彼と彼女の邂逅
まだ外界に出てきたばかりで、誕生という一仕事を無事に終え、健やかに眠っている顔は赤らんでいた。
目を開けることも少なかった小さな命を抱き上げた時の感動を彼女はまだ覚えている。
首がしっかりしてきた、寝返りを打った、一人で座れるようになった……友人が母として嬉しげに報告してくる事柄を日々の糧にしながら、足しげくご近所であるそこへ定期的に通う。
親兄弟に恵まれなかったが故に、一番親しい友の子は、まるで自分の子のように愛らしかった。
夜泣きは滅多にないそうだが、それでも赤子の世話をする友の姿には頭が下がる思いだった。
生理的微笑から、頻繁にやってくる女を母に関わる人間とわかっているのか、顔を見ると笑顔になってくれるようになり、片言が話せるようになると名前で呼んでくれるようになった。
抱き締めると甘いにおい。
すくすくと育っていく様子を見ているのが幸せだった。
――あの日まで。
カツン、と靴音が響く。
艶やかな黒髪に整った目鼻立ち。
すらりと伸びた肢体で優雅に一礼すると――彼は、それまで無表情に近かった顔を劇的に変化させた。
頬に赤みがさし、口角が自然と上げられる。
壮絶な色気すら漂う甘い笑みは、大きな安堵と慕わしい相手に向けるそれで構成されていた。
「レーナルーア様、お側に置いて頂けて光栄です。――いえ」
思わず聞き入る声は甘く。
どこか切なげに、言葉を紡いだ。
「――玲奈さん。ずっとずっと、逢いたかった」
『グア……ッ!?』
まさか、気づいたはずがない。そう思っていたのに――。
朱槻蓮。
名に負けぬ程淡麗に育ったらしい目の前の青年は、かつて聖獣レーナルーアが、獣として生まれる前。
地球という星の日本と呼ばれる島国で、橘玲奈という名の平凡な社会人として生きていた頃、溺愛していた、一番の友の息子本人であった。