第五章 天の塔へと(前編)
フェニクス川の上流へと向かう一匹のドラゴン。その背中には3人の人影があった。それはまさしく、エリック、ガールム、ディーヴァだった。
「くそっ…なんなんだこの魔力は…!」
「なんて邪悪な魔力…これは何によるものなの…?」
ガールムとディーヴァの2人は吹き荒れる風とともに流れる負の魔力に対し、体を支えるのが必死だった。その横でエリックはじっと目の前の天の塔に視線を向けていた。
「魔力というより…これは死人の魂によるものだろう。」
「えっ…」
彼の発言にディーヴァは息を呑んだ。
「天の塔には誰が建てたかも分からない墓が沢山あるんだ。その1つ1つには、死人の魂が宿っていて、その魂がもし、この世に未練があると、魔力を発し、こっちに戻ってこようとするんだ。」
エリックは焦ることなく淡々とそれを語った。
「そんな…」
「俺もそれは聞いたことがある。その復活を試みる魂が結集し、1つの化け物になった、という話もあるな…。だが、それは伝説上の話ではなかったか?」
ガールムはエリックに問いかけた。すると、エリックの目はどこも捉えていない暗い光を帯びた。
「あれは…伝説なんかじゃない…ほんとうのはなしなんだ…」
滅多に見られないエリックの雰囲気に2人は目を丸くしてしまう。
「エ…エリック?大丈夫…ですか?」
「…ふふ、そうだな。こんな与太話など意味ないか。さて、気を引きしめて行こうじゃないか。」
エリックはディーヴァの呼び声に目を覚ましたようににっこりと2人に笑いかけた。ディーヴァはその笑顔に安堵のため息をつくが、ガールムはそうではなかった。
(やはり…こいつは…)
彼の眼差しはエリックの頬を貫くように睨みつけた。
天の塔へと到着した一行はまず、入り口から流れ出る負の魔力に圧倒されていた。
「なるほど…これが魂ばかりが集う塔…か。こんな場所、今までになかったぞ…」
ガールムは天の塔を見上げ、息を呑んだ。しかし、それとは打って変わってエリックは冷静だった。
「さて…早く登ろうか。急がないとオシリスさんの命が…」
「それもそうだな。急ごう。」
ガールムとエリックは武器を構えた。しかし、ディーヴァはそうではなかった。
「はぁ…はぁ…」
息が荒くなっている。額からは冷や汗が流れ落ちる。その様は不調そのものであった。
「どうした、ディーヴァ。」
ガールムが彼女に声をかける。ディーヴァは荒い息ながらも少しずつ答える。
「ダメ…怖い…魔力に…潰されそう…」
「ディーヴァ…」
エリックが駆け寄り、背中をさする。ついにディーヴァは泣き出し始めた。
「これはまずいな…魂を乗っ取られかけている…」
ガールムは苦い顔をした。エリックも不安の表情を隠せない。そんな時、ディーヴァの真後ろにインフィニティが立つ。
「グギャァァァ!!」
咆哮一発、ディーヴァはふっとエリックの胸元に倒れ込んできた。
「えっ…」
咄嗟にディーヴァの顔を覗き込むエリック。すると彼女はすぅ…と呼吸していた。
「ね…寝てる?」
「なるほど、こいつが睡眠魔法をかけたか。」
2人が振り返ると、インフィニティは前を向け、というように首を動かす。2人が前を向くと、少しずつだが、何かが近づいてくる音がした。
「…なるほど…敵か。」
「グルルルルル…」
ガールムとインフィニティは戦闘する体制に入る。
エリックも構えようとするが、ガールムが止める。
「お前はディーヴァをきちんと面倒みておけ。俺ら2人が倒れた時は、お前に任せる。頼んだぞ。」
そう言って彼はエリックに笑いかけた。徐々に足音は近くなり、天の塔の中からメマの兵が現れた。
「むっ!最近巷を騒がせているヴォルケーノだな!それに加えて、討伐対象のドラゴンもいるではないか!者共、かかれぇ!」
隊長らしき人間が指示を出し、後ろから10人ほどの兵が現れ、2人へ向かって突撃してくる。
「ふっ…さすらいのドラゴンよ…お前がヴォルケーノの隊員として相応しいか、ここで試してやる!」
「グルオオオオオオオオ!!!」
2人は軍団へ向けて飛びかかる。ガールムはその勢いでまず、兵を3人なぎ倒す。その後、後ろから襲いかかろうとする兵を柄で突きかえす。飛ばされた兵はインフィニティの腕に掴まれ、他の兵5人と共に潰される。その後、インフィニティは隊長へ向けて、灼熱の炎を浴びせた。
1人残った隊員は腰を抜かしながらも塔の中へと入っていった。
「ふっ。なかなかやるな。」
「グルルルル…」
ガールムに対し、ほくそ笑んだ顔で返すインフィニティ。2人のコンビネーションは抜群だった。そんな姿を見ていたエリックは素早いその流れに呆気を取られていた。
「ん…」
もぞもぞ、とエリックの腕元が揺すられる。
「お…ディーヴァ。起きたか…」
「あ…エリックさん…」
「体調は…大丈夫か?」
「はい…さっきよりは全然いいです…これも…タクマさんのおかげですね…」
「タクマ?タクマって誰だ?」
エリックはその聞き慣れない名前の正体を聞き返す。
「え…誰…なんでしょう?私も…今唐突に出てきた名前で…」
「タクマ…か…」
その名前に聞き覚えのあるような気がしたが、どうしても思い出せなかった。
「起きたか、ディーヴァ。」
2人の元に歩み寄るガールムとインフィニティ。2人は一切疲れを見せていなかった。
「見たところ、だいぶ体調も良くなったようだな。さぁ、準備だ。出撃するぞ。」
「はい。」
ディーヴァはゆっくり立ち上がり、杖を構えた。
「もう、怖くありません。むしろ、少し自信が出てきたくらいです。」
「それは頼もしいな。エリックも、負けずと頑張れよ。」
「あぁ。もちろんだ。」
「グオオオオオン」
「なんだ?インフィニティ。お前はここに残るのか?」
「グオオオオオ」
エリックはその声を聞き、頷いた。
「分かった。入り口の警護は頼んだぞ。」
「グオオオオアアア」
「よし。それでは行こうか。二人とも、準備はいいか?」
ガールムが号令をかける。
「はい!」
「もちろんだ。」
三人は塔へと吸い込まれていった。