第五章 天の塔へと(後編)
「あなたでは私に届くことなんてできませんよ。」
ディーヴァのまわりをクリフが覆っている。機械巨人はそれを破壊しようとさらに押し込むが、彼女の壁はなかなか崩れない。
「夢中ですね。だから届かないんですよ。」
その言葉の直後、彼女を守るクリフが無くなり、巨人の腕が地に突き刺さる。
「…っ!?」
エリックはすぐにディーヴァの消息を確認しようとするが、やはり体が動かない。
「ディーヴァ…!」
「甘い…甘いですよ。」
すると、どこからともなく声が響き渡る。直後、機械巨人の顔に一撃が走る。
「えっ…」
「隙が多すぎですよ。今のあなたでは私なんか、止められません。」
ディーヴァが着地する。彼女の姿はいつものワンピース姿ではなく、チューブトップにショートパンツだった。髪の毛も下ろしておらず、一本に縛っている。
「さぁ…覚悟してください。」
彼女は杖の両端を持ち、引き離すように引っ張った。すると、杖の両端から短刀が出てきた。真ん中の部分がカラカラ…と落ちる。巨人は態勢を立て直し、立ち上がる。巨人は右手に白い塊を集め、白いモヤがかった剣を生成する。二人は睨み合うようにして立つ。エリックは双方の姿を見て震え上がっていた。
(まさか…ディーヴァの本性がこんなだったとは…)
ディーヴァとは幼馴染ではあったが、正直よく知らない部分もあった。ましてやここまで怒りを表に出したのも初めてなくらいなのだ。彼女が日々戦闘に向けた鍛錬をしていることは知っていたが、ここまで本格的な武術の事まで学んでいることは彼は知らなかった。いつか人を守りたいー いつの日か言っていたような彼女の言葉が頭の中で響く。
「ー行きます。」
ディーヴァの呟きを聞き、現実に返ってくるエリック。顔を上げるとディーヴァが地を蹴り、巨人に突撃していた。巨人も剣を振り上げ、叩きつける。彼女はすんでのところでそれを避け、横へと回り込む。そして飛び上がり、顔に蹴りを食らわせる。巨人の顔がぐらつくが、その勢いを使い、頭突きをかます。それを喰らいそのまま落ちてしまうディーヴァ。
「ぐっ…」
無防備だったが為、背中から、叩きつけられてしまう。
「んぅぅ、あぁぁ!!」
ディーヴァは勢いよく起き上がり、その勢いでアッパーカットを喰らわす。巨人は勢いに負け、後ろへと倒れこんでしまう。砂煙が一気に舞い上がる。
「ゲホッ、ゴホッ」
煙は部屋の中に漂い、エリックの周りをも囲んだ。ディーヴァはその中でもしっかりと巨人の姿を見つけていた。
(そこだっ…!)
ディーヴァは駆け出し、まっすぐに進んでいく。すると、目の前に剛腕が迫ってきた。彼女はふっと飛び上がり、その上に乗りそのまままっすぐに駆けていく。煙が晴れ、周りが見える。そこは巨人の肩で、左には…巨人の右手。
「なっ…!」
巨人は青い目を一層光らせ、右手で彼女を掴む。彼女は必死でその腕を振りほどこうとするが、流石は機械と言うべきか、解くに解けない。手の中で必死にもがき、苦しむディーヴァ。握る力は徐々に強くなっていく。
「ぐっ…がっ…ああぁ…」
声が少しずつ細くなっていく。エリックはそんな彼女の姿を見て、動けない自分を情けなく思っていた。
(動け…動け…)
エリックが必死に念じても、思いは届かない。目の前でディーヴァが苦しめられていくだけだ。
「諦めるな!」
その声がしたかと思うと、いきなり巨人の右腕が吹き飛んだ。ディーヴァは解放され、着地する。壁には見たことのある大斧が刺さっている。
「ふっ…どおりで俺の目の前からあいつらが消えたわけだ。」
声の主の方を見ると、そこにはガールムが立っていた。
「ガールム!!」
「ふっ、あやつとは決着がつけられなかったが、生きて帰ってこれた。それだけですまない。」
「いや、むしろ良かったよ…」
エリックが安心していると、
