第4話(後編) 獣人“夜狼さん”
お待たせしました。
第4話後編になります。
むむ……。何かおかしい。
頭がボーとする。視界がぼやける。
おれは一瞬、足がもつれた。
「カルマくん、大丈夫?」
まだ昼verの夜狼さんは、暗い路地をふらふらと歩くおれを支えた。
「もう! お酒の匂いだけで酔っぱらっちゃうなんて」
夜狼さんの言うとおりだった。
どうやら、おれはお酒の匂いだけで酔ってしまったらしい。
「すいません。夜狼さん」
「そう殊勝な態度を取られると、私としてイジリがいがないじゃない」
最悪だ。
女性に昼飯を奢らせるより、最悪だ。
ああ、でも……。
こんな時にいうのもあれだが、夜狼さんからいい匂いがする。
そして可愛い。
ふわふわの耳。
ふりふりの尻尾。
触りたい……。
突然、せり上がってきた劣情におれは――――。
「夜狼さん!」
声が響く。
おれじゃない。
暗闇の中から現れたのは、M字禿げの男だった。
痩身で、黒いマントを羽織り、赤いワインのような目を光らせている。
血の気はなく、肌は青白かった。
「その男はなんですか?」
こいつがもしかしてストーカーか!
夜狼さんの気のせいじゃなかったんだ。
「あなた、誰です?」
「覚えていませんか? 一度、クラブでお会いしました」
「…………。すいません。覚えがありません」
「僕は覚えていますよ。……あなたにとっても優しくしてくれた。嬉しかったです。人外のものとして生まれ。蔑まれて続けられてきた僕に、光のように現れたリリス。――しかし!」
M字禿げは、おれを強く睨む。
「なんですか、そいつは!」
「この人は私の恋人です!」
はっきり宣言し、おれを引き寄せた。
なにげにおれの頬に、夜狼さんの巨乳が当たってる。
柔らかひ……。
「何を血迷っているんですか! あなたは?」
「ち、血迷う?」
「そいつは普通の――ただの汚れた魔術師ですよ。そんなヤツが恋人なんてありえない!」
「恋に人種も、国籍も、獣人も、魔術師も関係ありません。血迷っているのは、あなたの方です?」
「ふざけるな! 認めない! 僕は認めないぞ!!」
男は叫びながら、おれたちに向かって突進してきた。
速い――。
さすが獣人だけある。
一気に間合いを詰められた。
先に反応したのは、夜狼さんだ。
支えていたおれを横に突き飛ばす。
酩酊状態で朦朧とする中、夜狼さんと男が組み合うのが見えた。
力は男の方が上だ。
目を血走らせ、夜狼さんの匂いを確かめるように荒く息を吸った。
「あなたは、獣人としての誇りがないの?」
「誇り? そんなもの無意味ですよ。愛の前ではね!!」
夜狼さんを突き飛ばす。
なす術なく、アスファルトに叩きつけられた。
男は尚も襲いかかる。
しかし――。
「なんのつもりですか? 人間風情が」
男の前に立ちふさがったのは、おれだった。
己の黒い目に殺意を込める。
男は「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、半歩さがった。
「聞け。M字禿げ」
「は、はげ」
どん、と胸を叩く。
「夜狼さんは、おれの恋人だ。誰も出だしはさせねぇ」
宣言した。
………………………………………………………………。
静寂――。
「貴様……。もう一度いってみろ」
「ああ。何度も言ってやるよ。夜狼さんはおれの恋人だ」
「か、カルマくん……?」
夜狼さんは少し気恥ずかしそうに声をかける。
尻尾はふりふりと動いていた。
背後で夜狼さんが照れている一方、前方では穏やかではないことが起こっていた。
「――――!」
男の身体から黒い毛が伸び上がる。
鼻と口が突きでると、みるみる獣らしい姿に変わっていった。
背中が盛り上がる。
闇が噴出したかと思うと、バッと広がった。
猛禽の類ではない。
蝙蝠のように禍々しい――翼が道幅一杯に現れた。
「こいつ、吸血鬼かよ!」
映画や小説ではお馴染みの種族。
夜の王……。
翼をはためかせ、吸血鬼は空へと舞い上がる。
そうか。
夜狼さんが視線を感じながら、見つけられなかったのは、こいつがずっと空の上から見ていたからだ。
「殺す……。…………ぶっ殺してやる!!」
男の声が殺意となっておれの耳をつんざいた。
巨大な蝙蝠が急降下してくる。
狙いはおれだ。
「カルマくん!」
「夜狼さんが下がって!」
一歩も動かない。
蝙蝠はかぎ爪を伸ばす。
喉元に向かって、高速に飛来した。
寸前、おれは着ているコートを翻すように振った。
ギィン……。
硬い音が響く。
「――――!」
驚いたのは、吸血鬼の方だった。
完全に喉元を捉えたと思われた一撃は、柔らかなコートに弾かれてしまった。
「なんだ! そのコートは!」
「ああ……。こいつはレア品でな。耐熱、耐水、耐圧、耐斬、耐刺、そして耐魔術……。なんでもござれの最硬度魔術法衣ってヤツさ!」
「まさか! それは――! あのエリート部隊の……」
「さあ、来いよ。蝙蝠野郎。おれが相手してやるぜ!」
「調子に乗るな!」
吸血鬼は旋回する。
すると、おれは迎え撃つ体勢を取った。
が――。
視界が歪む。
やべっ!
