第4話(前編) 獣人“夜狼さん”
今日もよろしくお願いします。
第4話前編です。
よろしくお願いします。
どうしてこうなった……。
夜中――。
ふと目を覚ますと、女性が寝ていた。
目を丸括弧(←これな)を倒したみたいに伏せ、口からは涎を垂らしている。
羨ましいぐらい幸せそうだ。
そして酒臭い。
おれはとりあえず起きた。
ぼさぼさの髪を掻いて、事態を整理する。
どうやら貞操は守られているらしい。
身体に外傷も、争った形跡もない。
まだ大人の階段を登っていないようだ。
ふっと風が通りすぎていく。
今日はよく吹くな、と思っていたら、ドアが潰れて開けっ放しになっていた。
薄い鉄製の扉で、それなりに頑丈。
なのに、くの字に曲げられ、蝶番の部分が引きちぎられていた。
セストでも襲ってきたのかと思ったが、そうではない。
絶賛、おれの横で寝ている女性には、いくつか特徴がある。
まず白髪。
まあ、これは【ノア】では珍しくない。
魔術師は人種に関係なく、髪や目の色が独特だからだ。
アイボリーのサマージャケットに、ミニスカート。
そこから伸びるスラリと長い足も、扇情的で美しい。
何よりブラウスからはみ出た大きな巨乳がもう――。
あ。失礼。……オホン!
問題なのは――。
白い髪の上に飛び出た獣耳と、スカートの下から出た長い尻尾だ。
コスプレに見えるかもしれないが、どう見ても作り物には見えない。
その証拠に、何か艶っぽいうめき声があるたびに、耳が、尻尾が、動いている。
作為的なものは感じられなかった。
つまり、彼女は獣人ということになる。
「夜狼さん、起きろよ」
「ううむ……。あと5分……」
ベタな寝言が返ってくる。
おれはさらに強く揺り動かす。
「自分の部屋で寝ろよ」
すると、夜狼さんは突然、瞼を上げた。
まだ寝ぼけ眼だが、上半身を起こし、おれを見つめる。
「あ――。カルマだぁ」
「はいはい。カルマですよ。わかったら、部屋へ帰れ」
忠告するが、本人にはその意志は全く感じられない。
くるくる、円を描きながら、身体を動かしている。
「あたしぃ、お前に頼みごとがあったんだよね」
「この状況で頼みごとかよ」
「あんた、最近人助けとかやってるんでしょ、ドラ○もん」
「ドラえ○んっていっちゃったよ」
「あたしの頼みごとも聞いてくれないかなぁ……」
「わかったわかったから。とにかく自分の部屋で寝てくれ」
「ありがとう。カルマぁ」
いきなり抱きついてきた。
お礼のつもりか、犬みたいに首筋を舐めてくる。
酒くせぇ!!
おれは反射的に鼻を摘む。
夜狼さんはそのままおれを押し倒した。
とうとう大人の階段か!
と思いきや――。
「くかー。くかー」
寝息を立てて、また寝始めた。
「まあまああらあら……。ごめんなさいね。カルマくん」
おっとりとした声がおれの部屋に響く。
その声の主は何を隠そう“あの”夜狼さんだ。
メゾン・ド・セレマの住人。
そして見てわかるとおりの――。
狼女……。
獣人化というのも、いわば魔術の産物。
夜狼さんみたい獣人も、【ノア】は受け入れている。
彼女たちのような格段に身体能力が高い存在は、セストと戦う【ノア】にとって、心強い味方なのだ。
「夜の私、何かご迷惑をおかけしなかったかしら?」
見た目は同じだが、夜狼さんは夜と昼で性格が変わる。
獣人の間では、さして珍しいことでもないらしい。
朝までおれをホールドしたまま寝られてしまって、迷惑の何者でもないが、どうもおれは昼の夜狼さんに強く出られないのだ。
「そういえば、頼みごとがあるとかないとかいってたけど」
「ああ……」
「心当たりがあるんだな」
「ええっと……。その……。実は――――」
夜狼さんはぼそりと呟いた。
「ストーカー……」
気の毒ではあるが、おれはあまり驚かなかった。
夜の夜狼さんは粗野だが、昼の夜狼さんはおっとりとしているが、どこか深窓の令嬢然としていて気品がある。
そういう輩に付け狙われるのは、頷ける話だ。
「なんとなくなんだけど、視線を感じるのよ」
少し首を傾げ気味にポーズを取る。
獣の勘は鋭い。
なんとなくとはいうが、100%決まったようなものではないだろうか。
「この前も家の前にドライボーンとか置かれてたの」
「結構、失礼なヤツだな」
「いただいたけど」
「ストーカーからもらったものをもらうのよ」
「だって、自分でペットショップとか買うの。凄く勇気がいるのよ、アレ」
獣人がペットショップで犬用のおやつとか買ってるとか、そりゃあ白い目で見られるわな。
「カルマくん。私からもお願い。ストーカーをなんとかして」
「なんとかしてっていわれても……。どうやって――」
「大丈夫。秘策があるから」
エッヘン、という感じで、大きな胸を揺らすのだった。
「ダーリン、待ったぁ」
は~い、ハニー。今、来たとこだよぉ。
なんて、声はかけず、おれは待ち合わせの時計塔の前で小さく手を振った。
「はは……」
と苦笑しながら。
待ち合わせ時間ぴったりにやってきた夜狼さんは、ナチュラルにおれの腕を取る。大きな胸に引き寄せた。
当たってる当たってる。
柔らかくかつ弾力あるものが当たってる!
