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苑宴怪譚  作者: 笹丸
2/2

旅立ち①

 縦穴の底には発光する石が一定間隔で埋め込まれ、十歩ほど先にいる姉の姿が明瞭に視認できる程度には明るかった。

 ここの壁からは至る所で赤い液体が染み出し、それらはミミズのようにのたくりながら壁を流れ落ちていく。床には光源を避けるように何本もの溝が掘られ、液体はその複雑な紋様に沿って床一面に広がっていた。

「兄上、床の模様はなに?」

「・・・・・・この場の霊力を一定に保つための陣だ。門を安定させるのに必要だと言って呪珠じゅじゅが彫った」

「へえ、姉様が」

 高飛車な癖に思いの外まめな質らしい。

「・・・・・興味があるのか?」

「別に。聞いてみただけ」


 話しながら移動していたせいか、気づけば姉との距離が大分開いていた。そして徐に姉が振り返る。

 姉は私と兄が付いてきていないと知るやいなや、その端麗な顔を般若のように歪ませた。姉の額に浮き出た青筋に寒気を覚えた私は兄の腕の中で縮こまるが、姉の視線はばっちりと私に固定されていた。

 姉が足早に近づいてくる。

 私は兄の腕と胴体の隙間に全身をねじ込んで隠れようとしたが、まあ、無理だわな。

 一切の逃げ場を失った私には、兄の腕の中で震えているくらいしかできることはなかった。その間も姉はどんどん近づき、とうとう兄の正面まで来る。


 姉の振り下ろした拳を兄が受け止めた。


「離しなさい」

呪珠じゅじゅ

「離して」

呪珠じゅじゅ、止めろ」

「離して!!」

「駄目だ。こいつを殺させるわけにはいかん」

 姉の拳は黒い霧を纏っていた。生まれたばかりの貧弱な私では、あれを一撃受けただけで簡単に霧散していただろう。

 二人は暫く押し問答を繰り返していたが、最終的には半狂乱になって暴れる姉を兄が片腕一本でいなすという構図になっていた。物騒な兄妹だ。


 ちなみに姉の般若顔は、足下からの光を受けてさらに凄惨なことになっていた。視界一面に広がるそれに、今度は別の意味で震えることになったのはここだけの秘密。








 どのくらい経っただろうか。

 

 長い長い格闘の末、ようやく姉が落ち着きを取り戻した。

「気は済んだか」

「・・・・・・」

 姉からの返答は無い。それを気にした風もなく、兄は私を抱え直すと歩を進めた。

 不意に姉が手を伸ばす。

 その手は私ではなく兄の胸元の鍵束を掴み、引き千切った。




 兄の項には血が滲んでいた。

「気は済んだか」

 二度目の問いかけにも返事を返さず、姉は鍵束を持ったまま一人歩いて行ってしまった。





 進んだ先にあったのは、一枚岩でできた巨大な門だった。上の方にまで光が届かずその全貌は窺い知れないが、見える範囲だけでも20m程の高さはある。

 だがそれより目を引いたのは、何十個というおびただしい数の錠前と、無数に巻かれた鎖だった。


 姉が鍵束で錠前を一つ一つ解錠していき、兄が巻き付いた鎖を外していく。

 

 一人放置され暇なことこの上ない私だが、「じっとしていろ」と言いつけられている手前、その辺を散策することもできないでいた。

 しかし大分待っているにも関わらず、二人の作業はまだまだ終わりが見えない。いい加減退屈すぎて死にそうだ。

 要は目の届かない所に行かなければ良いのだからと、私はその場で転がることを思いついた。とにかく動ければ自分的にはそれでいいのだ。


 転がってみて分かったことだが、球状の体は案外動きやすい。方向転換もすぐにできるしかなり速さもでる。これは楽しい。

 夢中になって転がっていると、勢いを付けすぎて一瞬だけ体が霧散しかけた。一瞬死んだかと思ったが、それよりも自分の脆さに愕然とした。

 次は気をつけようと心に刻み、再び転がる体勢に入った所で再び兄に捉えられた。

「お前という奴は・・・・・・」

 鎖を外し終えるまで、兄は私を離してくれなかった。





お兄さんの名前は阿門あもんです。

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