第六話 出会いと再会と報復と
「っと!」
身体強化Ⅰを掛けた体で突進を避けながら、通り過ぎ様に獲物の首をミスリルの剣で跳ね上げる。
僅かな抵抗を手に感じると共に、首は近くの木に当たって地面を落ち、胴体は慣性で少し進んだ後地面に倒れて動かなくなった。
「見事だ。角兎程度なら一蹴できるな」
近くで見守っていたエルシア姉さんが、そう言いながら角兎の見分を始める。
今日は先日行けなかった角兎の素材調達の為、王都から徒歩で一時間、更に奥へ進むこと一時間の森へ来ていた。
残念な事にまだ依頼の張り紙が出ていたので、エルシア姉さんが乗り気になったのだ。
本当ならすぐにでも他の国へ行ったり、ダンジョンや遺跡に潜ってみて……じゃなく、日本に帰る為の手掛かりを探しに行かないといけないのだが、如何せんまずは足場を固めなければいけない。
割と高い可能性として、元の世界に戻れない場合、この世界に生きていく地盤も作っておかないといけない訳だし。
だからエルシア姉さんに言われるまま、こうして角兎狩りに来ていたのだ。
決してエルシア姉さんに力尽くで連れてこられたわけでも、抵抗が無意味だったわけでもないぞ!
……おほん、そして、無事に中型犬サイズの角が生えた角兎を発見し、倒しながら素材を剥ぎ取っているわけである。
「それにしても不思議だな。君の動きは私との鍛錬の時よりも、キレも思い切りも良い。一段、二段は違って見える」
「あ~…、武器の使い方は手習い程度に教わっただけだし、対人戦はほとんど経験が無いもんで」
俺に剣を教えてくれた人=剣をくれた人な訳だが、持ち方を振り方を教えられただけで後は放置だった。
加えて相手にした事があるのは『幻獣の庭』に住む猛獣ばかり、対人戦は全くと言っていいほど経験が無い。
先日の禿鷹の件も、身体強化で先制と虚を突かなければ苦戦したかも知れない。
「これで五羽目だから、終わりだな……っと」
「ああ……ふむ、しかし便利な物だ。パーティの魔法使いが宝物庫を使えたが、出し入れには毎回呪文の詠唱が必要だったものだ」
俺が小箱に角兎を放り込むのを見て、エルシア姉さんが感心したように言う。
「アイテムボックスの魔法具なら同じような物じゃないの?」
「いや、魔法具でも開口の為に呪文は必要だ。その小箱の制作者は余程の熟達した職人なのだな、きっと」
職人と言うか、母親が子供に買い物袋を持たせるノリだったけど……なんて思っていたら、視界の端を何かが横切った。
「……風妖精か。こっちだと初めて見た」
木々の間を漂っていたのは、掌サイズの緑色の髪をした女の子。ただし全身が半透明で、背中には昆虫の翅にも似た羽が生えている。
『幻獣の庭』なら彼方此方で見かけられるが、この世界では彼女達の力の源であるマナ――面倒だから以後は魔力で統一しよう――が薄いからか、今日まで見た事は無かった。
ふとシルフの視線がこちらを向いたので軽く手を振ると、驚いた顔してヒュンと一陣の風を残して姿を消してしまった。
……おかしいな、シルフに限らず妖精とは割と仲が良いはずなのに。
シルフは全ての個体が単一の存在と呼べばいいのか、シルフ全体が一つの精神を共有している。
一体と仲良くなる事は、他の全てのシルフと仲良くなる事と同義だ。
……その逆もまた然り、だが。
だから驚かれると思わなかったが、流石に異世界まではシルフの精神もリンクしてないという事か。
「どうした、タツヤ? そちらに何かあったのか?」
シルフを見逃したらしいエルシア姉さんの問いに「何でもない」と答え、帰る為に足を踏み出そうとしたところで、
………ーーーっ!………
ふと、耳に自然が奏でる以外の音が飛び込んできた。
「……タツヤ、聞こえたか?」
「聞こえた。何か叫び声の様な気がしたけど……悲鳴? 微かでよく判らなかった」
「ふむ、気になるな。あまり王都の者はここに来ないが、同業者が来ていてトラブルに遭っている可能性もある。何とか確認したいところだ」
「ちょっと待って……聴力強化」
魔法で聴力を強化し、目を閉じ周囲の音に意識を傾ける。
腕力や脚力と違って直接的な強化ではないが、周囲を探ったり奇襲をしたり防いだりするのに大変有用だ。
使い過ぎると酷い耳鳴りに見舞われると言う副作用もあるが。
耳に入ってくるのは風の音、葉鳴り、獣の鳴き声、虫のざわめき、川のせせらぎ、少女の声……
「いた、こっちだ!」
先行して走り出す。どうにも尋常じゃない響きを含んだ声だった、急いだ方が良さそうだ。
森の中は『幻獣の庭』を歩き回った俺にとってお手の物だが、エルシア姉さんも危なげなく追随してくる。
俺は武器もしまって手ぶらの黒い外套姿に対して、エルシア姉さんは軽鎧に剣を携えている。
この差で着いてくるなんて、一流冒険者って半端ねぇ。
程なく木々が途切れて湖畔へと出た。
広い湖、森の中の水辺というわけか。
視線を巡らすと、湖の傍で青いフード付きの外套を来た小柄な人物が、冒険者らしき人物を背後に庇っている。
庇っていると思ったのは、青フードの人物が巨大な赤い蟻と対峙していたからだ。
デカい、とかくデカい。乗用車サイズの蟻なんてゲームの中でしか見た無い。
「アイツとあの娘は……なるほど、逆恨みの報復か」
エルシア姉さんの視線の先は赤蟻の後方。
黒いフードを着た人物と何処かで見たような小汚い男が……
――ん? アイツこの間の禿鷹じゃね?