「今だ…」
ディーヴァが、よろめいている巨人に駆けていき、蹴りを一発。その後飛び上がり、短刀を殴るように振り下ろす。着地し、回し蹴りを二発。そして、巨人の体に引っ掛けるように両手の短刀を刺していき、上へと上がっていく。
「…トドメ…。」
肩のところで思い切り振り切り、巨人の頭の上で右足を振り上げる。そして、その右足に電撃を集中させる。
「ボルト・スラッシュキック!」
勢いよく頭から右足を振り下ろし、そのまま下降していく。巨人の中心を電撃が走っていく。全身に電気が巡り、その影響で身体から白い塊が飛び出ていく。
「やったか!?」
白い塊は勢いよく漏れ、二階の階段へと向かっていく。徐々に徐々に漏れる量が減っていき、機械巨人の青白い目がついに消えた頃にはもう漏れていなかった。機械巨人はそのまま後ろに倒れ込み、動かなくなった。
「…」
「ディ…ディーヴァ…」
エリックの声を聞いているのかいないのか、ディーヴァはゆっくりと巨人へと歩いていく。
「ディーヴァ、どうした?」
ガールムの問いかけも届いていない。ただただ歩いている。巨人の前まで来ると上に乗り胸の部分を思い切り叩く。すると、胸が開き中から人が出てくる。
「!?」
エリックは驚いた。まさか、これは誰かが操作しているとは考えていなかった。メマの技術ならば、無人も可能だったろう。
「魔力の原因はここか…」
ガールムも驚いた表情を見せていた。この人の能力で白い塊を操作していたのだろう。しかし、その類の能力だとすると考えられることが。
「まさか、マウィの…?」
エリックはそこから見える範囲での情報収集をした。顔は変な仮面に覆われていて見えないが、そこから漏れている耳の形は…尖っている。間違いなくマウィの者だ。
「待て!ディーヴァ!」
「こいつが…姉さんを…」
ゆっくりと右手を上げるディーヴァ。その右手にはまだ短刀がある。
「おい!ディーヴァ!おい!」
「くそっ!!」
ガールムは駆け出す。エリックは魔力不足で動けない。
「あああああ!!!」
「ダメだあぁぁぁぁ!!!!」
エリックの叫びと共にディーヴァの右手の短刀が吹っ飛ぶ。
「え…」
ディーヴァは目を丸くしていた。ガールムも理解できなかった。ただ一人、エリックだけは違った。
ー彼の左目が光っている。ー
「ダメだ…ダメだろ…ディーヴァ…」
彼の目から、台形に剣を突き刺したような紋章が浮き上がっている。彼はゆっくりと立ち上がり、ディーヴァの元へ歩いていく。
「何…近づかないでよ…!」
「お前は…自分で身につけた力をそんなことに使うのか…?」
ゆっくりと距離を縮めるエリック。ディーヴァはその場で震えてしまい、足を動かせなくなっていた。ついに、エリックはディーヴァを目の前にした。
「お前は!」
そう叫びながら、左手で彼女の右腕を掴み上げた。
「その手を復讐に汚すのか!?」
彼女はハッとしたような顔をした。
「俺ら、ヴォルケーノの目的は何だ?マウィの人を守るために戦っているんだろう?今お前がしようとしたことはなんだ?復讐のためにその力を振るってる。それは正しいことなのか?ラーのしている事と一緒なんじゃないか!?」
ディーヴァの目が潤んでいる。自分の犯した過ちに気づいたように。
「う…あ…う…」
「お前は…」
目の光がゆっくりと消えていき、右手で彼女の手を握り、
「こんなところで堕ちちゃいけないんだよ。」
完全に光は消え、心配そうな表情でディーヴァを見つめていた。
「ごめんなさい…」
ディーヴァは涙を流しながら、崩れ落ちた。
「ごめんなさいごめんなさい本当にごめんなさい…!」
「大丈夫。それに気づけただけ、ディーヴァは立派だよ。」
崩れ落ちたディーヴァを覆うようにして抱きしめるエリック。ディーヴァはその中で後悔の涙を流していた。
