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嫌われ家庭教師のチート魔術講座 ~ 前日譚 ~  作者: 延野正行
メゾン・ド・セレマの住人たち
4/13

第4話(前編) 獣人“夜狼さん”

今日もよろしくお願いします。


第4話前編です。

よろしくお願いします。

 どうしてこうなった……。



 夜中――。


 ふと目を覚ますと、女性が寝ていた。


 目を丸括弧(←これな)を倒したみたいに伏せ、口からは涎を垂らしている。

 羨ましいぐらい幸せそうだ。


 そして酒臭い。


 おれはとりあえず起きた。

 ぼさぼさの髪を掻いて、事態を整理する。


 どうやら貞操は守られているらしい。

 身体に外傷も、争った形跡もない。


 まだ大人の階段を登っていないようだ。


 ふっと風が通りすぎていく。


 今日はよく吹くな、と思っていたら、ドアが潰れて開けっ放しになっていた。


 薄い鉄製の扉で、それなりに頑丈。


 なのに、くの字に曲げられ、蝶番の部分が引きちぎられていた。


 セストでも襲ってきたのかと思ったが、そうではない。


 絶賛、おれの横で寝ている女性には、いくつか特徴がある。


 まず白髪。

 まあ、これは【ノア】では珍しくない。

 魔術師は人種に関係なく、髪や目の色が独特だからだ。


 アイボリーのサマージャケットに、ミニスカート。

 そこから伸びるスラリと長い足も、扇情的で美しい。


 何よりブラウスからはみ出た大きな巨乳がもう――。


 あ。失礼。……オホン!


 問題なのは――。


 白い髪の上に飛び出た獣耳と、スカートの下から出た長い尻尾だ。


 コスプレに見えるかもしれないが、どう見ても作り物には見えない。

 その証拠に、何か艶っぽいうめき声があるたびに、耳が、尻尾が、動いている。


 作為的なものは感じられなかった。


 つまり、彼女は獣人ということになる。


夜狼(やろ)さん、起きろよ」

「ううむ……。あと5分……」


 ベタな寝言が返ってくる。


 おれはさらに強く揺り動かす。


「自分の部屋で寝ろよ」


 すると、夜狼さんは突然、瞼を上げた。


 まだ寝ぼけ眼だが、上半身を起こし、おれを見つめる。


「あ――。カルマだぁ」

「はいはい。カルマですよ。わかったら、部屋へ帰れ」


 忠告するが、本人にはその意志は全く感じられない。


 くるくる、円を描きながら、身体を動かしている。


「あたしぃ、お前に頼みごとがあったんだよね」

「この状況で頼みごとかよ」

「あんた、最近人助けとかやってるんでしょ、ドラ○もん」

「ドラえ○んっていっちゃったよ」

「あたしの頼みごとも聞いてくれないかなぁ……」

「わかったわかったから。とにかく自分の部屋で寝てくれ」

「ありがとう。カルマぁ」


 いきなり抱きついてきた。


 お礼のつもりか、犬みたいに首筋を舐めてくる。


 酒くせぇ!!


 おれは反射的に鼻を摘む。


 夜狼さんはそのままおれを押し倒した。


 とうとう大人の階段か!


