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苑宴怪譚  作者: 笹丸
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地の底へ

気の向いたときにちまちまと更新できたらと思います。


 暗い暗い沼の底からゆっくりと意識が浮上する。それとともに開けていく視界に映ったのは、どこまでも黒く淀んだ暗黒の世界だった。


 

 私は広い沼の上に佇み、暫しその景色を眺めた。

 あちらこちらで異形共が沼地を這いずり回り、到底言葉とは思えぬような呻き声を上げている。奴らが動くたびにヘドロが絡みつき、悪臭が立ちこめる。空から流れ落ちる黒い滝は幾つもの川となって、最後には今私のいるこの沼へと流れ着いていた。


 それらを特に不快に思うこともなく、そういうものなのだと受け入れる。



 一人ぼうっと呆けていると、沼の縁に男と女が現れた。

「そこのアンタ、来なさい」

 なんだか棘のある言い方だったが、女に言われた通り二人の前に降り立つ。

 女はまるで品定めでもするかのようにジロジロと私を見た後、面倒くさそうに喋り始めた。




 曰く、私たち三人はお父様に造られた兄妹で、男が長男、女が長女、私が末っ子らしい。お父様は遠い昔に争いに敗れ、この深い地の奥底にその骸を埋めているのだそうだ。

 二人はお父様を蘇らせるため、その魂の思念より与えられるお役目を色々とこなしている。だがそのお役目の中にはどうしても外の世界でなければ果たせないものもあるのだとか。

 しかし二人の体は不完全であるがために、外の世界へ行くことができない。 

 

 そこで造られたのが私だった。

 

 今の私は実体を持たない思念体、言わば剥き出しの魂に近い。通常触れることも知覚することもできないが、このままの姿で外に行き、そこで色々なイキモノを取り込むことで体を手に入れることができる。そうしてやっと外でのお役目が果たせるようになるのだ、とのこと。



 姉の話をまとめると大凡こういうことだったと思う。

 初めこそ嫌そうに話していた姉だったが、元々かなりのお喋りだったらしく段々と饒舌になっていった。その上頻繁に話が脱線するのでなかなかの長話となった。

 そしてどういうわけか私のことが大層気に食わないらしく、言葉の端々に敵意が滲み出ていた。

 

 対して兄の方は酷く物静かで、姉が一人姦しく話している間も微動だにせずじっと私を見つめていた。瞬きすらしないその様は正に蝋人形。

 そう言うと無表情な兄は口を開いて、暫しの逡巡の後に結局閉ざしたのだった。




 一通りの話が終わると私は二人の住居、もとい屋敷へ連れて行かれた。

 屋敷は崖の縁にあり、周囲を黒塀と堀に囲まれる造りとなっている。兄の従者である影達が塀の上で見張りをしており、私たち三人が帰ってくると直ぐに門が開かれた。



 屋敷の内部は全てが石造りだった。床、壁、天井は勿論のこと、椅子や机などの家具までもが石製だ。一定間隔で設置されている灯籠の明かりは決して大きくはないが、丁寧に磨かれた床壁に何重にも反射され、通路をぼんやりと照らしていた。



 二人の靴音だけが反響する。

 屋敷の外では常になにかしら音があったというのに、ここではそれが全くない。前の二人が歩みを止めてしまえばそこに残るのは静寂のみである。



 入り組んだ通路を進み屋敷の奥、ちょうど表門の反対側にあたる場所へ辿り着く。下を見れば渓谷がぱっくりと大口を開けていた。暗すぎて底が見えないが、水の流れる音が響いていたので川でも流れているのだろう。

 そこから可動式の階段で向かいの崖の上へ登るのだが、風が吹く度に軋むような音を立てるので渡らせられる身としては気が気でなかった。



 登りきった先には今度は巨大な縦穴があいていた。こちらも同様に底が見えないが、兄曰く渓谷よりはずっと深いらしい。縦穴の縁に立つと足下の石が稼働し、そのまま下へ下へと降りていく。

 天井がどんどん遠ざかる。周りには私たちが乗っている以外にも同じような石が幾つか浮かんでおり、上下左右に荷や従者達を運んでいた。

 物珍しさに忙しくあちこち見回していると、「うろちょろするな」と兄に捕まえられた。

 兄の腕に抱えられてふと、先刻の姉の話を思い出す。

「ねえねえ兄上、私って実体が無いんじゃなかったの?」

「・・・・・・お前も私も存在の元になっているものは同じだ。それを手のひらに纏わせればこうやって干渉できるようになる」

 そう言うと兄は私を抱えているのと反対の手、右手に黒い霧を纏わせた。霧は炎のようにユラユラ揺らめきながら、兄の節くれ立った白い手を包み込む。

 兄の触れてみろという視線を受け、怖々とだが近づいた。軽く全身を押しつけると、私の体は霧散することなくしっかりとした反動と共に押し返される。

 面白がって兄の手で遊んでいると今度は兄の方から私に触れてきたので、抵抗せず為すがままになった。撫でられたり引っ張られたり、鞠のようにつかれたり。少々目が回った。

「ご感想は?」

「・・・・・・よく分からない」

 

 

 兄は一通り私を弄ると、再び口を開いた。

「この黒い霧は、外のイキモノが触れるとその肉体を壊死させ、魂を蝕む。外に出る必要のあるお前にとってはとても有用な特性だ。だが決して無敵にはなり得ない。外には魂や霊体を扱うのに長けた者達がたくさんいる。そいつらに出会ったら、今のお前には為す術が無い」

 淡々と事実だけが述べられる。

 「お前が外で力を付けるためには外のイキモノを取り込まなければならない。そうすればいずれは奴らにも対抗できるようになるはずだ。だがお前の持つ特性はイキモノを取り込む度に薄れていってしまう。だから体を得てからある程度の水準まで力を高める間、お前は常に危険にさらされることになる。それをゆめゆめ忘れるな」

「分かったよ」

 兄は一旦言葉を切ると、ガラス玉のような緋色の目を私に向けた。


「我らが父上の復活を果たすためにも、次の弟だか妹だかが生まれるのを待つ時間が惜しい。お前で既に八人目だ。絶対に生き残れ」


「・・・・・・うん」



 

 やがて重い振動と共に、私たちは縦穴の底へ降り立った。

 

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