表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫌われ家庭教師のチート魔術講座 ~ 前日譚 ~  作者: 延野正行
メゾン・ド・セレマの住人たち
8/13

第6話 エメス誘拐事件(後編)

第6話後編です。

よろしくお願いします。

 廊下の先には業務用のかなりデカいエレベーターがあった。


 ここだけ電源が通っている。

 すんなりとエレベーターは動き、ドアが開く。

 閉じこめられる可能性はあるが、他に下にいく方法はこれしかなさそうだ。


 いざとなれば、また夜狼さんにパンチしてもらおう。


 かなり長い時間をかけて、エレベーターは下へと向かった。


 ドアが開く。


 目の前に現れたのは、地下とは思えないだだっ広い空間だった。


「くそ! 変な匂いのおかげで、鼻がきかねぇ……」


 夜狼さんは何度も鼻を啜っている。


 おそらくこの工房は、ゴーレムを生産していたのだろう。

 特有の匂いがする。


 実はゴーレムにはある素材がかかせない。

 男しか作れないアレ――。

 つまりは精子だ。


 なので、工房は俗にいうイカ臭かった(ヽヽヽヽヽヽ)


「なんだか、変な気分になってくるな」


 にやり、と夜狼さんはおれを見つめる。

 その瞳はまさに野獣……。


 おれも何だか恐ろしい気分になってきた。


「ともかく、このフロアにはエメスはいないようだな」


 つまり、どこかに先に通じる道があるのだろう。


 手分けして探そうとした瞬間――。


 赤い光が空間のあちこちで瞬いた。


 同時に魔術象形も輝く。


 エメス――ヘブライ語で「真理」という文字だ。


 途端、空間が微震する。


 次々に起き上がったのは、巨大な顔のないゴーレムだった。


「なんだ、こりゃあ!」

「たぶん、警備用のゴーレムだな」


 驚いている暇もない。


 ゴーレムはおれたちを侵入者として視認し、大きな手を伸ばした。


「一旦退却しよう! 夜狼さん」

「しゃらくさい!」


 白狼の獣人はゴーレムに向かっていった。


 巨大な手に向かって、己の拳を目一杯振り回す。


 破砕音が鳴り響いた。


 果たして拳が潰れたのは、ゴーレムの方だ。


「なんだ! 見かけ倒しかよ」


 おれはほっと胸をなで下ろした。


 ゴーレムの素材の大半は土で出来ている。

 見た目とは違って、意外と脆い。


 だが、あれだけの質量なら鉄を曲げるぐらいは容易いだろう。


 拳で弾き飛ばすなんて芸当は、獣人である夜狼さんぐらいしかできない。


「こいつらの相手はあたしがする。カルマは――――」



 きゃああああああああああああああああああああ!!



 絹を裂くような悲鳴が上がった。


 おれと夜狼さんは同時に振り返る。


 エレベーターに人が立っていた。

 背丈の小さい少女だ。


「「ミライ!!」」


 おれたちは同時に叫んでいた。


 ゴーレムはミライを侵入者と見なし、迫っている。


「夜狼さん! あとは頼む!」

「おい! カルマ!」


 おれは走り出した。


 その間にもゴーレムの巨手がミライに迫る。


 ごおおおぉぉぉんんん……。


 鐘同士をぶつけたような音が鳴り響く。


 エレベーターの入口に、ゴーレムの拳が突き刺さっていた。


 その横で、おれはミライを抱きかかえる。

 間一髪――間に合った。


「ミライ! お前、どうして!」

「わ、私もエメスちゃん助けたかったんだもん!」


 おれの腕の中で、目を腫らし涙ながらに訴えた。


 ああ! もう……!


