊騎士団ってのはどんな連中なんだ? 町を滅ぼすぐらいだから、千人ぐらいの集団なのかな。
「なんだよ、知らないのか? 死霊騎士団ってのは一万人以上の大軍団なんだぜ」
「い、一万人? マジか」
「元はどっかの国の騎士団だったらしい。それがゾンビになっちゃって、あちこちで仲間を増やしてアンデッド軍団を形成したんだってさ。なんで町を襲うのかは分からないけど、住人をゾンビに変えて仲間にするためなんじゃないかって噂だ」
死神魔人や不死の王が言ってたな。自然の摂理みたいな話を。
仲間を増やすために町を滅ぼすのか。なんて迷惑な集団なんだ。
そんなのに狙われてる俺って不幸すぎるよな。アンデッド連中なんかの相手をするんじゃなかった……。
「ハチオは魔人なんだろ? アンデッド連中に知り合いはいないのか?」
「いるわけないだろ。もしも知り合いがいたら話し合いで解決できないかって事か?」
「いや、知り合いなら向こうにわざと負けるよう頼んでもらおうかと。戦わずに報酬がゲットできたら最高だろ?」
「お、お前ってヤツは……考え方がマジでロクでもないな……」
「へへ、そうかな?」
「ほめてないから! 得意そうにするな!」
平原を見渡せる位置にある、丘の上まで大砲を運ぶ。
ラグは荷台を固定し、大砲の各部をいじって砲撃の準備を始めた。
本気で一万の軍勢とやり合うつもりでいるのか。こんな大砲一基で……。
「へっ、この魔導大砲の威力を知らねえな? コイツは超強力な魔法炸裂弾を発射する事が可能なんだ。アンデッドだろうがドラゴンだろうが、一発で木っ端微塵さ!」
「敵は一万もいるんだろ? 弾が何発も必要なんじゃないのか?」
「五発も用意したぜ。十分だろ」
ラグは自信満々だが、どうにも不安だ。
というのも、そんな強力な武器があるんなら、他にも大砲を用意しているヤツがいそうなものだが、俺達以外には誰も来ていない。
大砲なんかじゃ太刀打ちできないのが分かってるからなんじゃないのか? 考えすぎだろうか。
「この大砲はどっかのいかれた魔法使いが作った禁断の兵器らしいからな。コイツを使ったのがバレただけで役人に捕まるらしいぜ。だから、この大砲については見なかった事にしてくれ」
「お、おいおい、そんな非合法な武器なのかよ。大丈夫なのか?」
「用が済んだら売り飛ばすさ。これでも裏社会には顔が利くんだぜ?」
自慢できる事じゃないと思うが。ヤクザと知り合いだって自慢するアホみたいな危うさがあるな。
ともかくラグはやる気らしい。帰れと言っても無駄だろうな。
それじゃ、付き合ってもらうか。一人きりでやるよりはマシだろうし。
「そう言えば、この腕輪、なんの役にも立ってないな……壊れてるのか?」
左手首にはめた『進化の腕輪』をさすって呟くと、メルが答えた。
「分からんな。しかし、なんらかの効果はあるはず。幸運のお守りぐらいに考えておけ」
お守りね。まあ、ないよりマシか。
できれば『ゴートくん』を渡す相手を確保しておきたかったが……ラグに渡すわけにはいかないし、仕方ないか。
「おっ、来たみたいだぜ」
「!」
ラグが呟き、俺は平原の向こうに目を向けた。
黒い霧みたいなのが広がり、少しずつこっちへ近付いて来る。
近付くにつれて、相手の姿がはっきり見えてきた。
白骨化した馬にまたがった、鎧を着込み、槍や剣で武装した骸骨騎士達。平原全体に大きく広がり、町を目指してぐんぐん迫って来ている。