(ふっ…最後はあいつらしいな…しかし、あの力…)
ガールムはその二人の姿を見ながらもエリックの力に疑問を感じていた。
(あの力を使えるということは…)
彼は魔力回復がまだ不完全な時に動き出した。普通のマウィの民であれば有り得ない。そしてさらに不思議なことは光り出した目だ。全てをひっくるめ謎が多い。ガールムが考え込んでいる間にディーヴァは泣き止み、エリックも動けるほどの魔力にはなっていた。
「さぁ、屋上へ向かおう。オシリスが待っているはずだ。」
「あ…でも、彼はどうしましょう…」
「うぅむ…そうだな…そのまま、元どおりにしてあげればいいんじゃないかな?多分、彼はこの機械巨人と長い間過ごしてきたんだと思う。だからきっとここが居心地いいんじゃないかな?」
「かも…しれないですね。なら、彼はこのまま…」
そう言いながら、ゆっくりとコクピットの戸を閉めるディーヴァ。彼は機械巨人の中へと吸い込まれた。
「さぁ、ディーヴァ、ガールム。行こう、オシリスの元へ。」
「はい。」
「あぁ。」
3人は最後の階段へと足をかけた。
屋上へと抜けると、そこには板に磔にされたオシリスが見えた。その周りをメマ兵が囲んでいる。
「!待て!」
エリックが飛び出して行く。
「来たな!マウィの反乱軍め!」
向こうもこちらに気づき、攻撃を開始しようとするが…
「待て!」
ガールムがそれを制した。
「メマの者たちよ。尋ねたいことがある。」 ガールムは前に出ていき、彼らに問いかける。
「お前らの隊長、ブラウン・カーリーを出してくれ。」
メマの兵たちがざわめく。敵であるマウィの者たちからその名前が出てくるとは考えていなかったからだ。
「なんだい?私に何の用だ?」
軍団の後ろから現れた重装備の人。気の強い女の人の声がそこから聞こえてくる。
「あなたが、ブラウン・カーリー…」
「あぁ、そうさ。こんなむさ苦しい軍団を取り仕切ってる隊長さ。そういうあんた達は、マウィの反乱軍、ヴォルケーノの親玉だろ?」
彼女は、3人に襲いかかることもなく、悠々と構えている。
「そんなあんた達が私を呼んだ、ってことは何か交渉でもあるのかい?私は話がわかる方なんでね。無理のない話なら、乗ってやってもいいけど?」
鎧で顔は隠れているが、声だけでもなかなかの圧力を感じた。
「ふっ…敵ながら素晴らしいお方だ。」
ガールムは武者震いしながらもゆっくりと負けないような凄みのある声で話した。
「我々の目的はただ一つ。そこにいるオシリスの解放。ただそれだけだ。」
ガシャン。
すると、カーリーは手に持っていた銃をガールムの額に突きつけた。周りの空気が一瞬にして凍る。
「あんた、聞いてなかったのかい?私は無理のない話なら乗ってやるって言ったんだ。クソガキのくせに調子乗ってんじゃないよ。」
しかし、ガールムはニヤリと笑っていた。
「ふっ…まあ落ち着け。俺だってタダでこの話を持って来たわけじゃぁない。交渉だろ?まだ、早まるな。」
ガールムの態度に怒りを覚えつつもゆっくりと銃を下げるカーリー。それを見たガールムはこう話し出した。
「カーリーの元々の隊長は、確かオベリスクだったのではなかったか?」
「あぁ、そうさ。今でも私は彼を探している。」
「その捜索についての有力な情報さ。」
カーリーの目が変わる。
「俺らは先日、彼の率いる軍団と南の橋の上で対決し、勝利した。彼らは撤退。そのまま、北西の方面へ戻っていった。多分、風の神殿へと向かったのだろう。それ以外は我々ヴォルケーノが、制圧しているからな。」
「あいつは馬に乗っていたか?」
カーリーが、食いつくように聞く。
「あぁ、黒くてツヤのいい馬だ。」
「名前は?」
「…ナイトメア…」
それを聞いたカーリーは天を仰いだ。
「どうした?交渉決裂か?」
ガールムはその姿を見て、語りかけた。