 セツナさんに、お守りを頼んでおけば良かった。


 後悔する時間はない。


 おれたちを中心に影が広がる。

 ゴーレムの2撃目が振り下ろされようとしていた。


「やべ!」


 おれはミライを自分の胸に押し込むように抱えた。


「とおおおおりゃああああああああああああああ!!」


 裂帛の気合い。


 夜狼さんが走ってくると、ゴーレムに向かって跳躍。

 頭ごと蹴り飛ばした。


 ゴーレムの起動キーである「エメス」の文字が消える。

 すると砂のように崩れ落ちた。


「大丈夫かい。お姫様に王子様!」

「夜狼さん!」

「ここはあたしに任せて、先に行きな」

「でも、どこに?」


 夜狼さんは指さす。


 空間の奥。

 闇に紛れるように金属の階段があった。


 よく見ると、昇った先にまた廊下が続いている


「わかった。気を付けろよ、夜狼さん」

「はん! 誰に言ってるんだ? こちとら泣く子も黙る狼女おおかみおんなだよ」


 芝居っぽく、自分の鼻を掻いた。


「行くぞ! ミライ」

「うん」


 おれたちは夜狼さんを残して走り出す。


「さあて! あんたたちにはあたしのストレス解消になってもらうよ」


 夜狼さんは両拳を打ち付ける。


 にぃ、と歯をむき出した。




 空間のさらに奥――ガラスに囲まれた部屋があった。


「エメスちゃん!」


 ミライが叫ぶ。


 部屋の中で寝台に寝かされたエメスを見つけた。


 側には研究者とおぼしき2人の男が立っている。


 おれたちはドアを開けて、中に入った。


「なんだ! あんたたちは!」

「それはこっちの台詞だ! エメスに何をするつもりだ」

「エメスちゃんを返して」


 するとおれは気付いた。


 部屋には何体かの人型のゴーレムが、巨大なシリンダーの中に入れられていた。


「やっぱりお前らが、ゴーレム窃盗犯だな」

「ち、違う。誤解だ!」

「何が誤解だ。証拠はここにあるだろう」

「聞いてくれ。私たちはこのゴーレムを作った工房のものだ」

「工房の魔術師でも、一度は人手に渡ったもんを盗んだらダメだろ」

「お願いが頼む。聞いてくれ。この通りだ」


 研究者はいきなり跪いた。

 そして土下座する。


 おれとミライは、顔を見合わせた。




「ゴーレムに不具合が見つかったから、回収してただけだと……?!」


 おれは驚きを通り越し、呆れてしまった。


「それにしたって、ゴーレムを盗むような真似をしなくてもいいだろ。ユーザーにちゃんと説明すれば」


 研究員の2人はしょぼんと肩を落とした。


「それは……。反省している」

「不具合なんて初めてのことで。風聞が怖くて、秘密裏に回収してたんだ」


 そっちの方が大変だと思うんだけどな。


「で――。どんな不具合なんだ」

「我々は主にゴーレムに入れ込む擬似魔術回路を作っている」

「ところが、あるシリアルの回路に、呪唱(キャスト)した術星式が間違っていたことに気付いたんだ」

「だから、どんな不具合なんだよ」

「それが――」


 再び研究員はしょぼんと肩を落とす。


「黙ってたらわからないだろ」

「す、すまん」

「実は――爆発するのだ……」


 はっ?


