第四章 龍虎相打つ
三人は山の砦を過ぎ、南に架かる橋に着く。
「この橋…この間の戦ではそのまま通り過ぎましたが…意外と綺麗なんですね。」
ディーヴァは橋を見てそう呟く。確かに戦禍の中にありながら、この橋だけは幻想的な空間を作り出しており、橋は美しい白色で塗られていた。
「不思議なものだな…ここは…立ち止まるとどことなく癒される…」
ガールムはその橋に足を乗せる。石造りの橋で、とても高級な物のようにも感じた。
「ほら、見てください。川も綺麗ですよ。」
ディーヴァが橋の淵から身体を乗りだし、下を覗く。エリックも横から下を覗いてみると、そこにはとても澄んだ清らかな川が流れていた。水はとても透き通っており、中で泳いでいる魚の動きがよく見えた。
「すごいな…こんな所があるなんて…」
魚は右往左往して、上流へと昇っていった。
「ほら、そろそろ行くぞ。あまり、時間はない。」
ガールムが2人を呼び戻す。2人がガールムの元へ行こうとした時、
三人の真上を影が通る。
「「「!?」」」
三人はその影が向かった方向に視線を向ける。しかし、何もいない。だが、程なくして、
ドシイイイイイイイイン
重々しい音と共に身体の白いドラゴンのような巨体が現れる。
「なっ…何だ!?」
そのドラゴンは三人を見据えると、口から炎を吐き出した。
三人は飛び上がり、その炎を避ける。
「おいおい…何でこんなことになってやがるんだ?」
エリックは着地し、武器を構える。
「ふん、こいつはつまり、俺らを通す気がないと。」
ガールムも着地し、斧を取り出す。
「やるしかなさそうですね。」
ディーヴァも安全に降り、杖を出し、構える。ドラゴンは三人の前に立ち、不動の姿勢を崩さない。
「行くぞ。ここで死んでは意味がない。」
三人はドラゴンへと突撃して行く。
突撃してくる三人に対し、ドラゴンは火炎を放射する。一直線に飛んでくる火炎はエリックに向けて進んで行く。
「ちっ!」
エリックは飛び、それを避ける。その間にディーヴァは右から、ガールムは左からドラゴンを攻める。
「ブリド!!」
彼女は氷塊を放つ。その塊はドラゴンの左腕を凍らせる。しかし、ドラゴンはその氷を自分の炎で溶かす。
「くっ…弱点は対策済みって所なのですね…」
ディーヴァは悔しそうな顔で言う。その反対側ではガールムが顔めがけて斧を振り上げていた。
「せえええええい!」
全力で当たりににいく彼の斧。しかし、その斧はドラゴンの右腕で返されてしまう。
「なっ…」
思い切り硬いものに当たった感触がした。その右腕を見ると、その腕には籠手のようなものが付いていた。
「なるほど…そういうことか…」
ガールムは強者を見る目でドラゴンを見つめた。
「ふっ。周りを気にしすぎで、正面を忘れたか?」
ドラゴンの目の前からエリックが突撃していく。
「ウィンドステップ!」
彼は呪文を唱えると、高く飛び上がり、槍を構える。
「ボルトポゼッション!」
槍に雷をまとわせ、そのまま顔めがけて突撃していく。
「うらぁ!」
ドラゴンは口を開き、そのまま火炎放射を行う。炎はエリックに当たる。
「あっちぃ!」
しかし、エリックの槍はその炎すら裂き、そのままエリックごと口に刺さる。エリックはその身に返り血を浴びる。
「グッキャァァァァ!」
ドラゴンは暴れ、その勢いでエリックは振るい落とされる。しかし、電撃を喰らったせいか、吠え上がった状態で止まってしまった。
「やったか?」
「さぁな…今は感電しているだけだしな…」
珍しくガールムよりもエリックの方が冷静だった。すると、徐々にドラゴンの身体が黒くなっていき、全身が真っ黒になっていった。
「な、何が起こってるんですか!?」
「来るぞ、構えろ」
エリックが言うのが早いか、ドラゴンはまた動き始めた。全身は漆黒に染まり、右腕の籠手からはチェーンソーのようなものが出てきている。
「おいおい…これは…」
ガールムは呆気にとられていた。
「ぼうっとしてる場合じゃない。多分、本気で来るぞ。」
すると、ドラゴンは籠手を思い切り三人に振り下ろしてきた。ディーヴァはすかさずクリフを唱える。
「ぐっ…これは…」
「あまり無理するなよ!」
