とある王様と獣の話
白銀の毛並みは極上の肌触り。
神秘的な深い闇色の瞳は美しく。
彼女の名はレーナルーア。
王の系譜を守護する獣。
『グアアルゥゥ!!(ちょっとやめさせてー!)』
怒りに満ちた咆哮を聴き、奏者達はぴたりと奏でていた旋律を止めた。
「なんだ、気にくわなかったか?我が姫君」
『グルルゥウ!ガウガウ!グラアア!(あんたわかっててやってるでしょうが!いい加減にしなさいよ!頭噛むからね!)』
「お、王よ……私達は何か獣姫の機嫌を損ねるようなことをいたしましたでしょうか……」
端から見ていれば、至極楽しげに獣に語りかける王と、今にも飛びかからんばかりに怒りの形相の獣の様子は、心穏やかに見ていられるものではない。
恐る恐る、旅の楽士一座の座長が申し出る。
「レナ。ほら、お前のせいでかわいそうに、みんな怯えている」
『ガル……クーン……(ああ、ごめんなさい……あなた達に怒ってるわけじゃなくて……)』
しょぼん、と尻尾と耳が垂れた。
レーナルーアは、大きさこそ成人男性の二倍はあるが、種族的には、狼というよりも犬に近い見た目をしている。
おまけに、しゅっと凛々しい感じではなく、まあるい目といつも笑ったように見える口元が愛らしい、愛嬌のある雰囲気の獣だった。
その大きさと背に生えた翼がなければ、単に愛玩犬に出来そうな位で――要するに、少しの要素を取り除くと威厳もへったくれもない、しかしながらその聖性と経歴故に人々に崇められる存在なのだ。
だからこそ、褒め称えられるのは全身を掻きむしりたいほど恥ずかしい。
それをわかっていて、嫌がらせで目の前の男は何をするのか。
楽士達には申し訳ない気持ちでいながら、半眼で睨み付けると男は心底愉しげに笑い、楽士一座に褒美を取らせよと伝えて下がらせた。
「……さて、レーナよ。勇者の望みはそなたに侍ることのようだが、如何する?」
ゆったりと豪奢な椅子に凭れ、片肘を立てて頬杖をつきながら、王たる男は問うた。
その言葉に獣はピクリと耳を動かすと、何も聴かなかったかのように毛繕いを始める。
「いやぁ、面白いことだ。まさか褒美に金品でも地位でも、そなた自身でもなく、ただ仕えることを望むとは。実に面白い――それ故に、その願いを私は叶えてやろうと思う」
何事もなかったかのように毛を舐めあげていた獣は、その言葉に目を剥いた。
この男は一体何をアホなことを抜かしているのだ、と言わんばかりの呆然とした表情。
非常に艶やかな笑顔で王は言う。
「勅命を出した。本日より、勇者レン・アカツキを獣姫レーナルーアの眷属とする。異論は認めぬ」
直後、獣の叫び声が響き渡るのであった。