第二章 男と男、漢と漢
橋を渡り、東にある山の砦へと向かう一行。進みながら3人は作戦を練っていた。
「火の神殿を制圧したとはいえ、風の神殿とここまでは距離がない。後方からの攻撃にも注意を払わんとな。」
そう言ったガールムは、自らが後方につく事を提案する。
「よし、そうしよう。それの方が安全だ。」
こうして、前方部隊半分、後方部隊半分に分け、敵の攻撃に対抗できるようにした。前方部隊にはエリック、ディーヴァ 後方部隊にはガールムが付いた。
「さて…こっちの部隊の隊長はどうしようか?」
エリックがディーヴァに話しかける。
「確かに…まとめ役は必要ですよね…」
「やってみるか?」
エリックがそう言った瞬間ディーヴァは彼の方を向き、首をぶんぶん横に振った。
「む、む、む、無理ですっ!隊長なんて柄じゃないです!」
「なんだよ、柄じゃないって。全て経験さ。やってみてこそ価値がある。やろうぜ?」
な?と笑いかけるエリック。ディーヴァは顔を紅く染めながらそっぽを向いた。
「わ、わかりましたよぉ…」
こうしてディーヴァが前方部隊の隊長となった。彼女を先頭に山の砦向けて進んでいく。
砦へ近づくにつれて、鉄を使った人工物が多く目につくようになってきた。
「なんだかすごいですね…。橋向こうは自然が多いのにこっちは建物ばっかり…」
「これが、彼らと僕らの違い。彼らの文化はこれによって発展したからね…」
そう言うエリックの眼差しはディーヴァや、建物へは向かず、前方へ真っ直ぐ向いていた。ディーヴァもその目を見て前方を向く。そこにはこちらへ近づいてくるメマ族の軍団があった。
「皆さん、止まってください。」
ディーヴァは号令をかけ、隊を止める。次に構えの指示を出し、皆が武器を構える。ディーヴァは振り返り、
「これから…皆さんには私の作戦に付き合ってもらいます。よく聞いておいてください。」
彼女は澄んだ目で隊を見渡し、作戦を話し始めた。
「まず、部隊を精鋭部隊と、補助部隊に分けます。そして…」
ガールム率いる後方部隊は橋の近くに止まり、迎撃の構えをとっていた。
「あいつらは大丈夫だろうか…」
前方部隊の二人を気にするガールム。その表情は親が子供の事を心配するような表情だった。
「隊長、西から敵部隊がこちらへ向かって進軍してきています。」
「分かった。迎撃しよう。」
ガールムは先頭に立ち、武器を構える。
「行くぞ、ここを守り抜け!」
全員が武器を構える。迫り来るメマ軍を迎え撃たんとする彼の顔は闘う漢へと表情を変えていた。
西へと進むメマ隊は前方にマウィの軍団を確認した。
「止まれ。」
隊長が指示を出す。隊長は望遠鏡でその軍団を確認する。マウィの軍団は女を盾にするように彼女を先頭に立たせ、その後ろに男兵士が並んでいる陣形だった。
「フッ、女を盾にするとはな。マウィ族も堕ちたな…」
隊長はスナイパーを取り出し、彼女の喉元を狙う。
「せいぜい天の国で我が同胞たちと仲良くな。」
ぴしゅん、とスナイパーを放つ。玉は一直線に進み、喉元へと疾り、なぜか彼女の手前で弾かれた。
「なに!?」
隊長は訳が分からなくなり、進軍を指示する。兵士たちは銃を撃ちながら近づくが、全て弾かれていく。
「なぜだ!?」
隊長は混乱して叫んだ。その理由は少し近づいた辺りで分かった。後ろの男達は手を上げ、魔法を使っている。装甲魔法「クリフ」だ。女は目をつむり何かを唱えている。それに気づいた隊長は腰からナイフを取り出し、飛び上がり斬りつけようとする。それよりも早く、ディーヴァは目を開き呪文を叫んだ。
「ランド!!」
飛びかかろうとしていたメマ兵を土の拳が下から突き上げる。その拳は彼の懐に入り、そのまま彼を吹き飛ばした。
「精鋭部隊、前進!山の砦の制圧を!補助部隊、待機!怪我人の治癒、及び、後方部隊へ影響が出ないよう防衛!」
ディーヴァが指示を飛ばす。それにかけ声で返事をし、エリック含む精鋭部隊は突撃していく。隊長を失ったメマ隊は抵抗力もなく、押されていく。
「うらぁ!!」
次々に敵をなぎ倒すエリック。自らの真後ろに気配を感じ、彼は槍を振りながら回転した。
「っ!!」
彼の槍はその気配の手前で止まった。少年だった。少年は二本のタガー以外なにも持たず、鋭い眼差しでエリックを睨むように見ていた。エリックは後ろへ跳び、距離を置く。
