19.死の山へ
準備を整えた俺達は、町を出て北ヘと向かった。
目的の場所は歩いて二時間ちょっとの所にあった。
岩肌が剥き出しの、巨大な岩山がそびえ立っている。
ターゲットであるドラゴンゾンビはこの岩山の頂上付近にいるらしい。
あたりは異様な静けさに包まれていて、鳥や虫の鳴き声などはなく、風のそよぐ音すら聞こえてこなかった。
なんだここは……まるで、死の山だな。
少し前に、似たような雰囲気の場所に行った覚えがあるが……嫌な予感がするな。
「またゾンビが相手か! 墓場で死神みたいなのに遭遇したのを思い出すな!」
俺と同じ感想を抱いたのか、ノイズィが声を上げる。
今度の相手はドラゴンゾンビなわけだが、あの死神魔人とは無関係なのだろうか。
あいつの部下か何かだとすると、面倒な事になるかもしれないな。
緩やかな山道に入り、頂上を目指して登っていく。
上へ行くにつれて嫌な気配が強まっていくような感じがするが、これは気のせいじゃないよな。
「な、なんという邪悪な気配でしょう……ここはまるで、冥府の一部がこの世に現れたような場所ですね……」
神官見習いだけに邪悪なものには敏感なのか、サリアが呟く。
山道の途中には、白骨化したトカゲか何かの死骸が転がっていて、進むにつれてだんだんその数が増えてきていた。
体長二、三メートルってとこか。小型の竜なのかな。
さしずめ、ここはドラゴンの墓場ってところか。
「ううっ、なんなのここは……沢山の同胞があの世からおいでおいでと誘っているような気が……」
ドラゴンと人間の中間みたいな種族だという竜人のクロムは青い顔をしていた。
というか、『ドラゴンゾンビ』という名前が出た時点で、クロムは大丈夫なのかと心配になったんだが、ここに来るまで特に何も言わないから平気なのかと思ってたのに。
「あっ、あの骨は……幼なじみのドリアじゃないの! 変わり果てた姿になって……」
死骸の一つに駆け寄り、クロムが叫ぶ。
俺達が驚いていると、クロムはクルリと振り返り、フフッと笑った。
「……なんちゃって。びっくりした?」
「そういう冗談はよせよ! リアクションに困る……」
そこまで言い掛けて、俺はギョッとした。
クロムの背後にある死骸が、ムクリと起き上がったのだ。
「クロム! 後ろ、後ろ!」
「えっ、後ろ?」
回れ右をしたクロムは、立ち上がったそれを見て、叫んだ。
「うわあ! ドリアが生き返ったあ! って、そんなわけないでしょう!」
ノリツッコミかよ! やってる場合か!
慌てて飛び退き、クロムは俺達のそばまで後退した。
ドリル剣を構えながら動き出した死骸をにらみ、呟く。
「ハチオ。実はあれ、幼なじみのドリアじゃないの」
「いや、分かってるよ!」
「ドリアは生きてるはずだし、もっと優雅な骨格をしているはず。あれはたぶん、あまり若くない雄の竜……知らないおじさんの骨だわ」
「そうなのか? って、どうでもいいわ!」
動き出したのは一体だけではなかった。
そこらに転がっていた白骨死体が次々と起き上がり、俺達を取り囲む。
もしかして、山道の途中に転がっていた死骸は全部、ゾンビだったのか?
ターゲットの『ドラゴンゾンビ』は一体だけのはずなんだが……こいつらは取り巻きみたいなものか?
「プラズマボール×6!」
呪文を唱え、雷撃魔法を放ったのはノイズィだった。
杖を振りかざし、雷撃の塊を六連射する。雷撃球の直撃を受け、ゾンビ達は粉々に吹き飛んだ。
「では、私も。ホーリー・ウェーブ!」
サリアが呪文を唱え、杖を地面に向けて振り下ろす。
すると聖なる光の波が生じ、ゾンビ達を飲み込んでいく。波に飲まれたゾンビ達はボロボロに崩れて土に帰っていった。
「同じ竜族のよしみという事で、安らかに眠らせてあげる……ドラゴントルネード!」
クロムはドリル剣をギュルギュルと回転させながら振り回し、群がるゾンビ達を次々とバラバラに粉砕した。
おお、なんだ、みんな余裕だな。これは思っていた以上に優秀なメンバーがそろったのかも。
それじゃ、俺も……パーティのメンバーとして、働くとしよう。
「……はあっ!」
ゾンビが集まっているあたりに狙いを付け、右手を振りかざし、『闇の風』を放つ。
漆黒の突風が吹き荒れ、元は竜だったと思われるゾンビどもを十数体ほどまとめて切り刻み、塵に変えて消し飛ばす。
相変わらず強力な能力だ。コイツさえあれば、どんなヤツにも勝てるのかも……。
「それはどうかな。あまり調子に乗っていると痛い目にあうぞ」
「……」
コウモリみたいな羽をパタパタさせて浮遊し、腕組みをしたメルが偉そうに言う。
コイツも一応、パーティのメンバーになるのかな。戦力としては限りなくゼロに近いというか、むしろマイナスのような気さえするが……。
「ふっ、私は癒し役だからな。それ、この愛らしくも美しい姿を眺めて癒されるがいい……!」
癒し役と来たか。レベル『食いしん坊』のくせに生意気な。
ゾンビ達を一掃し、先へ進む。
その後も何度かゾンビが襲ってきたが、特に苦戦する事もなく返り討ちにしてやった。
このメンバーなら、多少敵の数が多くても対処できるので、ダメージを負う危険が少ないのはありがたい。攻撃役に専念する事ができるから気分的にも楽だ。
実に順調でいい感じなんだが……岩山全体に漂う不気味な空気は緩むどころか濃くなる一方で、息が詰まりそうだった。
やがて俺達は岩山の頂上にたどり着いた。
平らな開けた場所の中心に、まるで台座のような小型の岩山みたいなのがあり、その上に白骨化した竜が乗っていた。
あれがドラゴンゾンビか? なんだ、想像していたよりも小さいな。
これまでに現れたゾンビよりは大きいが、それでもせいぜい体長四メートル前後ってとこだ。
白骨化した竜に動く気配はない。他のゾンビと同じく、死骸のフリをしているのか。
こっちから仕掛けようかと迷っていると、あたりに不気味な声が響いた。
『クククク……間抜けどもがまたやって来たか……人間とは愚かよのう……』
「!?」
なんだ? 誰がしゃべっている?
