第1話 鍵宮カルマの華麗なるニート生活(嘘)
初めましての方は初めまして。
そうでない方は、いつもありがとうございます。
延野 正行です。
今日から1週間ほどですが、
『嫌われ家庭教師のチート魔術講座 前日譚 ~ メゾン・ド・セレマの住人たち ~』を
お送りさせていただきます。
短い間ではありますが、よろしくお付き合いください。
おれの部屋をノックするヤツに、ろくな人間はいない。
新聞の勧誘ならまだいい。
コンコン……。
よくわからない魔術結社の勧誘もまあまあだ。
カンカン……。
ただし――。
ガン! ガン!!
鍵宮カルマに金を払えといってくるのは、正直最悪だ。
「カルマぁ! いるんでしょ! 居留守使うなー!!」
外から聞こえてくるのは、いかにも借金取り然とした野太い声ではない。
可愛らしい少女の声だった。
おそらく外にいるのは綾篠ミライ。
おれが寝泊まりしているメゾン・ド・セレマの大家――綾篠ハマノの孫だ。
彼女の目的は1つ。
おれが滞納している家賃を、祖母のハマノに代わって徴収しにきたのだろう。
確かまだ13歳。
ご近所の魔術家系の奥様方からは、しっかりものとして認められているらしいが、メゾン・ド・セレマの住人を代表していえば、小さな悪魔である。
ドアを叩く音から逃げるように、寝袋のジッパーを最大まで引き上げた。
冬に粗大ゴミに捨てられていたのを拾った唯一の相棒。
不満をいえば、少々臭うということだろう。
物持ちが少ないおれの部屋には、机と座布団。他に台所に食器ぐらい。
あとは壁と天井、今まさにミライがブッ叩いてるドアといったところだろう。
何もないように見えるだろうが、必要最低限のものしかないと思ってくれ。
欲を言えば、テレビ、冷蔵庫、電子レンジ――昭和の三種の神器と、古くてもいいからゲーム機がほしい……。
ガンガンガンガンガンガンガンガンガン!
あー、うるさい。
早く帰れよ、寝れないだろ……。
起きてると余計なエネルギー使って、腹が減るんだよ。
ドアを叩く音とおれの腹の虫のコラボレーションをどうか止めてほしい。
不意に音が止む。
ようやく諦めたか。
が――。
かちゃり……。
鍵が開いた。
「忘れてた。おばあちゃんから、合い鍵もらってたんだった」
何食わぬ顔でミライは、おれの部屋に侵入してきた。
その時のおれのは、さぞかしビミョーな顔をしていただろう。
「やっぱりいた!」
ミライは寝袋に手をかけ、背を向けたおれを自分の方へと返した。
視界に小さな女の子のあんよが映る。
色素の薄い赤毛。コロコロとした丸い輪郭の顔。
薄い赤毛を2つに束ねた髪は、思わず掴み取りたくなる。
健康的に焼けた肌に、ピンクのキャミソールとデニムのホットパンツという取り合わせは、アクティブなイメージのミライにはぴったりあっていた。
そんな大家の孫を前にして、おれは。
「くかー」
狸ね――。
「なに狸寝入りしようとしているの。さっき瞼が開いてたでしょ!」
チッ!