エリックは後ろからディーヴァを支える。クリフで作られた壁はドラゴンの籠手によって思い切り削られていく。ディーヴァはこの状態を保つ事に一瞬不安を覚えた。その不安が心に移ったと同時にクリフの壁が砕け散る。
「きゃぁっ!」
ディーヴァは、そのまま後ろに飛ばされ、後ろで支えていたエリックも飛ばされる。一人、その横にいたガールムが大斧を構え、ドラゴン向かって飛びかかる。
「これでどうだっ!」
しかし、彼の攻撃虚しく左腕でガールムを弾き飛ばす。
「ぐはっ!」
飛ばされたガールムは橋の淵に背中を思い切りぶつけもたれかかるようにして動きが止まってしまった。
「くっ…ガールム!!」
立ち上がったエリックが駆け寄って声を掛けるも返事はない。だか、心臓だけは動いており、まだ生きていることだけは確認できた。
「どういうことですか…おかしすぎます!」
そう言いながらディーヴァはブリドを唱え、氷塊5つをドラゴン向けて飛ばす。ドラゴンの真正面まで来た氷塊をドラゴンは右腕で全て掴んだ。そして、手に氷塊を持ったまま、二足で立ち、それを投げ返して来たのだ。
「なっ…!?」
流石のディーヴァも反応できず、そのまま氷塊を喰らってしまう。
「かはっ…」
「ディーヴァ!!」
叫ぶエリック。彼女からの返事はなく、代わりに聞こえてくるのは呼吸音だけだった。仲間を二人とも意識不明にされたエリックを鋭い眼差しで見つめるドラゴン。そのままドラゴンはゆっくりと近づき、右腕を掲げた。このまま避ければガールムに当たってしまう。しかし、彼を抱えて避ければどちらかが確実に負傷し、そのまま襲われてしまう。彼は必死に考えた。だか、それよりも早くその剛腕は振り下ろされる。意を決して彼は立ち上がり、横持ちで槍を構えるが…
「バインド!」
エリックの後ろから声が聞こえ、ドラゴンはそのまま固まってしまった。見ると腕に何か縄のような物が付いている。
「ふっ…ある意味で俺の方が上手だったようだな。」
エリックが振り向くと、ニヤリと笑うガールムがいた。
「やれ、エリック。流石に今の俺に奴を仕留める体力はない。」
「あぁ、わかった。」
エリックは槍を構えなおし、突撃体制に入る。一方のドラゴンはもがき苦しんでおり、必死に腕の縄を外そうとしている。
(多分…もう一度口の中に攻撃を当てれば…)
そう思ってはいるもののドラゴンの動きは一切収まらず、暴れ続けている。そうしているうちにドラゴンはエリックに狙いを定め、口から炎を吐き出した。
「っ!?まずいっ!」
エリックが身を屈めると
「クリフオール!」
声がして自分の周りを壁が包む。
「エリックさん。これで…行けます。人一人包むくらいの…壁なら私だって…作れ…ますから。」
息を切らしながら話すディーヴァがそこにはいた。今エリックは二人からの思いを一身に受け立っている。
「分かった。ディーヴァ、もう少しだけ耐えてくれ。」
そう言って彼は飛び上がり、そのまま一直線にドラゴンの口の中に向かい、腕を引く。そして口の中、先ほどの傷口の部分に思い切り槍を突き刺した。血が溢れ出し、その血をエリックはその身に受ける。しかし、そんな事よりもエリックは自分の槍の感覚に違和感を覚えた。
刺した時の感触に何か固いものにカチンと当たる感覚が。
エリックは槍を引き抜き、手を突っ込む。そして無理やり口の中から宝石らしき何かを引っ張り出した。
「うわっ!?あああああ!?」
エリックは真っ逆さまに落ち、背中で着地した。咳が止まらなくなっている。
「エリックさんっ!?」
驚いて駆け寄るディーヴァ。すると、突然エリックの持っている宝石が光り出し、周りを包み込んだ。
「え…何…?」
「これは…?」
ディーヴァとガールムが戸惑っていると、彼らの脳内にこんな映像が流れ始めた。
「隊長!無人機械兵一号型が、指名手配のマウィ族を捕まえて来やした!」
そこはメマ軍の某拠点。一人の兵が敬礼をしながら、報告をしていた。
「うむ、良くやった。しかし、今すぐに殺せとは言わん。そいつは、マウィの反乱軍、『ヴォルケーノ』と関与している可能性が有るからな。それに最近出没するあの化け物との関連性も探りたい。」
「へい、分かりやした。あそこへつれてっときやす!」
そう言って兵は去っていった。
「ん?機械兵の肩に何か…あぁ、トカゲか。そういえば最近トカゲが狩猟厳禁になったっけ…」
