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嫌われ家庭教師のチート魔術講座 ~ 前日譚 ~  作者: 延野正行
メゾン・ド・セレマの住人たち
3/13

第3話 地獄からやってきた小説家

本日ラストです。

よろしくお願いします。

 はら、へった~~。



 おれは心の中で呟いた。


 喋ったら、余計にエネルギーを使う。そうすれば、腹が減る。

 そんな悪循環だと、つい今し方気付いた。


 なのに、畳の上で寝そべっているだけなのに、ガリガリと塩分と水分が削られていっているのを感じる。


 しかし、お金のないおれは、夏の陽の光にさらされるしかなかった。


 ……ああ、あたまがぼうっとしてきた。


 そういえば、考えるのもエネルギーを使うのだった。


 無心になれ、おれ……。


「無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心……」


 おれは蝉みたいに「無心」と言い続けた。


 あっ…………。


 今度は喋ってしまった。


 なら、今度は頭の中で言い続けよう。


 ――以下、ループ。




 気が付けば、おれは寝ていたらしい。


 鼻先にかかる風が、昼間よりも幾分涼しく感じる。

 といっても、気休め程度だが……。


 ゆるゆると瞼を開ける。


 起きたところで、おれは何もしない。

 畳から上半身を離す予定すらもない。


 しかし、おれの視界には、月明かりに照らされた女の青白い顔が映っていた。


 真っ黒い髪を闇のオーラみたいに広がり、ほっそりとした手足は幽霊のようだった。フリルがやたらがついたワンピースを着て、黄土色の瞳をおれに投げかけている。


 ああ……。


 なんとなくわかった。


 こいつは死神だ……。

 きっと、おれはもうすぐ死ぬのだろう。 


 短くも太い人生だった。

 願わくば、次は普通の人間として生まれ変わって、クーラーが利いた部屋で、ゲームとかしていたい。


「さあ、死神さんよ。ひと思いにやってくれ」


 もはや喋ることに躊躇はない。


 すると、死神が動いた。

 鎌でも振り上げるのかと思いきや、取り出したのは20センチ四方のブリキ缶。周りには如何にも高級然とした模様が描かれている。


 高級デパートで売ってる菓子缶みたいな箱だ。


 パカ、と開く。

 お菓子の甘い匂いが漂ってきた。


 途端――。


 ぐぎゅるるるるぅううぅ……。


 お腹の虫が鳴った。


 死にかけだったおれの口内は、唾液でベトベトだ。


 死神は缶の中を漁る。

 取り出しのは――。


 クッキーだ!!