おれは観念して、寝袋から出た。
外はもう初夏。
青空が広がり、窓から射しこむ日差しも強い。
はっきり言って、寝袋の中は暑かった。
「で――。なんか用か? 家賃なら払わんぞ」
「大家の孫に向かって、堂々と滞納宣言するな!!」
「仕方ないだろ。金がない」
「働けよ、このヒキニート!」
「ヒキニートいうな。……心配するな。もうすぐおれは大金を手にすることになる」
おれは鼻を鳴らして、ふんぞり返った。
そう秘策がある。
おれはちょっと前に飲み屋で知り合った人間と意気投合した。
有名な投資家だというそいつは「俺にお金を預ければ、10倍にして返してやる」といってきた。
当然、おれは全財産を預けた。
それが3ヶ月前のこと。
おれは今も手ぐすねを引いて待っている。
300万が、3000万になって返ってくる。
楽しみで仕方がない。
「それよりも今日は家賃のことじゃないの」
「?」
「おばあちゃんが大変なの!」
おれは「またか……」と鼻にかかった眼鏡を押し上げた。
メゾン・ド・セレマは2階5室の小さなアパート。
ミライは、2階の部屋にハマノばあさんと一緒に住んでいる。
大家の部屋は2室ぶんを使っていて、広い。
リビングに寝室。ミライ用の勉強部屋まである。
しかし、来た人間を圧倒的に驚かせるのが、「竈」だ。
何を言っているのかわからないだろうが、炊飯器が当たり前の世の中にあって、いまだにハマノばあさんは、竈で飯炊きからロシア料理まで作る。
並々ならぬ竈へのこだわりがあるのだ。
昔「かまどの魔女」なんて呼ばれていたそうだから、何か関係があるのかもしれない。
こういうと、昔は相当優秀な魔術師だったと思われるだろう。
だが、今は――。
「わしゃ、今日メシぃを炊いたかのぅ……」
3歩あるくだけで忘れてしまうほど、ボケていた。
「おばあちゃん、今からご飯炊くんでしょ」
ミライが激励するような、もしくは叱りつけるような口調で、自分の祖母に言った。
ハマノは白髪に手を置き、つぶらな緑の瞳をパチパチと瞬きした後。
「おお! そうじゃったそうじゃった」
けけけ、と何故か笑い出して、竈に向かう。
1歩……。
2歩……。
3歩……。
「わしゃ、今日メシぃ炊いたかのぅ……」
ダメだ、こりゃ。
2つに束ねた髪を揺らし、ミライは振り返る。
「こんな感じなの、カルマ。助けてよ」
「感じって、いつものことじゃねぇか」
「おばあちゃん、また火の魔術を忘れちゃって……」
「またかよ。2日前もそう言ってたぞ」
「仕方ないでしょ。ボケちゃってるんだから」
魔術師の間で、【魔女】といわれるのは並大抵なことではない。
少なくとも数千数百の魔術を扱えて、ようやくといったところだ。
だが、ご覧の通りハマノは、ほとんどの魔術を忘れていた。
「これじゃあ、今日のご飯が炊けないよ」
「マッチでもライターでも点ければいいじゃん」
幸いにして、竈と飯炊きの準備は出来ている。
けれど――。
「何を言うとるかぁ、若造が!」
一瞬、誰が叫んだのかわからなかった。
おれとミライは振り返る。
ハマノが、シワが寄った口をもごもごさせて仁王立ちしていた。
「おんしも、魔術やろが! 魔術師は、魔術使ってなんぼじゃろ! マッチなんてインチキ使わんで、魔術を使わんかい! 魔術ぅ……!!」
いや、使えないのはあんただろ。そしてそのしゃべり方、なに?
「昨日から説得してるんだけど、竈にすら近づけさせてくれないの」
竈の前で、虎にでもなったかのように唸りを上げる祖母を指さした。
「で――。おれにどうしろと?」
「カルマの魔術でなんとかしてよ」
「残念。おれは鍵宮だぞ。フツーの魔術は使えませーん。ザンネンでしたー」
ちょっとからかい気味に言う。
ミライはムッと頬を膨らませた。
でも、言ったことは本当だ。
おれは魔術師だが、鍵宮家の体質で通常の魔術が使えない。
「でも、魔術師なんでしょ! ほら、この前使ってたじゃない。頭がピカーって光るヤツ!」
「そうだっけ?」
「とぼけないで! お夕飯食べさせてあげるから」
「ついでに家賃ももう少し待ってくれ」
「それはダメ」
ツンと鼻を振った。
ケチ――いや、しっかりしたお子さまだ。
まあ、タダメシを食えるなら悪くない。
「仕方ねぇなあ。やってやるよ」
「やった!」
ミライは両拳を振り上げた。
「その代わり、使うのはミライだ」
「え?」
祖母と同じ緑の瞳が大きく開いた。
「だって、ばあさんが魔術を使っても、すぐ忘れるだろ。……お前が、魔術を覚えれば、すべて解決じゃねぇか」
「そ、そうだけど……。まだ実践は――」
口をもごもごさせる。
ミライは最近、日本から来て、今は魔術の学校に通っている。
確かに通学を初めて3ヶ月で、魔術を使うことは容易いことではない。
が――。
「任せろ。そのためのおれだろ」
