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隣の水槽のお姫さま

作者: きりみ

ご近所さんなお嬢さまとごくごく平凡な少年は関わりがありましたとさ

 日々の疲れに通じるのものは色々あったりするのだが、それを解消するものと言うのは中々簡単には目の前に出て来てくれないのである。 しかしそれが全人類に当てはまるかと言われると、それは迷うことなく NO と言うことになる。 僕の場合はNOの部類に当てはまる人生だったらしく、日ごろの疲れた心をいやしてくれるモノと言うのは存在しているわけで。 でもそれを簡単に手に入れたわけではない。

「こんにちは」

「いらっしゃい、でいいのかしらね? 多分合ってると思うわ」

 気軽に僕に話しかけてくれる女の子はいわば鳥かごの中の世界の住人で、それの外にいる僕は普通縁がない存在だったはずだ。 しかし、ご近所さんと言うこともありでかい家の塀や家の壁に阻まれながらも会話をするくらいの仲にはなっていった。 交友関係のあまり無い僕にとっては「これが友人ってモノなのかな」と思いつつ、きっとそうではないのだろうとまやかしかどうかわからない束の間の癒しを堪能していたわけである。

「今日はどんなお話しを持ってきてくれたの?」

「そうだね、今日は……」

 この子との関係はこれと言って名称があるわけではない。 ほぼ毎日僕が家の前に来てあの子が気づいたら会話がスタートする。 会話と言ってもいつも僕が教えてもらった話や体験した出来事を面白おかしく話してそれをあの子が聞いて笑ってもらうと言った感じだ。

あの子はいつも家の中にいる。 初めて見たときは、大きな家にいてさぞかし楽な生活してるんだろうなと思っていたが実はそうではないらしい。 元々体が強いわけでもなく、気軽に外に出てと言うことも女性だからダメと言った感じで自由が利かず勉強は英才的な家庭学習。 運動ももちろん似たような感じで欠かさないとのこと。 そこらへんの話を聞いた時に「限りある自由程つらいものだけれど、この子はそのなかで生きてて楽しいのかな」と思った、いや思ってしまった。 しかしそんな特別はかないわけでもなし、結構ずぶとそうな子なのにもかかわらず僕の好みに当てはまってしまったせいか積極的に僕から話を振るようになっていった。 好みだからと言うのもあるが、どちらかと言うとこの子に外を教えてあげたいなと自分勝手な考えから来ているのである。

 そんなことを繰り返していたが、ある日それは軽くだが確実に大きなヒビを入れることになる。 僕はいつも通り学校帰りにあの子の家に向かった。 しかしこの日は何か普段と違うことに気づいた。 あの子がいない。 そう確信したのは家の中の見たことない人の慌てふためいてあの子の名前を呼ぶ光景が目に入ってきたから。

「どうかしたんですか?」

 丁度家の外に出てきた一人の人に事情を聞いてみると案の定だ、あの子がいなくなったと言われる。

「外には出てないと思うんだが、申し訳ないけれど君周り見て来てくれないかい? いなかったらそれでいいんだ、多分外に出てないと言うことになるから」

「えっ、僕ですか?」

「お嬢様と君の会話は奥さまには内緒にしておくからさ」

 あぁ、さすがに知られているんだなと思ったので仕方なく、そして心配になりながら承諾して周囲の捜索に入る。

 とりあえず外周をぐるっと、いない。 もうちょっと範囲を広げて探してみよう、そう思って行き過ぎた道から踵を返そうと後ろを向いたとき、

「君もみんなと一緒なの?」

 あの子がいた。 さて、どうしたものか。 普通ならあの家の誰かに知らせるのが定石なのだろうが、この子に言われた一言に僕は心臓に矢が刺さったくらいの衝撃を受けた。 そしてとった選択はこうだ。

「今から家の人たちに連絡してくる」

「やはり――」

「周りには誰もいなかったって」

 いなかった、そう嘘をつくことに決めた。

「君はここにいて? すぐ戻ってくる」

「わかったわ」

 微笑むくらいの柔らかい顔を見せた。 最初はあんまり感情が無いのかなと思っていたが、話しているととても表情豊かなところを見せてきたので最初あった不安もそこらへんから吹っ飛んで行った。

「すいません、力になれなくて」

「いやいや、いいんだ。 結局は家のことだから全部自分たちでどうにかしなきゃいけないことなんだよ」

 執事さんかな? に一礼してあの子のところへ戻る。 とりあえず理由を聞かないとね?