 おれはガバッと上半身を起こした。

 血走った眼で、チョコチップがついたクッキーを見つめる。


 死神はおれの前でゆらゆらと揺らす。


 もはや死神であるかなど、この際どうでもいい。


 目の前に食べ物がある。


 おれの頭の中は、それで容量が限界だった。


 死神は腕を振って、クッキーを放り投げる。

 犬にソーサーを投げる感じで。


「わおん!」


 おれは走った。

 犬みたいに。


 空中でキャッチ。

 そのままカリカリと小さくかみ砕きながら、咀嚼した。


 うめぇ……。


 涙が出そうだ。


 丁寧に食べたつもりだったが、一瞬でなくなってしまった。


「はあ……。良かった」


 突然、死神が口を開く。

 薄い胸に手を置いた。


 死神の姿はいない。

 視界には黒いドレスを着た妙齢の女性が、正座して座っていた。


「あれ? セツナ先生?」


 おれは犬が首を傾げるみたいに、顔を横に倒した。




 964号室。

 四宝院セツナは、ラノベ作家――いわば、小説家だ。


 お隣の日本では、かなりの売れっ子で、有名な作家らしい。


 で――。


 なんで、そんな人がいるか。


 本人曰く――。


『出版社から逃げてきたの』


 原稿を催促してくる出版社に嫌気がさして、逃げてきたらしい。


 しかも、逃亡先に選んだのが魔術師の国【ノア】。


 出版社から逃げたいがために、魔術師の適性試験を受け、さらに通ってしまうという――遺伝レベルの執念に、尊崇の念すら抱いてしまう。


 だが、時代はネットとスマホの時代。


 その現状は、魔術師が謳歌する【ノア】でも変わらない。


 結局、出版社から逃げることは出来なかった。


 その証拠に、今おれの目の前で、かかってきた電話に応対している。

 いっそ電話を捨てればいいのに、と思うのだが、いい意味で悪い意味でも、優しい先生なのだろう。


「はい。絶対に間に合わせますから。では――」


 とガラケーを閉じた。

 おれに向き直る。


「大丈夫か、セツナ先生」

「ええ……。大丈夫。あなたのために5分確保したわ」


 その語尾に「あなたは逃げるのよ」と台詞が差し込められれば、完全にスパイ映画だ。

 真剣な表情でいうから、なおさら雰囲気が出ている。


「おれになんか用か?」


 菓子缶に熱視線を送りながら、おれは尋ねた。


「カルマちゃんにお願いがあるの」

「なんだよ。改まって……」

「これ」


 青白い手とともに、1枚の紙が差し出される。


 如何にもお役所的な書類。

 「更新審査のお知らせ」と書かれていた。


 魔術家系でもない、適性試験をパスして、外から移住してきた20歳以上の成人には、3年に1度――更新審査を受けることが義務付けられている。


審査内容は2つあり、魔術研究に関する論文もしくは魔術の修得具合を披露するというもの。その内容によって、【ノア】に住めるかどうか決められる。


「おいおい、セツナ先生。……もう明後日じゃないか、審査」

「そうなの。ついさっき、原稿の山から見つけて」

「…………。だから、たまには掃除しろっていっただろ」


 セツナ先生は、いまだに原稿用紙で入稿している。

 部屋には大量のボツ原稿が床に打ち捨てられ、足の踏み場もない。


 定期的に掃除しないと、ドアの隙間から原稿が見えるぐらいひどい状態になり、ミライとおれでたまに掃除している。


「このままじゃ。地獄(にほん)に強制送還させられる」

「地獄ってそんな大げさな……」

「帰ったら、脂ぎった編集部員にリョナられるのよ、きっと……」

「リョ、リョナ?」

「お願い、カルマちゃん! なんとかして!」

「なんとかって――」

「お菓子、あげるから」

「おう! おれに任せろ、先生」


 0.1秒後には、おれは自分の胸を叩いていた。




「次は山田花子さん」


 学校の体育館よりも広い大きめの施設に、審査官の声が鳴り響く。


 進み出たのは、四宝院セツナ先生だった。


 おれは先生の本名に驚きながら、後に続く。


 芸能的というか前時代的というかギョウ虫検査というか。


 失笑を禁じ得ない本名を大きな声で呼ばれても、セツナ先生は動じていない。


 むしろ緊張しすぎて、顔がカチコチになっていた。


「ん? あなたは?」


 審査官は、所定位置についたセツナ先生と共に現れたおれを見て、怪訝な顔を浮かべる。


「つ、付き添い人です。……この人、昨日階段から落ちちゃって。支えておいてあげないと、立ってられないんですよ」


 審査官は目を細める。

 明らかに疑っていた。


 おれはスマイルで逃げ切ろうとした。


「いいでしょう。はじめて下さい」


 ほっと胸をなで下ろす。


「先生、一応おれが渡した魔術書は読んできたな」

「ええ……。凄くネタに困っていたから、助かったわ」

「いやいや。小説のネタ提供で渡したんじゃないから」


 パンと肩にツッコミをいれる。


「ともかく覚えておくようにいっておいた術星式を思い浮かべるんだ。フォローはおれがするから」

「わかったわ」


 目を閉じ、集中する。


 おれもセツナ先生の頭に手を置く。少々ゴワッとした髪だ。


 思考の黒板を覗く。


 おお……。


 思わず心の中で声を上げた。


 時間がなかったのに、セツナ先生は――完全とはいかないまでも――術星式をイメージ出来ていた。


 これなら……。


 おれはそこに足りない魔術象形(ルーン)を足していく。


 Ï(エオ)――「樹木」の象形。

 (ニィド)――「強制」の象形。

 (マナズ)――「連結」の象形。


「よし! 先生!」


 【木呪束縛(クラシック・バインド)】!


 セツナ先生は手を掲げて唱えた。


 建物の床をぶち抜き、無数の太い枝が伸び上がる。


 それは近くにあった椅子に絡まり、縛った。


 よし!