しかも凄い甘い香り。
白のブラウスに、水色のフレアスカートもよく似合っていた。
対しておれは黒いコート姿だ。
クソ暑いことこの上ないが、これしか着る物を持っていないのだから仕方がない。
「どうぉ? ダーリン。今日の私の格好?」
「えっと……。いいじゃないか?」
「チチチチ……。ダメでしょ、カルマくん。もっと恋人らしくして」
「は、はあ……」
と言われてもなあ……。
夜狼さんが提案した秘策。
――ズバリ!
デートしているところをストーカーに見せつけて、最後にカルマに恋人宣言してもらう!
というベタな方法だった。
しかも、なんか不安だ……。
「じゃあ、もう1回。……どうぉ? ダーリン。今日の私の格好?」
「ス、スゴク。ニニニ、ニアッテイルゾ」
ああ……。歯が浮く。
「じゃあ、どこ行こうか? ダーリン」
待ってました、その質問!
途端、やる気が漲ってきた。
光の速さで挙手する。
「はい! ダーリンは回転寿司に行きたいです!」
「………………」
ん? なんだ、この間……。
「まあ、そうね。腹が減ってはデートは出来ないっていうし」
この後、おれはめちゃくちゃ食べた。
もちろん、払いは夜狼さんだ。
最低だな、おれ……。
けど、満足!
その後、とにかくおれたちは恋人らしい振る舞いを続けた。
夜狼さんの買い物に付き合ったり、カフェでお茶したり、観覧車に乗って夕日を眺めたりと色々……。
あ。ペットショップとかも行ったぞ。ドライボーン買いに。
考えられる限りのイベントをぶち込み、おれたちが最後にやってきたのが、獣人専門のクラブだ。
クラブと聞くといかがわしいイメージがあるが、獣人限定の社交場という趣きでかなり健全に経営している。
そして、その経営者が、夜狼さんだ。
「今日はありがとね。カルマくん」
チン、小さく甲高い音が鳴る。
おれと夜狼さんはマティーニグラスを掲げて、乾杯した。
ちなみに夜狼さんはカクテルだが、おれのは普通のオレンジジュースだ。
白い耳が、ほんのりと赤くなり、尻尾をパタパタ動かしている。
「でも、結局ストーカーらしき人間を見つけられなかったな」
「やっぱり気のせいだったのかしら。ふわ……」
欠伸する。
「そろそろ裏の夜狼さんが出てきそうですか?」
「そうね」
昼と夜の夜狼さんが出てくる境目は割と曖昧らしい。
すでに午後7時を回っているが、おれの前にいるのは昼の夜狼さんだ。
「帰りますか?」
「あら。もしかしてホテル? 送り狼ね、カルマくんは」
「メゾン・ド・セレマにですよ。そして狼はあなたの方です」
「お言葉に甘えようかしら。ここにいたら、夜の私がまた店のお酒を飲んじゃうかもだし。……カルマくんに何するかわからないし」
「早速でましょう」
おれは即座に立ち上がる。
夜狼さんは穏やかに笑って。
「別に私はいいのに」
マティーニを空にした。
第4話後編は21時に投稿予定です。
ちなみに担当さんのお気に入りは夜狼さんです(さらっと内部情報)