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嫌われ家庭教師のチート魔術講座 ~ 前日譚 ~  作者: 延野正行
メゾン・ド・セレマの住人たち
6/13

第5話 ゴーレムメイド エメスちゃん

第5話です。

よろしくお願いします。

 もはやこれは拷問ではなかろうか……。


 おれはだらしくな顎を開け、夏場のアスファルトの上を歩いていた。


 両の手は大量の食材が入った買い物袋で塞がっている。


 前には少女が大手を振って歩いていた。


 体内に冷却機能でもついているのだろう。

 涼しい顔をして、ふんふん鼻歌をうたい、上機嫌だった。


「おい。ミライ……。1つぐらい持ってくれよ」

「ダメ。タダメシ食らいが文句をいわないの!」


 大家の孫ミライはぴしゃりと言い放つ。

 手には食べ終わったアイスの棒を持っていた。


 おれはげんなりしながら、肩を落とす。。


 タダメシを食わせてやる代わりに、スーパーの特売に付き合えという条件を易々と飲んでしまった己を呪った。


「うわぁ……。ねぇ! カルマは今日も魔法陣が綺麗だよ」


 空を指さす。


 おれは顔を上げた。


 夏の青空に、丸や三角、あるい四角。様々な図形と、魔術文字が刻まれた魔法陣が、東から西へと流れていく。


 魔法陣の名前は【実在証明の蔵(アカシックレコード)】と呼ぶ。


 このファンタジーのような光景は、魔術師にしか見えない。

 そして、いまだにその全容がなんであるかはわかっていない。


 1つわかっていることは、あれが巨大な魔術のデータベースだということ。


 魔術回路を介し、術星式というプログラムを書くことによって、魔術師は魔術を発現させている。


「私ね。魔術師になって、一番感動したのは、あの【実在証明の蔵(アカシックレコード)】を初めて見た時なんだ」


 小さな手を大きく伸ばして、ミライは言った。


 同じ思いがおれにもある。


 大空に引かれた青白い図形と文字のコラボレーションは、おそらく世界の何ものよりも美しく見えるからだ。


 空を眺めつつ、おれたちはようやくメゾン・ド・セレマに辿り着く。


「あ! エメスちゃんだ!」


 指さす先には、白いエプロンドレスを着た少女が立っていた。

 竹箒を持ち、アパートの前を掃き掃除している。


 背丈はミライよりも少し大きい程度だろうか。やや光沢感のあるピンクの髪をお下げにし、その頭にはフリルがついたカチューシャが乗っている。エプロンの下は黒のワンピース。純白のニーソと革靴という出で立ちだった。


 ミライの元気な声に反応したエメスは、こちらを向く。


 半目に開いた瞼から、紫色の瞳がのぞいていた。


「コンニチハ。ミライさま」

「こんにちは。エメスちゃん。お掃除いつもありがとう」

「イエ。わたし ハ エメス。メゾン・ド・セレマ ノ メイド デスカラ」

「うんうん。仕事熱心なのはいいことだ。どっかの誰かさんとは大違いだね」


 くるりとおれの方を向く。


 うるせぇ!

 悪かったな。甲斐性がなくて。


「よう。エメス。調子はどうだ?」

「コンニチハ。カオスさま」

「おれの名前はカルマだ! 『カ』しかあってないぞ! どこぞの大魔王か! おれは!!」


 エメスは半目をおれに向ける。

 モーターみたいな耳障りな音を立てた後。


「ハイ。とうろくシマシタ。カオス、さま」


 いやカルマだって!