周囲を見回してみたが、それらしい者の姿はない。俺達以外には、白骨化したドラゴンしかいないようだが……。
「なあなあ、あの骨がしゃべってるぞ! 骨のくせに!」
ノイズィが白骨死体を指差して叫ぶ。
やはり、そうか。ちっとも動かないから、誰か別の奴がしゃべってるのかと思ったぜ。
「お前が、ドラゴンゾンビなのか?」
『……』
俺が問い掛けたところ、竜は無反応だった。
なんだコイツ、なぜ答えない? 人間と会話を交わすつもりはないって事なのか。
「おい、なんとか言えよ」
『……男は話し掛けるな。我は若い女としか会話せぬのだ。男は死ね! この世から消えろ!』
「なっ……!」
人間と、ではなく、男と会話を交わすつもりはないらしい。
……ただのスケベ野郎じゃねえか! ドラゴン、しかも骨だけのくせして、女好きって……最低のモンスターだな。
「じゃあ、私が話し相手になってやろう! この中で一番若い女だぞ!」
ノイズィが叫ぶと、骨の竜はポツリと呟いた。
『いや、ロリはちょっとな……守備範囲外、幼すぎる』
「なにおう!?」
対象外だと言われ、ノイズィは顔を真っ赤にして怒っていた。
すると今度は、サリアが声を上げた。
「では、私が! あのう、ドラゴンゾンビさん? よろしければ我が宗派に入信なさいませんか? 女性の信者が大勢いますよ!」
『宗教の勧誘か? 悪いが、その手には引っ掛からんぞ……我は生前、四つの宗派に入信させられたからな……!』
既に引っ掛かりまくってるじゃねえか!
モンスターを勧誘するサリアも大概だが、あっちもかなり駄目なヤツだな。
断られた途端、サリアは興味をなくしたように口を閉ざしてしまった。
クロムがため息をつき、前に出る。
「仕方ない。私が話を……」
『おおっ、スットラィィィクッッッ! 汝こそ、我が求めていた相手である! さあさあ、じっくりねっとり語り合おうではないか! グヘヘヘヘ!』
欲望を剥き出しにしすぎだろ! 少しは隠せよ、見苦しい。
さすがに気持ち悪いのか、クロムは露骨に嫌そうな顔をしていた。
それでもここは自分が話すしかないと思ったのか、色んな意味で不気味なドラゴンゾンビにおずおずと声を掛けた。
「その……あなたがドラゴンゾンビで間違いはないのね?」
『……つまらん質問だな』
「えっ?」
『もっと……もっとエロい事を訊いてくれ! 特に意味もなく喘いでくれても構わんぞ! ついでに脱いでくれるとうれしい!』
「……」
あっ、クロムのこめかみにビキッと青筋が……セクハラ発言を連発されて頭に来てるみたいだな。
しかし、このままじゃ話が進まない。そこで俺はクロムに近付き、小声で囁いた。
「ここは我慢だ。あいつのおかしな発言は無視して訊きたい事だけ訊いちゃえよ」
「……分かった」
コクンとうなずき、クロムはゾンビに告げた。
「あ、あなたが、ドラゴンゾンビで間違いないのね? ハアハア……」
なぜか頬を上気させ、クネクネしながら熱い息を吐いて呟くクロム。
おい待て。なんで向こうの要求に従ってるんだ。意味が分からん。
「だってハチオが……我慢しろって言うから仕方なく……」
「あいつの発言は無視しろとも言っただろ! 俺がやらせてるみたいな言い方はよせ!」
なんなんだ、コイツは。どういう脳内構造してやがるのかサッパリだ。
モンスターの方はというと、随分とうれしそうだった。
『おおっ、悪くないぞ! いかにも我がドラゴンゾンビである! 花嫁愛人ハーレム要員募集中! 君もどうだね?』
「悪いけど……ハアハア……骨だけの人はちょっと……ハアハア」
ハアハア言うなよ。台詞だけ聞いたらエロゲみたいだろ。やった事ないけど。