正確な数は分からないが……もしかして一万を超えてないか、あれ。
「くっ、すげえ数に増えてるな! いくつもの町を滅ぼしたってだけはあるってか!」
ラグが冷や汗をかき、慌てて大砲を操作する。
ハンドルを回すと巨大な砲身が持ち上がり、発射可能状態になった。
砲身の上部にある照準器で狙いを付け、ラグは発射用の紐を手に巻いた。
「くらえ、死霊ども! ぶっ飛べやあ!」
ラグが紐を引くと、大砲がすさまじい音を轟かせ、砲弾を発射した。
打ち出された魔法炸裂弾とやらがヒュルル……と音を立てて天高く飛び、平原を進行中のアンデッド軍団へと到達する。
直後、カッ、と閃光が弾け、ドゴーン! という爆裂音が鳴り響く。
騎乗した骸骨騎士達が数十騎ほどまとめて吹き飛び、粉々のバラバラになるのが確認できた。
「やった! どうだ、見たか、ハチオ! これが所持してるだけで捕まっちまう、ご禁制の魔法炸裂弾の威力だぜ! ひゃははは!」
「確かに予想以上の威力だが……喜ぶのは早くないか?」
「えっ?」
魔法炸裂弾は見事に命中し、おそらくは五、六〇騎の死霊騎士を吹き飛ばした。
だが、連中は構わず進軍中で、その数はまるで減っていない。
ラグは焦り、すぐさま新たな砲弾を装填し、発射態勢を取った。
「一発目は練習、本番は次からだぜ! 今度はもっとまとめて吹き飛ばしてやる! おりゃあ!」
再び大砲が火を噴き、砲弾がアンデッド軍団のど真ん中に落下、大爆発を起こす。
今度はさっきよりも多くの騎馬を巻き込んだな。一〇〇騎以上は仕留めたんじゃないか?
だが……死霊騎士団の進軍は止まらない。何事もなかったようにズンズン迫ってくる。
これが数の暴力ってやつか。たとえラグの大砲が一発で一〇〇〇騎を倒せたとしても、五発しかないんじゃ五〇〇〇騎しか倒せない。一万以上の大軍団を全滅させるのは無理だ。
「くそ、こんなはずじゃ! 一発で壊滅状態にして、二、三発で全滅させられると思ったのに! これじゃ報酬がもらえねえよ! 赤字だあ!」
頭をかきむしり、絶叫を上げるラグ。いや、赤字より命の心配をした方がよくないか?
大砲の威力は分かった。連中を倒せない事も。
さて、それじゃあ、次は俺の番だな。
無敵で最強だという能力がどこまで通じるのか、試してやるか。
「俺がやってみる。ラグは危なくなったら逃げろ」
「ハチオ? お前、まさか……一人でやる気かよ」
「まあな。やれるだけやってみるつもりで……」
「報酬を独り占めする気かよ! なあ、一割でいいから分けてくれ! 借金を返せないと今度こそ人買いに売られちまう!」
「……」
もっと他に心配する事があると思うんだが……まあなんだ、好きにしてくれ。
そうこうしているうちに死霊騎士団はどんどん迫って来ている。広々とした草原を埋め尽くし、黒い霧をまとったアンデッド騎馬軍団が大地を揺るがして猛然と進軍してくる。
連中の攻撃目標が俺だとすると、ここで相手をしてやれば町までは行かないのかもしれない。
だが、俺に止められるか? さすがにこいつは洒落にならない数だぞ……。
「ああくそ、来るなら来やがれ! やってやるぜ!」
半ば自棄になり、丘を駆け下りて死霊騎士団へと向かっていく。
やってやる、やってやるさ! たかがアンデッドの集団ごとき、俺の能力で一掃してやる……!