安心させるようにミライの小さな頭を撫でた。
ミライは魔術学校の教科書を開いていた。
初級魔術の術星式を確認する。
術星式というのは、魔術象形で重ねられたイメージのことだ。
その式を参考に、魔術師は自身の中にある魔術回路を変容させ、練り上げる。
テレビとか、本の中の魔術師は、呪文や大げさな身振りで魔術を使う。
おれたち本物の魔術師も、確かに発声や印を組んだりするが、それは周囲の注意喚起みたいなもので、大した要素じゃない。
如何に術星式を忠実に、頭の中で思い描くことできるかが重要なのだ。
「どうだ? ミライ?」
「うーん、あともうちょっと……」
教科書と睨めっこする。
真剣になると、ついアヒル口になるのが、ミライの癖だ。
めんどうになったので、教科書を取り上げた。
「あとは任せろよ。ちゃんとレクチャーしてやるから」
「本当に大丈夫?」
「ばあさんにやってるところ、何度も見てるだろ?」
「…………」
しばしの逡巡の後、ミライは「わかった」と頷いた。
素直なヤツだ。
早速、始めることにした。
おれの魔術を……。
ポン、とミライの丸い頭に手を置く。
赤毛の髪は、柔らかくなかなかに撫で心地がいい。
「ねぇ。本当にこんな状態で魔術を使うの?」
「前に言ったろ? おれの得意技は性感接触じゃないと出来ないって」
いきなり赤い弾――じゃなくて頭がおれの顎にクリーンヒットした。
「い、いやらしい言葉を使わないでよ、セクハラカルマ」
「別にいやらしい言葉なんて1ついってないだろうが!」
「言った! 性感接触って! ……あれって、その性の、そのぉ……」
「なんだ? キスとかセックスとかいってんのか?」
ミライの顔が赤くなる。
キュー、と音がして、いつか蒸気が上がるんじゃないかってぐらいに。
再び赤い頭が顎を貫いた。
んげ! いてー……。
なにげに石頭なんだよなあ、こいつ……。
「13歳の女の子に、セックスとかキスとかいうな!」
今、お前もいってるじゃん。
「気にすることないだろ? おれは頭に手を置いてるだけだ」
「そ、そうだけど……。今の言葉は禁止だよ! いーい!!」
気を取り直し、術式を再開する。
相変わらず、ミライはモジモジしていた。
「じゃあ、術星式をイメージしろ」
「う、うん」
目をつぶり、集中する。
おれの得意技は他人の魔術回路を操作できること。
つまり、相手がイメージし、魔術回路を変容させて作る術星式を覗き、操作することできるということだ。
魔術で一番難しいのは、正確に術星式をイメージすることだ。
だが、どんな高名な魔術師や教師も、人が思い描く術星式を確認、操作することは出来ない。
けど、鍵宮カルマはそれが出来る。
どうやって会得したかは企業秘密。
今はちょっと頑張ったのだと言っておこう。
小さな頭に置いた手を、少しまさぐる感じで、おれは覗き見る。
ありゃ……。
やっぱ全然ダメだ。
仕方ねぇなあ……。
今度は、操作を試みる。
ミライの思考に描かれた術星式に足りない物を描き、余計なものを消す。
「すごい……」
呟く声が聞こえる。
その顔は上気し、13歳少女にしてはいやらしい。
そしておれは、ミライの頭の中で完璧な術星式を描いた。
§――火の象
↑――戦士の象
<――呪いの象。
3つの魔術象形が重なり、術星式へと変容する。
「よし! ぶっ放せ!」
炎弾!
ミライは呪唱する。
手をかざす。
その先に、小さな炎の球が放たれた。
炎弾は直進し、部屋の中にある竈へとぶち込まれる。
大きく火が爆ぜた。
パチパチと音を立て、竈に火が灯る。
「やった!」
やった! やった!
ミライはぴょんぴょんと床の上で飛び跳ねた。
2つに束ねられた髪もぴょこぴょこと動く。
「すごい! 見た! カルマ! わたし、魔術使ったんだよ。ねぇ。見た? 見た?」
「落ち着けよ。見たって!」
興奮冷めやらない。
ま。嬉しいだろうな。
初魔術だったみたいだし。
とまあ、おれの手にかかればどんな劣等生も、魔術回路があれば魔術を使うことができるってわけだ。
術星式はイメージが難しい。だから魔術師たちは苦しむのだが、おれのやり方でそんなこと絶対ない。
一部ではちょっとズルいとかいわれるけど、別におれもやりたくてやってるわけじゃない。
真の魔術の副産物みたいなもんだし。
ともかく、これでご飯にありつける。しかも竈で炊いたヤツだ。
「おばあちゃん、ミライね。魔術を使ったんだよ。見た?」
祖母の手を取る。
ハマノばあさんは、つぶらな瞳で孫を見た後、首を傾げる。
「わしゃ、今日メシぃ炊いたかのぅ……」
おい……。
おれ、ご飯食べれるのか。
というわけで、記念すべき1話目となりました。
いかがだったでしょうか?
今日は他に2本投稿予定です。
早速2話目も投稿させていただていますので
お付き合いいただければ幸いです。