 とまあ、エメスはちょっと変わったヤツだ。


 何を隠そう……。

 エメスは【自動人形(オートマタ)】もしくは【ゴーレム】といわれる――いわば、魔術で出来たロボットなのだ。


 【ノア】の土木作業の現場で、ゴーレムの活躍を見ることはできるが、あれは単純な命令しか聞くことが出来ない。


 しかし、エメスはかなり複雑なタスクも容易にこなしてしまうほど、高性能なゴーレムだった。


 どうしてそんなゴーレムが、なんの変哲もないアパートにいるかというと、粗大ゴミとして捨てられていたのを、ミライが引き取ったらしい。


 捨て猫じゃあるまいし……。

 一体全体、どうしてエメスみたいなゴーレムが、ゴミとして捨てられていたのかはいまだに謎だ。


「トコロデ、オ2人トモ。オデカケデスカー、レレレのレー」


 箒をさっさと掃きながら、小首を傾げる。


 ぷっとミライが吹きだした。


「あははは……。エメス、面白い! なにそれ」

「ネットじょうほうデス」


 ちなみに趣味はネットサーフィンらしい。


「今、帰ってきたとこだよ」

「ソウデスカ。デハ、オカエリナサイマセ、ご……シュ…………じ……ん、さ」


 突然、エメスは倒れてしまった。




「ちょ、ちょ、ちょっとどうしよう! カルマ!」

「落ち着け。ミライ」


 とりあえずおれは、エメスを自分の部屋に運んだ。


 といっても、何かするわけでもない。


「もしかして、電池とか切れたのかな」

「だから、落ち着けって。エメスはゴーレムだぞ」

「じゃあ、お腹を空いたのかな。……ゴーレムって何食べるの? かすみ?」


 仙人か!


