神様(仮)
地上から一気にビルの屋上へと浮上するような感覚。胸が圧迫されるような不快感と共に意識が戻る。
ボクは新社会人。親元を離れ、東京で大学生活を送って卒業後は、そこそこ大きな家電メーカーに入社出来たボクは、先日研修を終えて経理部門へと配属された。
期末期、月末などは多忙であるけれど、見ること聞くことが新鮮でそれなりに仕事に没頭することができた。学生時代に出来た1つ下の彼女とは、お互い落ち着いたらという条件付きで結婚の約束もしている。平凡だけど、ボクとしてはかなり幸せな生活を送っていた。所謂世間的にいうと「リア充」ってところかな!
これからも順風満帆、そしてこれからも……って……
思ってたんだけど……
退社が遅くなった結果、最終電車で帰る羽目になって、空気がおいしい郊外のアパート目指して国道沿いの歩道を歩いていた時に猛スピードで中央分離帯を乗り越えて突っ込んできたトラック……上向きにされたライトでボクの視界はいっぱいになって……
「……という感じの記憶があると思うんだけど、どうかな?」
白いカーテンに覆われた10畳ほどの部屋に立っている、外国の女の子っぽい人にボクの人生の内容をペラペラ話されて、どうかな? なんて聞かれてる。
あうあうと口をパクパクさせることしかできないボク。ついさっきまで帰ってからのささやかだけど、コンビニで買ったチキンドリアと鶏のから揚げ(週に一度のご褒美)、350mlのビール。楽しみにしながらウキウキと歩いてたのに、これってどういうこと!?
「あの、なんで……そんな……?」
やっと出た言葉も意味不明。対して、目の前の子はニコニコと笑顔を浮かべてる。
「君のことなら何でも知ってるんだよ。例えば……」
……確認のためとはいえ、ボクの大事な動画が保存されているフォルダまでスラスラ言われるなんて。ひどいや。あーあ、パソコンの中身、親に確認されちゃうのかなぁ。あ、姉ちゃんに開かれたら最悪だぞ。ま、まさか彼女とか見ないよね?
ま、でも死んじゃったみたいだから、もう関係ないみたいだけど。
目の前に立つ女の子。うすーい金の流れるような髪と緑の目が印象的。小さな顔、ボクの想像する神官って感じのローブ? 僧服? のようなものをすっぽりと被っているけど、時折覗く腕は細くて華奢だ。でもそれなりに柔らかそうな手は、触り心地よさそう……
「あ、あの……あなたは?」
ボクが尋ねると、うーん、と唸って目を中空に彷徨わせる。そんなに考えなくていいのに。
ポン、と手を打つと(そんな仕草初めて生で見たよ)、とんでもないことを言いだした。
「え、えーと、私は『神』です!」
よかった! あんまり頭良くないみたいだ! ずる賢くて悪いこと考えそうな人ならもっとマシなこと良い層だもんね。と、考えてたら、目の前の子の目がだんだん座ってきた。口はへの字だ……あれ? なんで失礼なこと考えてたってわかったの!?
目の前の頭の悪……もとい、可愛らしい女の子は、ディアーナと名乗った。本名かどうかわかんないけど。とりあえずボクは神様ってことにしておこう。神様(仮)だ! 目の前の神様(仮)がムっとしてるけど。
「うぐ……き、君が前世での願いでね、それなりに楽しい人生を送ったと思うんだけど、どうだったかな?」
話を聞くと、ボクは前世で今よりももっと若くして死んでしまっていたらしい、またまた若くして死んじゃったけど。まあ、この子の言う通り、そこそこ楽しかった気がする。彼女を残してきたのは心残りだけど、死んでしまった後なせいか、妙に心が落ち着いているのも確かだ。
「そこそこイケメンだったし、普通に明るい青春だったねぇ」
うんうん、と頷く女の子。ところで、どうしてボクに会ってくれたり、こんないい(?)人生になるようにしてくれたんだろう。
「ふふ、それはね。来世への準備期間なのだよ!」
ばーん! と効果音が付きそうなドヤ顔が鬱陶しいな。でもどういうこと?
「それはどういうこと? 来世に何があるの? ですか?」
一応、相手は神様らしいから語尾を途中で直してみた。
「ああ、口調はそのままでいいよ。神様はそんなことは気にしないんだ」
ああ、そうなんだ。でも、なんでボクなんだろう……? 言ってはなんだけど、普通の平凡なサラリーマンなんだけど。そんなことを考えていたら、神様はそうそれ! とズバっとボクを指さした。人を指さすのってどうかなーと思うんだけど。
「うぐ……、ま、まあ、それはそれとして。君にはその記憶を持ったまま、『異世界』に行ってもらうんだよ!」
「異世界!?」
異世界……そんなおとぎ話みたいなことがあるなんて。あ、友達がよく読んでたラノベってやつもそんな設定が多かった気がする。まさかボクにそんなことが。
「そうだよ! しかもこの俺……わたしの祝福付きだ! チート転生っぽいね!」
この神様は日本のサブカルチャーもよくご存じだ! でも、どんな世界なんだろう。
「魔法……っていうか、魔術があるよ。もちろん君も使えるようにする」
魔法! 聞けば魔術という、魔力をどのように使用するかを体系化した概念があるらしい。しかも魔力を満足に保持・行使できるのはごく少数。1000人に1人くらい。さらに、使い物になる人はさらに少ないのだそうだ。
「君が持つのはその中でもかなり強力な術だよ」
やった! 次の人生はちゃんと魔術で全うできそうだ! ありがととう神様!
なんて心の中で万歳三唱してたら、神様がバツの悪そうな苦笑い。あれ?
「まあ……そんな祝福をあげないと結構危ない状況なんだけどね……」
ええーー!?
「君にあげる祝福は3つ。ひとつは今言った魔力。魔力を持つ人3000人に1人くらいのもの。1国に1人いるかどうかなんて希少さだ。もちろん行使するための術もたくさん詰めこんでおいてあげるよ。その君の脳みそにね」
おお! ご飯食べていくのには困らないね!
「なんか、考えることがいまひとつ小さい気がするけど、まあいいや。2つめは言語。大陸の中央から東部の言語は全て知識として加えられる。ただし気をつけて。焼き付けられた知識だから、最初は理解するのも時間がかかるよ。知らない言語は最初は聞き取りも困難かもね」
うーん、そんなにうまくいかないか。
「最後の1つは、私とのリンクだ。これは君が異世界で目覚めた瞬間に発動する。そこからしばらくは君の目をを通して、わたしが状況を見てあげる。これは、君が目覚めた瞬間から危険があるかもしれないってことなんだけど」
……不安だなあ。でも、神様が見ていてくれると思えば、ちょっと安心かも?
なんか、ホッとしてたら周囲の景色が薄れてきたような……? 同時に目の前の神様が苦々しい顔で舌打ちをする。
「そろそろ時間のようだね……」
ボクを見る目はすぐに柔らかいものに変わったけど、なんかその顔は悲しそう……
「目が覚めたら、すぐに周囲を確認。それと騙されないように注意して。君は彼らに召喚されるのだから……君は彼らにとっては道具だ」
えっ!?
「それと……」
薄れていく意識と、視界のなかで最後に見えた神様の笑顔が、とっても黒い……?
「起きたときにびっくりするだろうけど、頑張って馴染んでね。ふふ」
えっ!?
その言葉に驚く間もなく、ボクは意識を失った。
※ 2015/10/31 サブタイトルを変更しました。
見どころはお父さんの、手作り感のある空間ですかね……