「生憎俺は子供を殺めるような生き方はしてない。」
エリックが彼に言う。
「そうやって僕の事を舐めてるだろ?」
次の瞬間、彼は瞬時にエリックに近づき、タガーを振るった。
「っ!?」
とっさに槍を構え、ギリギリで止める。彼のタガーを受けたエリックは彼を弾き、笑みを浮かべる。
「なるほどね…その腕さばき、ただ者じゃないな。」
エリックが槍を構え直す。
「一騎打ちと行こうじゃないか!」
彼は頷く。エリックは精鋭部隊に先に行っているよう指示を出し、満面の笑みで彼との一騎打ちを始めた。
ガールム率いる後方部隊は少し押されていた。火の神殿を制圧したとはいえ、風の神殿からの距離が無く、また基本的にその間の土地が平地なので遮るものがなく、敵の侵攻が容易くかつ兵の補充も容易なためメマ兵は続々と現れる。
「くっ…厳しいな…」
ガールムは歯を食いしばりながらも戦う。彼の額の汗は流れ落ち、首元まで伝う。
「皆、頑張れ!突破されるなよ!」
ガールムは部隊に鼓舞を打ち士気を向上させる。そんな彼の元へ一騎の兵が突撃してくる。その騎兵はガールムの頭上を跳び、誰も潰すことなく彼の後ろへと着地する。
「!?」
彼は振り返り大斧を構える。そこには全身を黒い鎧で包んだ男が黒い毛をした馬に乗って佇んでいた。騎兵はそんな彼を見ながら話し始めた。
「主のその動き、隊長と見た。どうだ?我と手合わせしてみないか?」
騎兵の男は大剣の先をガールムへ向ける。
「俺はガールム。貴殿の一騎打ち、承諾した。貴殿の名を伺おう。」
ガールムは、しっかりとした姿勢で大斧を構え、ゆとりを持って話した。
「我の名はオベリスク!いざ、尋常に勝負!」
オベリスクの馬がいななきをあげ、お互いは相手へ向けて突撃していく。
ディーヴァ達、前方部隊は山の砦を制圧し、マウィ族の捕虜を解放した。が、未だエリックと少年による一騎打ちには決着がつかず、いつまでも続いている形であった。
「エリック…」
ディーヴァは山の砦からエリックの元へと向かった。
エリックと少年は汗だくになりながらもひたすらに武器を打ちつけあっていた。周りには誰もなく、平地に2人だけが居た。お互いに必死な目で相手を見ながら、武器を振る。辺りは武器がぶつかる音だけが響く。
「…っ!!」
必死になってタガーを振る少年。エリックは彼に向けてこう問いかけた。
「なぁ…お前、何のために戦ってる?」
「僕らメマ族が勝利するため。」
即答だった。彼はタガーを振りながらも受け答えははっきりしており、特に辛そうにもしていなかった。
「それだけか?」
エリックも槍を振りながら、話す。
「それだけだ…そうすれば、僕らや僕よりも小さな子達が救われる。」
彼の発言を聞いたエリックは、眉間にしわを寄せる。
「ラーの勝利で自分達が救われるって?」
「そう。僕らメマ族が救われるんだ。」
それを聞いたエリックは槍で彼を弾く。彼は飛ばされるが、華麗に着地する。
「ラーの勝利で、君らが救われるとは限らない。あいつの今のやり方のままではメマ族の中でも差別が起こるだろう。あいつ自身が変わる可能性は低い。」
「それでも、僕らは救われる可能性に賭けたい。」
彼は希望の瞳で答える。
「…お前さんみたいな素直な奴らばっかりだといいんだけどな…」
エリックは俯いて言った。
「いいか、少年。大人はお前さんが思ってるよりも残酷で醜い。お前さん達のことなんて容易く裏切る。例え、お前さんが奴の事をどんなに信頼してたとしてもだ。」
「っ!?」
それを聞いた少年は絶望感に包まれた。
「嘘だ…」
少年は呟く。今にも泣き出しそうな声で。
「嘘じゃない。現実だ。現実はこんなにも残酷なんだ。」
エリックはそう語る。
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
彼はタガーを振り回し、エリックへ向けて突撃する。そのスピードは恐ろしく速い。
「受け入れろ!少年!!」
彼は槍を構え、受け止める。彼らの武器はぶつかり合い…
少年が飛ばされた。
彼はそのまま地へと背中から倒れこむ。エリックはそんな少年に近づき、手を差し伸べた。
「立ちな、少年。もしも、お前さんが言う未来を望むなら俺らが連れて行く。」
少年は驚いて、エリックの方を向く。エリックは彼に笑いかけていた。
