表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫌われ家庭教師のチート魔術講座 ~ 前日譚 ~  作者: 延野正行
メゾン・ド・セレマの住人たち
5/13

第4話(後編) 獣人“夜狼さん”

お待たせしました。

第4話後編になります。

 むむ……。何かおかしい。



 頭がボーとする。視界がぼやける。


 おれは一瞬、足がもつれた。


「カルマくん、大丈夫?」


 まだ昼verの夜狼さんは、暗い路地をふらふらと歩くおれを支えた。


「もう! お酒の匂いだけで酔っぱらっちゃうなんて」


 夜狼さんの言うとおりだった。

 どうやら、おれはお酒の匂いだけで酔ってしまったらしい。


「すいません。夜狼さん」

「そう殊勝な態度を取られると、私としてイジリがいがないじゃない」


 最悪だ。

 女性に昼飯を奢らせるより、最悪だ。


 ああ、でも……。

 こんな時にいうのもあれだが、夜狼さんからいい匂いがする。


 そして可愛い。


 ふわふわの耳。

 ふりふりの尻尾。


 触りたい……。


 突然、せり上がってきた劣情におれは――――。


「夜狼さん!」


 声が響く。


 おれじゃない。


 暗闇の中から現れたのは、M字禿げの男だった。


 痩身で、黒いマントを羽織り、赤いワインのような目を光らせている。

 血の気はなく、肌は青白かった。


「その男はなんですか?」


 こいつがもしかしてストーカーか!


 夜狼さんの気のせいじゃなかったんだ。


「あなた、誰です?」

「覚えていませんか? 一度、クラブでお会いしました」

「…………。すいません。覚えがありません」

「僕は覚えていますよ。……あなたにとっても優しくしてくれた。嬉しかったです。人外のものとして生まれ。蔑まれて続けられてきた僕に、光のように現れたリリス。――しかし!」


 M字禿げは、おれを強く睨む。


「なんですか、そいつは!」

「この人は私の恋人です!」


 はっきり宣言し、おれを引き寄せた。


 なにげにおれの頬に、夜狼さんの巨乳が当たってる。


 柔らかひ……。


「何を血迷っているんですか! あなたは?」

「ち、血迷う?」

「そいつは普通の――ただの汚れた魔術師ですよ。そんなヤツが恋人なんてありえない!」

「恋に人種も、国籍も、獣人も、魔術師も関係ありません。血迷っているのは、あなたの方です?」

「ふざけるな! 認めない! 僕は認めないぞ!!」


 男は叫びながら、おれたちに向かって突進してきた。


 速い――。


 さすが獣人だけある。

 一気に間合いを詰められた。


 先に反応したのは、夜狼さんだ。


 支えていたおれを横に突き飛ばす。


 酩酊状態で朦朧とする中、夜狼さんと男が組み合うのが見えた。


 力は男の方が上だ。

 目を血走らせ、夜狼さんの匂いを確かめるように荒く息を吸った。


「あなたは、獣人としての誇りがないの?」

「誇り? そんなもの無意味ですよ。愛の前ではね!!」


 夜狼さんを突き飛ばす。


 なす術なく、アスファルトに叩きつけられた。


 男は尚も襲いかかる。


 しかし――。


「なんのつもりですか? 人間風情が」


 男の前に立ちふさがったのは、おれだった。


 己の黒い目に殺意を込める。

 男は「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、半歩さがった。


「聞け。M字禿げ」

「は、はげ」


 どん、と胸を叩く。



「夜狼さんは、おれの恋人だ。誰も出だしはさせねぇ」



 宣言した。


 ………………………………………………………………。


 静寂――。


「貴様……。もう一度いってみろ」

「ああ。何度も言ってやるよ。夜狼さんはおれの恋人だ」

「か、カルマくん……?」


 夜狼さんは少し気恥ずかしそうに声をかける。

 尻尾はふりふりと動いていた。


 背後で夜狼さんが照れている一方、前方では穏やかではないことが起こっていた。


「――――!」


 男の身体から黒い毛が伸び上がる。

 鼻と口が突きでると、みるみる獣らしい姿に変わっていった。


 背中が盛り上がる。

 闇が噴出したかと思うと、バッと広がった。


 猛禽の類ではない。


 蝙蝠のように禍々しい――翼が道幅一杯に現れた。


「こいつ、吸血鬼(ダンピール)かよ!」


 映画や小説ではお馴染みの種族。


 夜の王……。


 翼をはためかせ、吸血鬼は空へと舞い上がる。


 そうか。


 夜狼さんが視線を感じながら、見つけられなかったのは、こいつがずっと空の上から見ていたからだ。


「殺す……。…………ぶっ殺してやる!!」


 男の声が殺意となっておれの耳をつんざいた。


 巨大な蝙蝠が急降下してくる。


 狙いはおれだ。


「カルマくん!」

「夜狼さんが下がって!」


 一歩も動かない。


 蝙蝠はかぎ爪を伸ばす。

 喉元に向かって、高速に飛来した。


 寸前、おれは着ているコートを翻すように振った。


 ギィン……。


 硬い音が響く。


「――――!」


 驚いたのは、吸血鬼の方だった。


 完全に喉元を捉えたと思われた一撃は、柔らかなコートに弾かれてしまった。


「なんだ! そのコートは!」

「ああ……。こいつはレア品でな。耐熱、耐水、耐圧、耐斬、耐刺、そして耐魔術……。なんでもござれの最硬度魔術法衣ってヤツさ!」

「まさか! それは――! あのエリート部隊の……」

「さあ、来いよ。蝙蝠野郎。おれが相手してやるぜ!」

「調子に乗るな!」


 吸血鬼は旋回する。


 すると、おれは迎え撃つ体勢を取った。


 が――。


 視界が歪む。


 やべっ!


