24.迫り来る危機
「なんだ? 騒がしいな」
朝食を済ませた俺達が宿屋から出てみると、何やら騒ぎが起こっていた。
ここはギルドに面した裏通りで、いつもは通行人の姿は少ないのだが、今日に限って大勢の人間が行き交っている。
しかもみんな慌てていて、何かから逃げているような……こりゃただ事じゃなさそうだ。
戦士風の男が通りかかったので、何があったのか尋ねてみると……。
「なんだよ、知らないのか? 死霊騎士団が出たんだよ! 南の方からこの町に迫ってきてるって話だ!」
「死霊騎士団?」
そう言えば、ギルドの依頼にあったな、『死霊騎士団討伐』というのが。
あちこちの町を襲っているって聞いたが、とうとうこの町にもやって来たのか。
しかしまあ、次から次へとよく事件が起こるもんだな。ゾンビ退治に行ったら死神魔人が出てくるし、ドラゴンゾンビを倒しに行ったら山みたいな巨大アンデッドモンスターの相手をするはめになるし……。
……あれ? まさかこれって……何か関連があるのか?
「気付いたか? まあ、そういう事だな」
俺の顔を見て、メルがニヤリと笑う。
コイツ、何か知ってるのか? たまに思わせぶりな事を言うよな。
「何がそういう事なんだよ。分かるように言ってくれ」
「貴様も察したのだろう? これまでの事件と今回の件は無関係ではない。死霊騎士団とやらがこの町を襲いに来るのは、貴様が『不死の王』を倒したからだろうな」
「なっ……!」
マジか。同じアンデッドだし、何か関わりがあるんじゃないかとは思ったが……。
という事はつまり、死霊騎士団がこの町を襲うのは、ここに俺がいるからなのか?
俺のせいで町がアンデッドの集団に襲われるのか……なんてこったい。
「まあまあ、死霊騎士団が来るんですって? 大変ですよ!」
「そうね。これまでにいくつもの町を滅ぼしているっていうし……確か、一〇〇〇万Gの懸賞金が掛けられていたような……」
「い、いっせんまん……!」
クロムから懸賞金の額を聞き、サリアの顔色が変わる。
指を折って勘定し出したぞ……おいおい大丈夫なのか? 早まった真似をするんじゃ……。
「それだけあればギルド再建に大きく近付きます……こうなったら私一人で死霊騎士団を仕留めて、報酬を独り占めに……!」
「正気に戻って! 相手は町を滅ぼす規模の、アンデッドの大集団なのよ。一人でどうにかできるわけがないでしょう」
「で、ですが、一〇〇〇万ですよ? こんな高額の報酬が得られるチャンスなんて滅多にないじゃないですか!」
「それはそうだけど……さすがに無茶だと思うわ」
高報酬に目がくらんだらしいサリアをクロムがなだめている。
この二人は揉めてばかりかと思ったが、それなりに仲はいいのか。ちょっと安心した。
あれ、そう言えばノイズィがいないぞ? どこへ行ったんだ?
そこへノイズィが駆け寄ってきた。大きな包みを背負っている。
「ノイズィ、どうしたんだ? その荷物は?」
「どうしたじゃないよ! 死霊騎士団が攻めてくるんじゃ、もうこの町はお終いだよ! 早く逃げないと!」
町を捨てて逃げるのか。さすがというか、すばやい判断だな。
しかし、いつも前向きで強気のノイズィが迷わず避難を考えるって事は、死霊騎士団っていうのは相当ヤバい相手なんだろうな。
逃げるのが利口なのかもしれないが……俺のせいで町が襲われるのだとすると、そういうわけにもいかないか。
それに、連中の標的が俺なら、逃げても追ってくるんじゃないか。
「ほら、ハチオも早く! 荷物をまとめて町から逃げよう!」
「いや、俺は……ちょっとやる事が残ってるんだ」
「やる事?」
不思議そうに首をかしげたノイズィに、俺は告げた。
「先に行っててくれ。あとで合流しよう」
「時間掛かるのか? 終わるまで待っててあげようか?」
「いや、いい。ノイズィは早く逃げろ。サリアとクロムも逃げた方がいいぞ」
サリア達は顔を見合わせ、うなずいた。
「そうね。サリア、早く避難しましょう」
「ううっ、一〇〇〇万Gが……なんとかならないのでしょうか……」