「これでもくらえ! てやあ!」
右手を振りかぶり、前方の空間へ叩き付けるようにして腕を振るい、『闇の風』を発動させる。
漆黒の烈風が吹き荒れ、死霊騎士の群れを襲い、ザクザクと切り裂き、吹き飛ばす。
今ので百体近く仕留めたぞ。この調子でどんどん行こう。
「はあっ! せやあ!」
左右の腕を交互に振るい、なるべく広範囲に拡散するように風を起こし、不気味な騎馬の大群を片っ端から薙ぎ払う。
……これならいけるか? 放った風はすぐには消えず、渦を巻いて吹き荒れている。風で壁を作り、敵の侵攻を阻めばどうにか……。
そこで敵の後方から何かが飛んでくるのに気付き、ギョッとする。
あれは……槍か! 槍を投げて来やがった! それも百、いや千近い数の槍が、空高く舞い上がり、雨のように降ってくる。
「くっ、こんな物……!」
腕を振るい、新たな『闇の風』を上空に向けて放ち、槍の雨を迎え撃つ。
槍の軌道が逸れ、俺には当たらなかったが、周囲の地面にドスドスと突き刺さり、針のむしろみたいな状態になった。
さらに槍の雨が飛来し、そして新たな死霊騎士達が目の前まで迫ってくる。
「く、くそ! このっ!」
全力で腕を振るい、上空と前方に闇の風を放ち、槍を弾き飛ばし、騎馬を吹き飛ばす。
だが、連中の攻撃は止まらない。単純に数が多すぎるのだ。俺が百を超える槍や騎馬を吹き飛ばしても、すぐさま次が迫ってくる。
討ち漏らした騎馬が迫り、槍を突き立ててくる。頬をかすめる切っ先に冷や汗をかきつつ応戦し、漆黒の烈風で粉々に分解してやる。
「ああくそ、いい加減にしろ! 俺一人相手に多すぎるだろ! ふざけんな馬鹿!」
亡者どもは不気味な雄叫びを上げ、仲間がバラバラにされようがお構いなしで次々と襲ってくる。
こいつらには意思や感情はないのか。ただひたすらに狙った獲物を襲うだけらしい。
能力的には俺の方が上だ。それは間違いないんだが、倒すのが追い付かない。
俺が起こした風の攻撃を避け、数体の騎馬が迫り、槍を突き立ててくる。それらの相手に手間取っていると、上空から無数の槍が降ってくる。
これが、地獄ってヤツか? 次々と群がってくる骸骨騎士どもをひたすら打ち倒し続けるという、終わりが見えない命懸けのルーチンワーク。
俺の周囲は無数の槍が地面に刺さっていて、足の踏み場もない。バラバラにした骸骨騎士の残骸が転がり、ひどい有様だ。
……ヤバいぞ、これは。数が多すぎて捌ききれない。
敵の攻撃に対応するのに精一杯で、何も考えられなくなってくる。非常にまずい状況だ。
だんだん、攻撃を受ける回数が増えていっている。ダメージ0ではあるが、普通に痛いし、集中力が削られてしまう。
そんな中、さらに絶望的な事実を目にしてしまう。
「おいおい、嘘だろ……!」
粉々にして倒した死霊騎士が、次々と再生している。
そんな馬鹿な。俺の攻撃はアンデッドにも有効なはずなのに……例のドラゴンゾンビと、不死の王と同等の再生能力があるのか?
いかん、気が遠くなってきた……ダメージ0でも、そろそろ精神力が限界に……。
目の前に新たな死霊騎士が迫り、槍を振りかぶり、突き刺してくる。
応戦が間に合わず、俺は槍の矛先をつかんで受け止め、ギリッと歯噛みした。
「くそ、この骸骨どもが……一人相手にどんだけ大勢で襲ってくるんだよ……!」
さらに数体の死霊騎士が群がってきて、上空からは新たな槍の雨が降ってくる。
これはもう、無理か。ダメージを受けるのも時間の問題だな。
ああくそ、もうちょいどうにかなると思ったのに……せめて、援護役でもいてくれれば……。
俺があきらめかけた、その時。
バチバチと放電する電流の塊みたいなのが飛んできて、死霊騎士どもに命中、大爆発を起こした。
今のは、雷撃魔法か? ――まさか。
後方に目を向けると、そこには。
とんがり帽子にローブ、杖を携えた、金髪碧眼の小柄な少女が笑顔を浮かべてたたずんでいたのだった。