 酩酊状態であることを忘れていた。


 急激に喉の奥から吐き気がこみ上げてくる。


 反射的に口を押さえる。

 足が震え、立っていられなくなった。


「死ねぇい!!」


 吸血鬼の凶爪(きょうそう)が迫る。


 しま――――。



 ギィンンン!!



 硬質な音が再び響き渡る。


 顔を上げた。


 夜狼さんが立っていた。

 蝙蝠のかぎ爪を素手で握っている。

 血が細い腕を通って、肘から滴っていた。


「夜狼さん!」

「よう! カルマ! 元気かぁ?」

「そのしゃべり方……」


 どうやら夜の夜狼さんに変わったらしい。


「すまねぇなあ。昼間のあたしは、どうも荒事は苦手で――よ!!」


 爪を掴んだまま、投げ飛ばす。


 吸血鬼は慌てて空中で姿勢を整えた。

 ダメージは0だが、距離を取ることに成功した。


「だが、もう心配するな。夜のあたしは、メチャ強いぞ」

「人格が変わりましたか。……でも、夜のあなたも最高に素敵ですよ」

「は! 言ってろ、変態吸血鬼。てめぇの口は、処女くせぇんだよ!」

「そういう物言いは嫌いです。夜狼」

「気安く呼ぶんじゃねぇよ!」

「その口の利き方……。改めるように調教して差し上げましょう」

「お前、大口きけるのも今の内だってわかってんのか?」

「はい?」


 夜狼さんは手を掲げ、そして指で空を指し示した。


 おれと吸血鬼はほぼ同時に顔を上げる。


 地球から一番近い位置にある天体が、もっとも美しい姿で輝いていた。



「満月だ……」



 吸血鬼は「はっ」と何か気付く。


 だが、遅い。


 すでにその怒りは頂点に達していた。


 振り返れば、夜狼さんの姿がみるみる変わっていく。


 美しい女性が――。


 しなやかな白狼へと変化していた。


 ……覚えているのは、ここまでだ。


 強い眠気と吐き気を感じつつ、おれは意識を失った……。





 どうしてこうなった……。



 おれは自分の部屋の畳の上で寝ていた。


 目の前には、果実を思わせるような大きな胸がある。


 不意に下半身をくすぐるような感覚がして、びくりと仰け反った。


 大きくて太い尻尾が、おれの下腹部をまさぐるようにこすりつけていた。


「起きたか?」

「うひゃああ!!」


 おれは飛び上がった。


 いきなり起き上がったせいで、一瞬立ちくらみをする。

 足がふらついた。


「おいおい。まだあんま無理するなよ、カルマ」


 心配したのは、夜verの夜狼さんだ。


 あれ? しかしなんでおれは部屋に……。

 確か、おれ……。夜狼さんとデートを――。


「ったく――。女を1人残して先に寝ちまうなんて、女に奢らせるより最低なヤツだな、カルマは……」

「え? 寝る?」


 いや、ちょっと……。


 マジかよ!


「あのぅ……。おれ、もしかして……。大人の階段をのぼ……ったのか?」

「激しかったぜ。お前……」

「いっ!」

「きゃはははは! 冗談だよ。なんもしてねぇよ。お前も、あたしもな」


 そ、そうか……。


 なんかホッとしたような……。ちょっと名残惜しいというか……。


「だが、まあ……。そう――」



 “あんときのお前、なかなかカッコよかったぞ、”



「は? あの時?」

「ん……? なんだ、お前。覚えていないのか?」

「いや、クラブに入ったとこまで覚えているけど……」

「はあああああああああああああああ…………」


 夜狼さんは盛大にため息を吐いた。


 いや、その……。


 なんかすまない。


「まあ、いいや」


 夜狼さんは背筋を大きく伸ばし、立ち上がった。


「帰って寝るわ」

「あのストーカーは?」

「楽勝だったに決まってるだろ」

「???」


 おれは首を傾げるしかない。


 夜狼さんはまだ潰れたままのドアを開くと言うよりは、どかした。


 生ぬるい夜気が部屋に入り込んでくる。


 白い髪と尻尾を揺らした。


「これからも、夜狼さんをよろしくな。昼も夜も含めて、な」


 振り返った顔は、ニッと子供のように笑っていた。


「おやすみ、カルマ……」


 軽く手を挙げて、夜に消えた。


 こうしておれの知らない間に、ストーカー事件は一件落着した。


獣人の夜狼さんいかがだったでしょうか?


明日は1本だけの投稿します。


12時に投稿予定です。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