「無理よ。あきらめなさい」
あきらめきれない様子のサリアをクロムが押しやり、去っていく。
ノイズィは俺をジッと見つめ、やがてうなずいた。
「じゃあ、先に行くぞ! ハチオも用事を片付けたらすぐに逃げるんだよ!」
「ああ。ありがとう」
笑顔で手を振り、ノイズィは去っていった。
皆を見送っていると、俺の傍らに浮遊したメルが呟いた。
「いいのか? あやつらに協力してもらった方がよかったのではないか?」
「そうもいかないだろ。今度ばかりはかなり危険な相手みたいだし、みんなを危ない目にあわせるわけにはいかない。狙われてるのが俺なら、一緒にいない方がいいしな」
するとメルは、呆れたと言わんばかりに、ハアア、と大きなため息をついた。
「この馬鹿が、格好付けおって。ダメージ1で死ぬくせに一人で大群に挑むとは正気か? もはや自殺願望があるとしか思えんぞ馬鹿が」
「馬鹿馬鹿言うなよ! 俺だって死ぬつもりはないさ」
そこで俺は『ゴートくん』を取り出した。
額に赤い宝石が埋め込まれた、ダメージ受け側のそれをメルに突き付ける。
「な、なんだ? まさか貴様、その恐ろしい人形を私に……?」
「フッ、名案だろ? メルはHPが300に増えたっていうし、ダメージを肩代わりするのにこれほど適した人材はいないんじゃないか? メルも人の役に立ててうれしいだろ?」
「そうだな、私ごときが役に立てるなんて幸せ……などと言うはずがあるかアホが!」
「ええっ!?」
「なぜこの私が、貴様のようなクソ人類のために命を削られねばならんのだ! そんな人形はそこらにいる家畜か野良モンスターにでも括り付けとけ!」
ひどい言いぐさだな。しかし、モンスターに括り付けるってのは名案かも。
問題は手元に手頃なモンスターがいない事だが……そこらにいる生命力だけは無駄に高そうな戦士崩れにでも預けてみるか? でも人形を捨てられるかもしれないし、赤の他人に渡すのはちょっとな。
「まあ、これを誰に預けるのかは後で考えるとして……とりあえず、メルが持っててくれよ」
「うむ、よかろう。……って、そんな手に引っ掛かるか馬鹿者! 自分で持て!」
「チッ」
鳥と同程度の大きさの脳みそしかなさそうなのに意外と賢いな。さすがはレベル『スーパー食いしん坊』だ。
町のみんなは逃げ出してしまったのか、あたりに人の姿はなく、静まり返っていた。
まるでゴーストタウンだな。しかし、死霊騎士団を迎え撃とうって考えのヤツは一人もいないのか?
「ん?」
そこでどこからかガラガラという音がして、見ると、妙な物が脇道から出てきていた。
車輪の付いた荷台の上に、鉛色の大きな筒が載せられている。
あれは……大砲か? あんな物があるとは意外だな。どこかの軍隊でも出張ってきたのか?
「うんせ、うんせ。ああくそ、重てえなあ……」
「!?」
大砲を載せた荷台を押している人物の姿を目にして、驚いてしまう。
黒髪に褐色の肌をしたそいつは、ダークエルフのラグだった。
「あれ、ハチオじゃないか。久しぶりだな」
「ラ、ラグ。その大砲はなんだ? お前、まさか……」
するとラグはニヤリと笑い、豊かな胸を張って、得意そうに答えた。
「決まってるだろ! コイツで死霊騎士団を仕留めてやるのさ! 何しろ一〇〇〇万Gだもんな!」
「やっぱり……な、なあ、無茶はやめた方が……」
「馬鹿野郎、こんなおいしい獲物を逃す手があるかよ! どこかのパーティがドラゴンゾンビを仕留めちまったらしいが、今度の獲物はあたしがいただく! そのために借金してこの魔導大砲を買ったんだからな!」
ごめん、そのどこかのパーティって俺達だよ。そしてラグはまた借金したのか。ほんと、いい加減にしないと破滅するぞ。
「ハチオも死霊騎士団を狙ってやがるのか? さすが、抜け目ないな」
「い、いや、俺は……」
今回は報酬目的じゃないんだけどな。まあ、もらえるのならもらうつもりだけど。
「じゃあ、手を組もうぜ。報酬は山分けだ!」
「……」
笑顔のラグに、俺はどうしたものかと悩んだのだった。