「俺らがこの状況を変えてやるよ。お前さんやお前さんの友達が楽しく暮らせる未来に。」
「う、うわぁぁぁん!!」
彼はエリックの胸で泣く。ラーへの絶望、エリックの優しさを感じた彼の心は少年の心から一つ成長していた。
「さて、俺らの部隊、ヴォルケーノに入るにあたり、お前さんの名前を聞こう。名前は?」
「マキナ…マキナ・エクスト」
彼は泣き止もうと必死になりながら答えた。
「マキナ・エクスト。お前をヴォルケーノの隊員として認める!」
2人は固い絆で結ばれた。新しい仲間ヴォルケーノに増え、遠くから2人を見ていたディーヴァは笑みを隠せなかった。
ガールムとオベリスクの一騎打ちは激しいものだった。武器がぶつかる度に、火花が散る。常に大剣と大斧が重なり重々しい音が鳴り響く。
「はっ」
ガールムは大斧を振るい、
「せいっ」
オベリスクは大剣を振る。
お互いひたすらに大剣と大斧を打ちつけあっていた。すると、いきなり
「オベリスク様、助太刀致す!」
1人のメマ兵がガールムの後ろから飛びかかる。
「なっ…」
彼は斧を振るうが、間に合いそうにない。しかし、ガールムの上を見覚えのある剣がとおり、メマ兵を両断する。ガールムが前を向くと、オベリスクが剣を振り抜いていた。
「一騎打ちに他者の邪魔は無用… 」
その発言を聞いたガールムはその時一つの事を理解した。
「貴殿は…なぜ、ラーにつく?貴殿は共存を求めているのではないのか?メマとマウィの共存を…」
オベリスクは剣を降ろし、話し始めた。
「そのとおり。我は元より共存を求めている。我にはマウィ族の友があり、我が愛する人もマウィ族の娘だ。そやつらと同胞の者を我が剣で傷つけ、殺める事は我にとって大きな悲しみだ。だか、我が従う主人はラーだ。奴に逆らう事は出来ない。これは我がメマ族として生まれた罪であり、罰なのだ。最早、仕方なき事なのだ。」
オベリスクは哀しそうに語った。それを見てガールムはしっかりとオベリスクを見つめ、斧を構えた。
「なるほど。貴殿の言いたい事は理解した。やはり、俺の思っていた通りだ。だか、少し足らない貴殿へ提案する。王の動きは止められないだろうが、貴殿は一つの隊の長だ。王に逆らわない程度に戦をしなければ良いのではないか?侵攻隊ではなく、防衛隊として動けば良かったのではないか?」
オベリスクはハッとして顔を上げる。そこには斧を構え、その斧を振るおうとしているガールムがいた。
「今更になって下がれないなら、俺が下がらせてやる。俺の首をはねるか、貴殿の敗北でな。」
オベリスクも剣を構え、しっかりと馬に乗る。
「ふっ、気づかせてくれて感謝する。マウィの男よ。これで決着だ。」
オベリスクは馬を走らせ、ガールムに突っ込む。ガールムもオベリスク向けて突撃する。
彼らの影が重なり、突き抜ける。
ガールムは大斧を振り切り、屈んでいる。オベリスクは悠然と馬に乗っている。右手には持っていたはずの剣はないが。2人が交わった点に剣が落ちる。それを確認し、ガールムは立ち上がる。
「綺麗な毛並みに澄んだ瞳…相当手入れしているように見受けられる。馬の名は?」
「…ナイトメアという…」
「そうか。可愛がってあげてくれ。」
「…あぁ、ありがとう。」
オベリスクは剣を取り、号令をかける。
「全軍退却!城へ撤退だ!」
ドドドド…という音と共にメマ兵が退却する。それをマウィ兵が追撃しようとするが、ガールムが止める。
「やめろ。ここでの追撃は恥だ。」
ガールムは城へ向けて動いていくメマ隊を見つめていた。
「ど…どんな手を使ったんですか?」
マウィ兵の1人が聞く。
「ふっ…行くぞ。」
「えぇぇ…」
ガールムはエリックの部隊と合流しに西へ向かった。
山の砦では解放されたマウィ族の人々ががやがやと話していた。
「自由だー!」
「ようやく…ようやく…」
皆喜びの声をあげていた。そんな幸せそうな民をガールムは見つめていた。
「どうしました?ガールムさん。口角が上がってますよ?」
「ん?」
ガールムはディーヴァの方を向き、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「よし、行こう。次は北へ行って、そちらの捕虜も解放しよう。」
ヴォルケーノは今回解放した捕虜の中から何人かを徴兵し、北の砦へと向かった。