そう言いながら隊長も去っていく。
一瞬映像が乱れー
どこか外のような場所の映像に切り替わる。
「オラッ!いい加減に話さねぇか!」
そこにはムチで叩かれる女性ーオシリスの姿があった。
「言い…ません…彼らのことも…インフィニティのことも…」
「んだと、クソアマァ!」
メマ兵が激情してムチを、思い切り振り上げる。が、
「やめな。」
後ろから声を掛けるものがいた。
「それ以上やったら死んじまう。重要な情報がなくなるだろう。」
「し、しかし、上官…」
「今日はここまで。また明日、改めて聞こう」
「…へい…」
上官にいなされ、渋々帰っていくメマ兵。彼が消えるのを確認すると上官兵は振り返り、オシリスに近づいた。
「ふぅ。あんた運がいいねぇ。オベリスク隊のであり、かつ女である私があんたの担当なんだからさ。」
そう言いながらポケットからパンを差し出した。
「あ…ありがとうございます…」
オシリスはそれを手に取り、食べ始める。その横でメマの女兵は話し始めた。
「ったく酷い世の中だよ。マウィ族ってだけで殺されちゃってさ。豊かな共存を目的としてた私たちオベリスク隊がやって来たことは何だったんだか。別にいいじゃないか。種族は違えどみんな人間だぜ?仲良くなれない訳がない。」
彼女がため息をつきながら話す横で、コクコクと頷くオシリス。その横顔を女兵は優しく撫でる。
「ごめんよ。私のような階級じゃまだあんたを助けられない。それにこの戦争が始まってからまだ隊長に会えてないからね…。せめて隊長に会えたら命張ってお前さん助けてやるよ。まぁ、そん時は隊長にも来てもらうけどね。」
「そんな…なんか、申し訳ないです…」
それを聞くと、女兵はクスッと笑い、立ち上がった。
「そんな事ないさ。元はと言えば、私らがこんなの起こしちまったんだからさ。せめてもの罪滅ぼしさ。」
そう言うと彼女は振り返り、オシリスに真剣な顔を見せながら、こう言った。
「私がここに隊長を連れてくる確率は著しく低い。だからあんたは自分でやれることをやってくれ。例えば魔術でヴォルケーノなり、あのドラゴンを呼ぶなりさ。」
そう言いながら、彼女は先ほどのメマ兵が去っていった方向に歩いていく。
「またな、お嬢さん。戦争が終わってお互い生きてたら、友としてまた会おう。」
消えていこうとする彼女に対し、オシリスはこう聞いた。
「あのっ!お名前は!」
「私の名はブラウン。ブラウン・カーリーさ。」
そう言って彼女は消えていった。
また映像が乱れー
オシリスを真正面から映している情景に変わった。毛布を肩にかけ、暖かそうな服を着ている。しかし、顔は少しやつれており、疲れが、少し見える。
「ヴォルケーノの皆さん。インフィニティ。見てみましたか?私は今心優しい方のおかげでなんとか生きながらえています。もし、これを見ているのであれば助けに来てください。場所は天の塔屋上です。あなた達の救援を待っています。」
そして、映像は終わった。
ふと我に返った3人は自分の身体が楽になっているのを感じた。身体には傷一つなく、心身ともに楽な状態だった。ドラゴンもまた同じようで口の出血も止まっており、体色も元の白い色になっていた。エリックは立ち上がり、ドラゴンへと近づく。
「お前が、インフィニティか…?」
ドラゴンはコクリと頷く。
「そうか…。俺らを襲った理由は知らないが、一緒に天の塔へ行ってくれないか?」
インフィニティはエリックの問いかけに頷くと、3人に背を向けた。
「乗れ…てことか。」
「グオオオ」
「でも…エリックさん。信用していいんでしょうか?」
ディーヴァがとても心配そうな顔で見つめる。その後ろからガールムが声をかけた。
「信頼するも何も、こいつとは今同じ目的で動いている。敵かどうかよりも利害が一致した時点で協力しなければならない。」
そう言ってガールムはインフィニティの背中に飛び乗った。
「行くぞ、ディーヴァ。お前も自分の姉を救うんだろ?」
「…もちろんです。」
そう言ってインフィニティの背中に飛び乗るディーヴァ。彼女の返答に満足いったようにエリックも飛び乗った。
「さあ行こう。天の塔へ。」
インフィニティは咆哮し、空へと飛び立った。