「起動から36700時間」

「およそ4年3ヶ月経つと、爆発することになっている」

「え? じゃあ、エメスちゃんもいつか爆発するの!」


 2人は神妙な顔で頷いた。


「それって、取り除けるんでしょ! おじさんたち、偉い魔術師なんだから」

「それが――」

「その……」


 研究員は顔を見合わせる。


「術星式を書き換えるのは難しくて」

「疑似魔術回路だけを取り出し、安全な方法で廃棄するしかない」

「回路を取り出したら、どうなるの?」

「あのゴーレムはかなり高度な回路と術星式が組まれているようだが……」

「おそらく今までのように動かなくなるだろう」

「じゃあ、エメスちゃんは……。私の知ってるエメスちゃんじゃなくなるってこと?」


 涙を浮かべる少女に対し、研究員2人はただ黙って頷くしかなかった。


 おれは赤毛の頭をぽんと置く。


 しかし、ミライが泣きやむことはなかった。


「あんたらだな。あの『呪創』を【実在証明の蔵(アカシックレコード)】経由でばらまいたのは」

「ああ。そうだ。……ゴーレムの位置を確認しなければならなかったから」

「そうか。なら――」



 大丈夫だな……。



「へ? どういうこと? カルマ」

「あんたたち、術星式の操作を出来ないけど、見たところこの部屋の装置で見る(ヽヽ)ことぐらいなら出来るんだろ?」


 呪字が張り巡らされた儀場や、そこに繋がれたテレメーターのような機械を指さした。


「だったらもう1度、術星式を確認してみろ」


 研究者の2人は首を傾げたが、作業を始める。


 すると――。


「あ。あれ? 術星式が正常に戻ってる」

「おかしい? 疑似魔術回路のシリアルは合っているのに」

「このゴーレムに組み込まれたものだけ、正常なものだったのか?」

「違うぜ」


 全員の視線がおれに集中する。


「あんたたちの呪創を駆除した時、一緒に正常に戻しておいたんだ。変な術星式だったのはすぐ気付いたしな」


「「な、なんだって!」」


 揃って素っ頓狂な声を上げる。


「カルマ。どういうこと?」

「つまりは、エメスは爆発もしないし、ミライのことを忘れたりなんかもしないってことだ」

「ホント!」


 泣き顔だった少女の顔がみるみる輝いていった。


「ああ。良かったな。ミライ」

「うん」


 もう1度、赤毛の頭を撫でる。

 ミライは大きく頷いた。


 すると――。


 ずさささ、とベッドスライディングするように、研究員2人が寄ってきた。

 頭を床にこすりつけた。


「お願いします」

「どうか? お力を貸してください」


 一瞬、おれはキョトンとしたが、つまりはこういうことだ。


 おれの力を使って、残りのゴーレムの術星式を修理してくれないか。

 そういうお願いだった。


「対象のゴーレムはあと何体あるんだ?」

「我々の疑似魔術回路は特注品で、数はそんなにありません」

「あと100体くらいかと」


 100……。


 それでも多いぞ。


「カルマ……」


 ミライはおれの黒のコートを掴む。

 上目遣いで、無言のお願いをしてきた。


 おれは眼鏡を上げる。


 仕方がねぇなあ。


「いくつか条件がある」

「はい! なんなりと!」

「まず直したゴーレムは責任を持って、ユーザーに返すこと。事情を説明するのも忘れるな」

「もちろんです。それは――」

「2つ目に……。おれが直したことは一切口外しないこと……」

「それは――」

「こっちこっちで事情があってな。……あんまり公にしたくないんだわ。この力」


 おれは手を見る。


 片方は素手。片方には魔法陣が描かれた手袋がはめられている。


 なんでこんなチグハグな事をしているかというと、おれなりの事情があるのだ。


 指で円を作り、研究者たちに向けた。


「んで。3つ目は金だ」

「それは」

「出来る限り……」

「おれが滞納している家賃を払ってくれ」

「それはいかほどで」

「これぐらいだよ」


 とミライは携帯の中にある計算機に打ち込んで、研究員に見せた。


 2人はマジマジと見つめる。


「これでよろしければ」

「うむ。じゃあ――――」


 そして、おれは最後の条件を伝えた。




「エメスちゃーん!」


 おれを引き連れ、買い物から帰ってきたミライは歓喜の声を上げた。


 メゾン・ド・セレマの前で竹箒を握ったゴーレムの少女に抱きつく。


「コンニチハ。ミライ。きょうモげんきデスネ」

「うん。元気だよぉ」


 ミライは顔を近づけ、エメスの頬をスリスリと擦り寄せた。


「ふふん。エメスちゃんのお肌すべすべだよー」

「ミライ、だいたんナノハ たいへんケッコウナノデスガ、ガウス(ヽヽヽ)さまガ コチラヲ ミテイマス」


 なんだよ、その肩こりに聞きそうな言い間違えは!


「大丈夫。私たちはカルマ公認の仲だから」


 白いほっぺにチュッチュしながら、ミライはエメスに甘える。


「ガウスさま」

「だから、誰がガウスだ」

「マタ……。たすケテクダサイ。ミライ ノ あいガ オモイ」

「ははは……。立場が逆転したな」


 おれの最後の条件は、エメスのことを黙っていること。

 そしてメゾン・ド・セレマにエメスを返すことだった。


 そういうわけで、エメスはまたここにいる。


 ミライはエメスが危機にあったことで何かに目覚めたのか、目も当てられないほどスキンシップを繰り返していた。


 正直、将来が心配になるほどだ。


 ほどほどにしておけよ。


「じゃ。ミライ、おれは先に帰ってるぞ」

「ア、マッテ! カルマ(ヽヽヽ)サン、マッテクダサアアアアアイ!」


 ゴーレムの少女の叫びが、魔法陣が浮かぶ夏空に響き渡った。


いつかこの2人で作品書いてみたいと思う所存……。


明日も12時に1本投稿します。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