 と思いきや――。


「くかー。くかー」


 寝息を立てて、また寝始めた。




「まあまああらあら……。ごめんなさいね。カルマくん」


 おっとりとした声がおれの部屋に響く。


 その声の主は何を隠そう“あの”夜狼さんだ。


 メゾン・ド・セレマの住人。

 そして見てわかるとおりの――。


 狼女……。


 獣人化というのも、いわば魔術の産物。

 夜狼さんみたい獣人も、【ノア】は受け入れている。


 彼女たちのような格段に身体能力が高い存在は、セストと戦う【ノア】にとって、心強い味方なのだ。


「夜の私、何かご迷惑をおかけしなかったかしら?」


 見た目は同じだが、夜狼さんは夜と昼で性格が変わる。

 獣人の間では、さして珍しいことでもないらしい。


 朝までおれをホールドしたまま寝られてしまって、迷惑の何者でもないが、どうもおれは昼の夜狼さんに強く出られないのだ。


「そういえば、頼みごとがあるとかないとかいってたけど」

「ああ……」

「心当たりがあるんだな」

「ええっと……。その……。実は――――」


 夜狼さんはぼそりと呟いた。



「ストーカー……」



 気の毒ではあるが、おれはあまり驚かなかった。


 夜の夜狼さんは粗野だが、昼の夜狼さんはおっとりとしているが、どこか深窓の令嬢然としていて気品がある。


 そういう輩に付け狙われるのは、頷ける話だ。


「なんとなくなんだけど、視線を感じるのよ」


 少し首を傾げ気味にポーズを取る。


 獣の勘は鋭い。

 なんとなくとはいうが、100%決まったようなものではないだろうか。


「この前も家の前にドライボーンとか置かれてたの」

「結構、失礼なヤツだな」

「いただいたけど」

「ストーカーからもらったものをもらうのよ」

「だって、自分でペットショップとか買うの。凄く勇気がいるのよ、アレ」


 獣人がペットショップで犬用のおやつとか買ってるとか、そりゃあ白い目で見られるわな。


「カルマくん。私からもお願い。ストーカーをなんとかして」

「なんとかしてっていわれても……。どうやって――」

「大丈夫。秘策があるから」


 エッヘン、という感じで、大きな胸を揺らすのだった。




「ダーリン、待ったぁ」


 は~い、ハニー。今、来たとこだよぉ。


 なんて、声はかけず、おれは待ち合わせの時計塔の前で小さく手を振った。


「はは……」


 と苦笑しながら。


 待ち合わせ時間ぴったりにやってきた夜狼さんは、ナチュラルにおれの腕を取る。大きな胸に引き寄せた。


 当たってる当たってる。

 柔らかくかつ弾力あるものが当たってる!


 しかも凄い甘い香り。

 白のブラウスに、水色のフレアスカートもよく似合っていた。


 対しておれは黒いコート姿だ。

 クソ暑いことこの上ないが、これしか着る物を持っていないのだから仕方がない。


「どうぉ? ダーリン。今日の私の格好?」

「えっと……。いいじゃないか?」

「チチチチ……。ダメでしょ、カルマくん。もっと恋人らしくして」

「は、はあ……」


 と言われてもなあ……。


 夜狼さんが提案した秘策。


 ――ズバリ!


 デートしているところをストーカーに見せつけて、最後にカルマに恋人宣言してもらう!


 というベタな方法だった。

 しかも、なんか不安だ……。


「じゃあ、もう1回。……どうぉ? ダーリン。今日の私の格好?」

「ス、スゴク。ニニニ、ニアッテイルゾ」


 ああ……。歯が浮く。


「じゃあ、どこ行こうか? ダーリン」


 待ってました、その質問!


 途端、やる気が漲ってきた。


 光の速さで挙手する。


「はい! ダーリンは回転寿司に行きたいです!」


「………………」


 ん? なんだ、この間……。


「まあ、そうね。腹が減ってはデートは出来ないっていうし」


 この後、おれはめちゃくちゃ食べた。


 もちろん、払いは夜狼さんだ。


 最低だな、おれ……。


 けど、満足!




 その後、とにかくおれたちは恋人らしい振る舞いを続けた。


 夜狼さんの買い物に付き合ったり、カフェでお茶したり、観覧車に乗って夕日を眺めたりと色々……。


 あ。ペットショップとかも行ったぞ。ドライボーン買いに。


 考えられる限りのイベントをぶち込み、おれたちが最後にやってきたのが、獣人専門のクラブだ。


 クラブと聞くといかがわしいイメージがあるが、獣人限定の社交場という趣きでかなり健全に経営している。


 そして、その経営者が、夜狼さんだ。


「今日はありがとね。カルマくん」


 チン、小さく甲高い音が鳴る。


 おれと夜狼さんはマティーニグラスを掲げて、乾杯した。


 ちなみに夜狼さんはカクテルだが、おれのは普通のオレンジジュースだ。


 白い耳が、ほんのりと赤くなり、尻尾をパタパタ動かしている。


「でも、結局ストーカーらしき人間を見つけられなかったな」

「やっぱり気のせいだったのかしら。ふわ……」


 欠伸する。


「そろそろ裏の夜狼さんが出てきそうですか?」

「そうね」


 昼と夜の夜狼さんが出てくる境目は割と曖昧らしい。

 すでに午後7時を回っているが、おれの前にいるのは昼の夜狼さんだ。


「帰りますか?」

「あら。もしかしてホテル? 送り狼ね、カルマくんは」

「メゾン・ド・セレマにですよ。そして狼はあなたの方です」

「お言葉に甘えようかしら。ここにいたら、夜の私がまた店のお酒を飲んじゃうかもだし。……カルマくんに何するかわからないし」

「早速でましょう」


 おれは即座に立ち上がる。


 夜狼さんは穏やかに笑って。


「別に私はいいのに」


 マティーニを空にした。


第4話後編は21時に投稿予定です。


ちなみに担当さんのお気に入りは夜狼さんです(さらっと内部情報)


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