酩酊状態であることを忘れていた。
急激に喉の奥から吐き気がこみ上げてくる。
反射的に口を押さえる。
足が震え、立っていられなくなった。
「死ねぇい!!」
吸血鬼の凶爪が迫る。
しま――――。
ギィンンン!!
硬質な音が再び響き渡る。
顔を上げた。
夜狼さんが立っていた。
蝙蝠のかぎ爪を素手で握っている。
血が細い腕を通って、肘から滴っていた。
「夜狼さん!」
「よう! カルマ! 元気かぁ?」
「そのしゃべり方……」
どうやら夜の夜狼さんに変わったらしい。
「すまねぇなあ。昼間のあたしは、どうも荒事は苦手で――よ!!」
爪を掴んだまま、投げ飛ばす。
吸血鬼は慌てて空中で姿勢を整えた。
ダメージは0だが、距離を取ることに成功した。
「だが、もう心配するな。夜のあたしは、メチャ強いぞ」
「人格が変わりましたか。……でも、夜のあなたも最高に素敵ですよ」
「は! 言ってろ、変態吸血鬼。てめぇの口は、処女くせぇんだよ!」
「そういう物言いは嫌いです。夜狼」
「気安く呼ぶんじゃねぇよ!」
「その口の利き方……。改めるように調教して差し上げましょう」
「お前、大口きけるのも今の内だってわかってんのか?」
「はい?」
夜狼さんは手を掲げ、そして指で空を指し示した。
おれと吸血鬼はほぼ同時に顔を上げる。
地球から一番近い位置にある天体が、もっとも美しい姿で輝いていた。
「満月だ……」
吸血鬼は「はっ」と何か気付く。
だが、遅い。
すでにその怒りは頂点に達していた。
振り返れば、夜狼さんの姿がみるみる変わっていく。
美しい女性が――。
しなやかな白狼へと変化していた。
……覚えているのは、ここまでだ。
強い眠気と吐き気を感じつつ、おれは意識を失った……。
どうしてこうなった……。
おれは自分の部屋の畳の上で寝ていた。
目の前には、果実を思わせるような大きな胸がある。
不意に下半身をくすぐるような感覚がして、びくりと仰け反った。
大きくて太い尻尾が、おれの下腹部をまさぐるようにこすりつけていた。
「起きたか?」
「うひゃああ!!」
おれは飛び上がった。
いきなり起き上がったせいで、一瞬立ちくらみをする。
足がふらついた。
「おいおい。まだあんま無理するなよ、カルマ」
心配したのは、夜verの夜狼さんだ。
あれ? しかしなんでおれは部屋に……。
確か、おれ……。夜狼さんとデートを――。
「ったく――。女を1人残して先に寝ちまうなんて、女に奢らせるより最低なヤツだな、カルマは……」
「え? 寝る?」
いや、ちょっと……。
マジかよ!
「あのぅ……。おれ、もしかして……。大人の階段をのぼ……ったのか?」
「激しかったぜ。お前……」
「いっ!」
「きゃはははは! 冗談だよ。なんもしてねぇよ。お前も、あたしもな」
そ、そうか……。
なんかホッとしたような……。ちょっと名残惜しいというか……。
「だが、まあ……。そう――」
“あんときのお前、なかなかカッコよかったぞ、”
「は? あの時?」
「ん……? なんだ、お前。覚えていないのか?」
「いや、クラブに入ったとこまで覚えているけど……」
「はあああああああああああああああ…………」
夜狼さんは盛大にため息を吐いた。
いや、その……。
なんかすまない。
「まあ、いいや」
夜狼さんは背筋を大きく伸ばし、立ち上がった。
「帰って寝るわ」
「あのストーカーは?」
「楽勝だったに決まってるだろ」
「???」
おれは首を傾げるしかない。
夜狼さんはまだ潰れたままのドアを開くと言うよりは、どかした。
生ぬるい夜気が部屋に入り込んでくる。
白い髪と尻尾を揺らした。
「これからも、夜狼さんをよろしくな。昼も夜も含めて、な」
振り返った顔は、ニッと子供のように笑っていた。
「おやすみ、カルマ……」
軽く手を挙げて、夜に消えた。
こうしておれの知らない間に、ストーカー事件は一件落着した。
獣人の夜狼さんいかがだったでしょうか?
明日は1本だけの投稿します。
12時に投稿予定です。
よろしくお願いします。