 おれは心の中でガッツポーズを取る。


 セツナ先生もようやく緊張がほぐれてきたのか、ほうと息を吐き出した。


 審査官はじっとこちらを見つめた後、「次の試技を」と促す。


 おれたちは、次の「木行」の2級魔術を成功させた。


 先生とハイタッチでもしたいところだが、次は最難関の3級魔術。


 幼い頃から英才教育を施された魔術家系の人間でも、修得は難しい。


「落ち着いてやれば出来るからな、先生」


 と声をかける。


 セツナ先生はうんと力強く頷いた。


「あの……。あなた――」


 突然、審査官が声をかけてきた。


「先ほどから施術者の頭に手を置いているようですが、何か不正でもしているのではないですか?」


 ギクッ!


「立っていることが出来ないなら、椅子に座ってもらっても結構ですから。あなたは施術者から離れてください」

「いや、彼女はその――。座っては……」

「何か問題でも――」


 鋭い眼光を飛ばしてくる。


 怖ひ……。


「仕方ねぇ、先生。とりあえず、術星式をイメージだ。先生なら出来る」

「わ、わかったわ。ここまで来たんだもの。地獄の釜に飛び込むつもりで」


 地獄が好きだな、先生……。


 セツナ先生は用意された椅子に座った。


 おれは大人しく離れる。


 非常にまずい。


 激励はしたものの、おれは半分諦めていた。


 生粋の魔術師が数年要して覚える魔術だ。


 一昨日、セツナ先生は初めて魔術書に触れた。

 そんな人間が再現できる確率は低い。


 どうにかしてやりたい、と頭を働かせたが、さすがのおれもどうしようもなかった。


 すまない。先生。


 ……大人しく日本に帰ってくれ。


 すると――。


 【強襲炎弾(ブラスト・バレット)】!


 高らかに唱えた。


 「火行」の3級魔術。


 セツナ先生の周りに無数の炎弾が浮かび上がる。


 そして矢を射るように手を掲げ、火の弾を放った。


 分厚い金属の壁に、炎が殺到する。


 耳をつんざくような爆発音が、室内に広がった。

 他の場所で試技をしていた魔術師たちが、一斉にこちらを向く。


 火は他の魔術師によってすぐ消し止められた。

 煙とともに現れたのは、黒こげになった無惨な壁の姿だ。


「お、お見事……」


 試験管は目を丸くしながら、思わずペンを取り落とした。


 すげぇ……。




 メゾン・ド・セレマに戻ったおれは、ミライとともにセツナ先生の部屋へと向かっていた。


「セツナ先生、凄いね! 勉強してなかったのに審査に受かっちゃうなんて」

「先生って、本気で魔術師の勉強すれば、かなりの使い手になるかもな」


 天才というなら、まさにセツナ先生みたいな存在かもしれない。

 そもそも適性試験にパスして、【ノア】に入ってきたのだ。

 才能があってしかるべきかもしれない。


 ミライは意気揚々とセツナ先生の部屋をノックした。


 しかし、返事はない。


「留守か?」

「ううん。この時間が絶対に家にいるはずだよ。開けてみよう」

「ミライ……。人にはプライバシーってものがあるんだから、なんでもかんでも合い鍵で開けるもんじゃないぞ」


 忠告を余所に、ミライは鍵を開ける。


 その横で、おれはドアからはみ出る原稿用紙を見つけた。


「ミライ、開けるな!」

「え?」


 遅かった。


 ドアを開けた瞬間――。

 大量の原稿用紙が雪崩のようにおれたちに迫り、飲み込んだ。


「もう! またなの、先生!」


 ミライは口にまで入ってきたボツ原稿を吐き出しながら、喚く。

 おれも眉間にシワを寄せた。


 紙の山の中から、もう1人の顔が現れる。


「あら。ミライちゃんに、カルマちゃん。こんなところで何をしているの?」

「夏なのに、雪崩の被害にあってるとこだ」


 おれは口をひくひくさせながら、現れたセツナ先生を睨む。


「あら。ごめんなさいね」

「だから、たまには掃除しろって」

「そんな暇なくて……。カルマちゃん、またお願いできる」

「自分でやれよ」

「水羊羹……。食べる?」

「おれに任せろ!」


 0.1秒後に、おれは胸を叩いた。

今でも原稿用紙で入稿って許されるのか、とふと思った新人ライトノベル作家の

作品はこちらになります。


明日は2本投稿予定です。

第4話(前編)12時に投稿です。

よろしくお願いします。

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