「なんで脱走なんか?」

「たまには外の空気を吸いたいってこと」

「でもほとぼりが冷めるまでにしておかないとやばいことになるからね?」

「はーい」

 軽い返事をした途端僕の腕は柔らかいものに包まれるように掴まれ引っ張られる。 この子が引っ張って先陣を切って走り出す。 それに付いていくが、いや引っ張られていくがこれはどこに行くのだろう?

「公園行こ!」

 案外幼稚な思考なのかなとも思ったが、おそらく公園で遊んだことがないからこういう発想なんだろうなと考える。 ある意味悲しい人生かもしれないこの子の人生は今劇的に輝いていることだろう。

「見て、滑り台! 見て、ブランコ!」

 このはしゃぎ様、個人的には引き止めて家に帰れなんて言えない。 目を輝かせて言うあの子に笑顔で相槌を打ちながら引っ張られていた腕が垂れ下がるのを確認した。 中々の強さだことで。

「で、ここで何するの?」

「何って遊ぶにきまってるじゃない!」

 まるで気分は保護者だ。

「じゃあ気を付けてね? 僕見てるから、ちょっと走って疲れた」

「私も少し疲れたけど、これくらいならまだ余力があるわ。 いってきまーす!」

 学校から帰ってきて早々友達の家に遊びに行く小学生ってこんななのかなって思いながら見送ると、あの子は無我夢中で遊びだした、無邪気って言葉が似合うくらい。

 それを見て安心したのか、眠気に誘われて瞼を閉じかける。

「あんまりはしゃぐと怪我するよー」

「だいじょーぶー!」

 その言葉を聞きながら僕はこうべを垂れた。


 気付いたら日が暮れかけているところだ。 あの子は……そう思って周りを見渡していた時だ、倒れている。

「え……」

 一瞬での状況把握は出来なかった。 あの子が倒れている。 今は夕暮れ、おそらくほとぼりは冷めて何かしらの対策が取られているところだろう。

「……天ちゃん!」

 僕は駆け寄り頬をぺちぺちして生きてるかの確認を取る。 いや、取るまでもなく生きている。 しかし息が荒く顔が赤い。 体調が悪くなったのだとわかるのにはそう時間は掛からなかった。 この子を早く家に、その一心で抱き上げ走ってこの子の家に向かった。

「誰か!」

 家に着いた頃にはもう日が暮れ始めていた。 太陽は山の向こうに落ちて暗闇がやってこようとしている。 空を見つつ待っていると先ほどの執事さんが出てきて、状況を説明する。 しかしここで自分が汚い人間だなと思うのが状況説明の一部抜き。

 あの後帰り際に遠目のところまで探していたら偶然公園で倒れていたと言う発言をしてしまった。 納得はしていたものの罪悪感はぬぐえないままその日は帰ることになった。


「大丈夫よ、助けてくれたと言う事実だけで十分うれしいわ」

「でもさ……」

「誰しも身の保身したさ、自分可愛さはあるもの。 そう思っているから気にしないで。でももし君が私を運んでくれなかったら死んでたかもしれないわね?」

「本当に?!」

「適当に言ったけれど、冗談だと信じたいところね」

 幸い何の問題もなく日々は過ぎてまたあの子と会話する日々が始まった。 それと、

「おや、今日もですか。 友達と言いますかカップルと言いますか」

「もう、冷やかし? 間に合ってるわ」

 執事の人とも仲良くなって、最近は僕とあの子と執事さんの三人で話すようになった。 中々楽しい人で、このメンバーで話しても何ら苦ではない。 むしろ楽しい。 

「でも……」

「何です?」

「お嬢様は結局飼いならされた魚のようなものですから」

「それはどういう……?」

「飼いならされた魚はその水槽でなければ生きられない。 外に出ると生き方がわからなくて動けなくて何も出来なくて死んでしまう。 あの人はそんな存在なのです」

 もし、あの日起きるのが遅かったら……。 僕は考えるのを止めて談笑に花を咲かせることに専念した。


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