「お前はちょっと静かにしろ!」


 思わず怒鳴ってしまった。


 ミライはシュンとなって、その場に正座する。


 少し可哀想だが、今はこの方がいい。


 ともかくおれは、エメスの前髪を掻き上げた。


 魔術象形(ルーン)がぼんやりと光っている。


 ヘブライ読みで「エメス」。エメスの名前の元となった文字だ。


魔術象形(ルーン)に問題はない」


 ゴーレムはこの文字が消えると機能停止する。

 しかし、特段異常は見当たらない。


 となると……。問題は中身だ。


 カルマはエメスの頭に手を置いた。


 あの時、ミライに『火行』の魔術を教えたように……。


「何をするの、カルマ?」

「ちょっと黙っててくれ」

「むむぅ」


 少女は頬を膨らませるが、無視だ。

 そのまま作業を続ける。


 おれは覗く。


 エメスの思考の黒板を……。


 ゴーレムとはいえ、エメスにも魔術回路というものが存在する。

 それなら、おれの魔術でこちらから操作することが出来る。


 ――はずだった。


 突然、おれの手が弾かれる。


 青白い帯電が光った。

 幸い少し手が痺れた程度で済んだが、操作を中断することになってしまった。


「なるほどな」

「ど、どういうことなの? カルマ!」

「呪創だ」

「じゅそう……?」

「呪いだよ。……まあ、わかりやすく現代風にいうと、コンピューターウィルスみたいなもんだな」

「ウィルス? 病気になったってこと?」

「そんなところだ?」

()るの?」

「ちょっと難しい……」

「じゃあ、お医者さんに連れて行こう」

「ゴーレム専門の医者なんて知ってるのか?」

「タウンページで探せばあるはず」

「おいおい」


 だが、都合良くそんな医者が見つかったところで、エメスを()すのは至難の業だろう。


 それに――。


 はっきり言って、ヤバい……。


 エメスの高スペックぶりは前から気になってはいたが、これほどヤバい代物だとは思わなかった。


 ――ったく。こんなヤバい物を捨てて、素人に拾わせるとは。

 彼女の管理者に、罵倒の1つや2つ言いたくなる。


「ねぇねぇ! じゃあ、エメスはもう一生元に戻らないの?」


 ミライはおれの黒コートを掴む。


 顔を上げると、鼻水を垂らしながら泣いていた。


 おれは「はあ」と息を吐く。

 ポンと赤毛の頭に手を置いた。なでなでしてやる。


「心配するな。言ったろ。ちょっと難しいって。誰も助けられないとはいってない」

「じゃあ、大丈夫なんだ」

「おれの力があればな」

「やったー!」


 ミライは飛び上がって喜んだ。


 ようはその呪創を除去すればいいんだが、これが難しい。


 おれの力を使って、呪創を焼くことは出来るのだが、ちょっと本気を出してしまうと、エメスの魔術回路ごと消滅しかねない。


 回路ともっと高度に結びつくことが出来ればいいのだが……。


「そのためには、強い性感接触が必要だな」

「頭を撫でるだけじゃ。ダメってこと?」

「まあ、そういうことだ」

「ど、どれぐらい?」

「そうだな。キスぐらい?」


 キュー、と音を立て、ミライは顔を真っ赤にした。


 そしてカルマから守るように倒れたエメスを抱きかかえる。


「だ、ダメだよ! エメスはこれでも女の子なんだよ」


 正確にはゴーレムだがな……。


 キッと睨み付けるミライを見ながら、おれは眼鏡を上げた。


「じゃあ、ミライがキスをするか?」

「ほえ?」


 つまり、ミライの魔術回路を通して、おれがエメスの中にある呪創を取り除くというものだ。


「そ、それは――」

「女の子同士なんだから、別に気にすることじゃないだろ」

「た、たとえ女の子同士でも、キスするんだよ」

「じゃあ、エメスは直せないぜ」

「う――」


 ミライはエメスを見つめる。


 紫色の瞳は、瞼によって固く閉ざされていた。


 そして少女は観念する。


「わかった」


 というわけで、ミライがエメスにキスすることにした。


 おれはいつものようにミライの頭に手を置く。


「おーい。どうした?」

「ちょ、ちょっと待ってよ。心の準備が――」


 スーハースーハーと深呼吸を繰り返す。

 手に息を吹きかけ、口臭がないか確かめた。


 なんかキス童貞みたいだ……。


「じゃあ、行くよ」


 ゆっくりとエメスに顔を近づけた。


 少女の唇がわずかに震えている。


 あと数センチの距離というところで、ミライは瞼を閉じた。


 おれはごくりと喉を鳴らす。

 女同士とはいえ、目の前で人がキスするのを見るのは、猛烈に恥ずかしい。


 そして小さな唇同士が重なった。


「そのままだぞ! ミライ!!」


 ミライを介して、エメスの魔術回路に侵入する。


 おれの得意技は、術星式を足したり引いたりすることだけじゃない。


 他人の魔術回路に侵入して、操作することも出来るのだ。


 どっちかといえば、こちらが本当の使い方といえる。


 見えた!


 呪創がみえる。


 アレ?


 おれは一瞬首を傾げる。


 だが、意を決した。


 魔力を上げて、呪創を弾き飛ばした。


「よし! もういいぞ」


 頭から手を離すと、ミライも「ぷわっ!」と、声と頭を上げた。


「よくやったな。ミライ」


 頭ではなく、小さな背中をパンと叩く。


 ミライは少しボーとしていた。

 余韻が残る唇に手を当てる。


 すると、突然あのモーター音のようなノイズが聞こえてくる。


「エメス、きどうシマス」


 おもむろに瞼が持ち上がり、紫色の瞳が輝いた。


「よかった。エメスちゃん、元に戻ったんだね」

「ドウヤラごめいわくヲ、オカケシタ ヨウデスネ」

「覚えてるの?」

「ハ、い。ワタシ ハ トマッテイマシタ ガ、5かんノえいぞうハ、メモリー ニ ノコッテイマス」

「もしかして、私とキスしたのも」

「ハイ」

「うひぃいい! 恥ずかしいよう……」


 ミライは顔を手で覆った。


「ミライ……」

「な、なに?」

「キ、ス、シマショウ」



「「へ?」」



「スゴク……。シビレマシタ。キモチいい」

「いやいや。ちょっと! エメスちゃん! 私たち女の子同士だよ」

「ダイジョウ、ぶ。エメス ハ ゴーレム デス」


 エメスはミライに迫る。


「え、えええええ!」

「マッテ! ミラ イ!」


 ミライは逃げ出した。部屋の外へと出ていく。

 それをエメスが追いかける。


 おれは苦笑を浮かべ、2人を見送った。


 しかし――。


 あの呪創はどっから……。


 窓の外を見る。


 いつの間にか赤くなった空に、【実在証明の蔵(アカシックレコード)】は変わらぬ美しさで、東から西へと流れていた。


本日はこの1本だけになります。


明日の6話は前後編になります。

引き続きエメスのお話です。よろしくお願いします。


明日は12時と21時に投稿予定です。

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