「ふっ。あの人はな、認めた人間にしか、自分の馬の名前を教えないんだよ…」
彼女は兜を取る。中からは綺麗な髪をした女性が、現れた。頰に擦り傷のある彼女こそが、ブラウン・カーリーだった。
「その娘を解放してあげな。優しくだよ。」
そう部下に伝えた彼女はこちらを見つめてこう言った。
「交渉…成立だ。ありがとな、若いの。」
「礼には及ばん。お前もいい上司を持ったな。」
二人は見つめ合い、笑いあった。決して大声ではなく、取引が成り立った喜びを静かに表していた。
「ガールムさん…敵人相手にあんなにしっかりした態度を取るなんて…」
「流石、としか言いようがない。」
ディーヴァとエリックは唖然としていた。そんな時…
「…うおおおおおお!!!!!!」
いきなり一人のメマ兵が叫び出し、オシリスを塔から突き落としたのである。
「なっ!?」
「ええっ!?」
ヴォルケーノの3人は駆け出した。
「やっぱりマウィの民は…死ぬべ…」
ぱしゅん、と頭を撃ち抜かれた。カーリーが彼の頭を撃ち抜いていた。
「クソが…これだからラー直属の配下は…」
カーリーはそういいながら3人の後ろから走っていった。塔の高さは50メートルほどあり、落ちたら即死である。4人は塔の端から覗き込む。オシリスが落ちていくのが見えた。もう手は届かない。
「おねぇちゃん!おねぇちゃーーーーん!」
ディーヴァが叫ぶ。もう間に合わない…そう思い、4人が目を避けた瞬間、
「グオオオオオオオン!」
咆哮が聞こえ、それに反応するように目を塔の下に向ける4人。するとそこには見たことのあるドラゴンの背中姿とその上で寝そべっているオシリスが見えた。
「!!インフィニティ!」
インフィニティは塔の周りを回りながらゆっくりと上昇し、彼らのいる屋上へと降り立つ。背中のオシリスをゆっくりとディーヴァの前に降ろす。
「おねぇちゃん…おねぇちゃん!」
ディーヴァが身体を揺する。すると、オシリスの目がゆっくりと開いた。
「ん…あれ…?」
オシリスはゆっくりと起き上がった。
「おねぇちゃん…っ!」
ディーヴァは涙を流しながら、彼女に抱きついた。
「あらあら、結局助けられちゃったわね。ありがとう。ディーヴァ。」
「おねぇちゃん…もう勝手にどっか行かないでよぉ…」
「ふふ…ごめんね?」
顔を上げ、ガールムとエリックの方を向く。
「2人にも迷惑かけたわね…本当にごめんなさい。」
「いいんですよ。お姉さんが元気でいてくれれば。なぁ?エリック。」
「はは、そうだなぁ。オシリスさんがいればディーヴァも元気になるでしょうしね。」
「ありがとう…」
そして、彼女はカーリーの方を向いた。
「あなたにも、感謝しなくてはなりませんね。」
「ふっ、私は何も。あんたに死なれたら困るだけだし。まず、私はこの戦争をいいもんだと思ってないからね。せめてもの情けさ。」
「あなた…優しいのですね…」
「さぁね。あいつの部下はみんなそんなもんさ。」
そう言うと彼女は兜を被り、右手を挙げた。中心から、小型飛行機が一台出てくる。
「さぁ、行くよ!オベリスク隊長の元へ向かうんだ!」
オォー!と叫びながら、乗り込むメマの隊員。彼女は最後に振り返ってこう言った。
「またな、ヴォルケーノ。次会うときは味方として会おうじゃぁないか。」
「ふっ…ああ!待っているぞ!」
カーリーはガールムの言葉を聞き、笑いながら乗り込んだ。飛行機は程なくして上昇し、空の彼方へと飛んでいった。
「俺らも行こう。ラーに最終決着をつけに行くぞ。」
ガールムがそう言うと、インフィニティが咆哮し、背中を向けた。自分の背中に乗れ、というのだ。
「よし、火の神殿へ向かい、休息を取ろう。兵を募り、風の神殿へと向かうんだ!」
「「「おおーー!!」」」
4人はインフィニティの背中に飛び乗った。インフィニティは飛び立ち、火の神殿へと向かっていった…