第五章 天の塔へと(中編)
塔の中は螺旋階段になっていた。灯りはほとんどなく、足元も大分不安定だった。
「だいぶ古びているな…足をおいただけで砕け落ちそうだ…。」
「さすがにヒートだけでは厳しそうだな…」
エリックの手元の炎だけでは長時間照らすのはなかなか厳しそうだった。
「気をつけてくださいね?落ちたりしたら大変ですから…」
「あぁ、大丈夫だよ。」
後ろを向きながら、登っていた次の瞬間、カランコロン…とエリックの足元で何かが転がった。
「え?足場崩したか?」
「いいや、違うな…」
ガールムが足元を照らす。そこには金属でできたカンテラがあった。
「これは…」
「これがあれば、進むのが楽になりますね!」
ディーヴァはとても喜んでいたが、ガールムはそのカンテラから漂う魔力を薄々と感じていた。
「ま、とりあえず火を灯そうぜ。じゃないと俺の魔力が足りなくなる。」
「それもそうだな。ほら、付けろ。」
エリックの火をゆっくりと近づけると、ぼぅと音を立てて燃え始めた。
「油も割と残ってるみたいだな。しばらくは耐えそうだ。」
「いやぁ、これでしばらく安心ですね。」
「あぁ、そうだな…」
ガールムはずっと浮かない顔をしていた。
3人はゆっくりと一段ずつ階段を上って行く。すると、階段が無くなり、大広間のような所に出た。
「ん?…なんだここ?」
エリックがカンテラを持ち上げて辺りを見回すが、特になにもない。
「え、エリックさん…カンテラ…」
「?」
エリックがカンテラを見ると炎が青白くなっているのに気がついた。
「うわっ!?」
エリックは驚いてカンテラを手放す。するとカンテラは地面に着かず、ゆっくりと上へと上って行く。
「え…なん…ですか…?」
「分からない…だが、きっと…」
ガールムがゆっくりと斧を構える。何かが来る。そんな気がして仕方がなかった。カンテラはゆっくりと上に上がり続け、天井に当たる。するとカンテラは天井に佇み、部屋全体がゆっくりと青白く照らされ始める。そして、彼らの部屋がなんの部屋なのかが、判明する。
「え…なんですか…ここ…」
そこには一面の墓標があった。青白い光が恐怖心を煽る。墓地は三段になっていて、端に階段があり、そこから上の方にある墓に登っていける造りだった。奥には上の階に向かう階段もある。
「墓場?いや、しかし…あの話は伝説ではなく…?」
ガールムが考察しているのを横目に階段を登っていくエリックとディーヴァ。2人はふと、なにも書いていない墓の前に立った。
「ここには誰もいないってことですよね…」
「でも、この狭さで、人間の遺骨が入るとは思えないんだが…」
墓と墓の間はぴったりとくっついていて、足場は片足が入るか入らないかのスペースしかない。しかし、エリックとディーヴァのいる墓の両隣には名前が彫ってある。
「あれ…これ、享年が今月…」
ディーヴァは隣の墓の文字を読んで呟く。
「こっちもだ…」
エリックは反対の墓を見ている。その2人を見てガールムの脳内に嫌な考察が出来上がった。
「まさか…」
すると、ガールムの後ろから1つの光の玉が、ゆっくりと通り抜けた。その玉はゆらゆらとエリック達の元へ向かって行く。光の玉はゆっくりと落ちていき、エリックとディーヴァの間の墓に当たって消えた。すると、その墓が少しだけ、揺れた。エリックが恐る恐る確認すると、墓に名前と享年が彫ってある。
「おい…これ…今日の日付じゃないか…?」
「…っ!!」
自信が、確信に。ガールムの脳が一気に覚醒した。
「ここは危ない!早く上へ向かうぞ!」
ガールムが叫ぶ。すると、墓から白い塊が溢れ出し、部屋の中心に集まっていく。
「えっ、ど、どういうことですか!?」
「ちっ!エリック!ディーヴァ!お前たちは先に行っていろ!」
「え…でも…!」
「行くぞ!ディーヴァ!!」
エリックはディーヴァの腕を引き、階段を駆け上がる。
「ガールム!絶対に帰ってこいよ!」
「ふっ…任せろ…」
エリックは走りながらそう叫んだ。ガールムは大斧を構え直し、戦闘態勢に入る。
(あぁ…そうか、そういうことか…)
ガールムの脳内は至って冷静だった。この塔は弔いのために建てられた、とは聞いていたがそこの管理者についての話も一度も聞いたことはなかったし、話題にもならなかった。ましてやそこは島。人など滅多に寄り付かない。そんなところになぜこんなにも墓が並び、墓石に新しい年月の文字が刻まれているのか。
(ここは誰かが管理しているんじゃない…魂がここに引き寄せられている…!)
エリックとディーヴァを先に進めてしまったことを後悔した。これほどの魂を操れるほどの魔力の元とは何か、考えずに向かわせてしまったことに。
「お前らこそ、死ぬなよ…。俺が相手するよりももっと強い何かが待ってるからな。」
白い塊は人間の形を形成し、拳を作る。出来上がった拳をガールムめがけて振り下ろした。
「悪いが、ここから先は進ませんぞ。」
ガールムは思い切り後ろへと斧を引く。
「あいつらには、マウィの未来も命も託しているからな!」
彼は後ろに引いた斧を拳めがけて振り上げた。
螺旋階段を駆け上がって行く二人。後ろからは何も聞こえない。ここの螺旋階段も隣の部屋の影響か、青白く光っている。
「ガールムは…」
「大丈夫…あいつなら絶対帰って来る。そうだろ?」
エリックはそう言って笑ってみせた。ディーヴァにはその笑顔が頼もしくもあったが、同時に不安も感じた。
「さあ、次の部屋に着くよ。」
エリックは最後の何段かの階段を駆け上がった。その部屋には灯火以外何もなく、奥に階段があるだけだった。その階段からは光が漏れている。
「もうすぐ屋上だ。頑張ろう。」
「はい…」
ディーヴァはそれでも後ろを常に気にしていた。気にしすぎてはいけないと思い、上を向く。その視線の先に、彼女はあれを捉えた。
「…エリックさん。下がってください。」
「え?」
ディーヴァの言葉に振り返り、足を止めたエリック。その後ろを何かが降って来る。
ドゴオオオオオオオオオオン
重々しい音とともに落ちてきたそれを見たディーヴァは杖を構える。エリックもすぐに振り返り槍を構えた。
「おいおい…まじかよ…。」
「まさか…こんなところに因縁の相手がいるとは思いませんでした。」
目の前に、いたのはオシリスをさらっていったあの機械巨人だった。この四角く重々しい体躯、頑丈そうな装甲、そして何よりも目を引くのが紅く光る一つ目だ。
「忘れもしませんでしたよ…私の姉をさらっていった、あなたを。」
ディーヴァは自分の目で恨むべき相手を突き刺すように見つめた。
ディーヴァの横でエリックは初めてのものを見るような目で彼女を見つめていた。
(これが…あいつがキレた時の顔なのか…)
エリックとディーヴァは幼少期からの仲だったが、彼女が怒ったりしたところを一度も見たことがなかった。どちらかといえば涙を流していた方が多い気がする。しかし、今彼の横にいる人間は紛れもなくディーヴァで、いつも通りの姿形をしている。
(魔力が違う…顔色が違う…目が違う…!)
魔力が溢れているのか、彼女のスタートの先がひらひらと揺れ、白い肌は怒りの赤に少しずつ染めていく。そして、その目は復讐に火をつけた眼をしていた。
「行きます、エリックさん。構えてください。」
「あぁ、任せろ。」
(頼む…頼むから…お前だけは堕ちないでくれ…!)
機械巨人は腕を振り上げ、二人に向けてストレートを放った。
「はぁっ!」
「とうっ」
二人は回避して、機械巨人のサイドにつく。
「ボルト!」
ディーヴァは高らかに叫び、雷を落とす。機械巨人はそれもモロに喰らい、動けなくなる。
「流石に機械…雷には弱いな。」
エリックは飛び上がり、紅い目をめがけて槍を構える。
「失せな。」
一閃、その槍が目玉を突き刺す。機械巨人は抵抗もなく動きを停止する。
「なぁんだ、この程度かよ。」
エリックは槍を引き抜き、着地する。機械巨人は支えられなくなった身体を崩す。
「…。」
ディーヴァはそれを冷たい目線で見つめていた。
「さぁ、オシリスを探そう。」
そう言ってディーヴァの背中を叩く。
「でも…私にはまだ…」
「落ち着けよ、もう…」
彼女を説得しようとした次の瞬間、機械巨人から魔力を感じた。
「!?ディーヴァ!下がれ!」
すると、機械巨人はどこから現れたか分からない白い塊を吸収し始めた。
「おいおい…マジかよ…」
「まだ動くんですね…」
二人は武器を構え直す。機械巨人はゆっくり立ち上がり、目を光らせる。その目は青白く光った。
「まだやるのかよ…」
「…でもこれで…」
ディーヴァは俯いていた。エリックはその背中を叩く。
「気ぃ抜くなよ!行くぞ!」
エリックは地を蹴り巨人向けて駆け出す。
「メガボルト!」
彼は手から先ほどのディーヴァよりも強い雷を放つ。しかし、今回はビクともしない。
「ちっ!」
勢いに任せ、槍を振るう。槍は巨人の足にぶつかるが、傷を多少つける程度だった。
「んでだよっ!」
反動で後ろへ下がるエリック。ディーヴァは未だに動かない。巨人は腕をディーヴァめがけて振り下ろす。
「ディーヴァ!!!」
エリックが立ち上がろうとした瞬間、足がもつれ、崩れ落ちる。
「えっ…」
もう一度立とうとしても足が立つことを許さない。
(まさか…魔力が…?)
魔力はある程度の量減ってしまうと、身体の機能を停止させる。そうしないと魔力を使い果たしてしまい、回復させる機能を失わせてしまう。なので、一定量回復するまでセーブされるのだ。
「くそっ!」
巨人の腕はディーヴァまで数センチとなっていた。間に合わない。
「…邪魔しないでください。」
すると、ディーヴァの目の前で機械巨人の剛腕が止まった。
「ディーヴァ…!」
「あなたでは私に届くことなんてできませんよ。」