よく見ると庇われていた冒険者は、あの時の猫耳少女じゃないか。
「助けに入るぞ。火炎蟻は火を吐く上に硬い甲殻を持つ魔物、なかなかに手強い」
言いながら走り出したエルシア姉さん。
慌てて追いかけながら火炎蟻とやらを見ると、その口の奥に赤い揺らめきが灯った。
拙い、火だ……そう思った瞬間には、火蟻から火炎が解き放たれ地面を舐めるように二人に迫る。
しかし、青フードの人物が手に持っていた杖をかざすと、薄い水の壁が出てきて炎を遮った。
おお、魔法だ。この世界に来て初めて見た! けど、見る見る間に水の壁が削られていく!?
「速力強化Ⅱッ!」
脚力の二段階強化。
一瞬でエルシア姉さんを追い抜き、地面を抉るように急制動を掛けながら、青フードと水の壁に割り込む。。
強化の負荷で軋む足に耐えながら、驚く青フードと猫耳少女を外套で抱き込むように庇った。
瞬間、背中に熱を感じる。火だ。
「あちちちちっ!?」
熱い、熱いが……真夏日のコンクリートを背中に押しつけられているような感覚だ。熱いんだが我慢できないほどじゃない。
そんな熱さも数秒もすれば収まった。
「……っついな! 背中の皮が剥けたらどうしてくれるんだ! お風呂入るとき痛いだろうがっ!」
リングラード邸には広いお風呂あるから、毎日楽しみにしてるんだぞコラァ!
「あ、てめぇ! この間のガキじゃ――いや待て、どうして無事なんだっ!?」
「悪いが俺の外套は特注なんだよ!」
禿鷹に声だけ応え、体は火炎蟻に向けチラリと後ろの二人を見る。
青ローブは覗く指先や顔立ちを見るに少女っぽく、俺を警戒はしているようだが敵意は感じない。
猫耳少女の方は……げ、右手が中程から酷い火傷で痛々しい。
余程傷むのか、俺を見ても声を出す余裕も無さそうだ。
「これ、飲ませておいて」
ダミー袋から出した回復薬を青ローブに軽く放り、それを彼女(未定)が慌ててキャッチしたところでエルシア姉さんが追い付いた。
「あまり無茶をしてくれるな、出来たばかりの弟を失いたくない」
「ごめん、姉さん」
「ふむ……名前を呼ばず『姉さん』だけだと、親密度がましたような気がするな」
火炎蟻を前にして自分と余裕の姉だ。
「さて、そこの冒険者崩れはともかく横の男は召喚士だな? 火炎蟻は貴公の召喚獣と見るが」
「……」
「火炎蟻と契約し行使する事が出来るとは、なかなかの腕の様だ。しかし召喚士は少ない、貴公ほどの腕の持ち主なら耳に入っても良さそうなものだがな」
「……『竜の吐息』のエルシア・リングラードか」
「見ただけで判ってもらえるとは光栄だが、『竜の吐息』は既に解散していてね。かく言う貴公は裏ギルドの構成員だな? 大方そこの冒険者崩れに雇われたのだろうが、一緒に捕縛させてもらおう」
裏ギルド……暗殺や誘拐と言った非合法な依頼を請け負う、非合法の犯罪者組織の総称とエルシア姉さんが話したことがある。
「おい、丁度良いからそっちの小僧も一緒に殺しちまえ! そっちもセットで高い金払ってんだからな!」
「……エルシア・リングラードの相手は割に合わないが」
「はん、ご自慢の魔槍は壊れたって有名だぜ? 魔槍がなけりゃ、一緒に始末すんのは簡単だろうがよ」
「……仕方あるまい」
そう言えば、エルシア姉さんは元々槍使いで魔力の籠った魔槍を使っていた聞いた。
しかし、長らく組んでいた『竜の吐息』と言うパーティでの最後の戦いの際、相手に致命傷を与えるのと引き換えに壊れたとも。
「(……エルシア姉さん)」
「(む、名前付に戻ったな。いかんぞ、ただの『姉さん』の方が……)」
「(ンなこと言ってる場合じゃないだろ! そんな事より、その剣だけで火炎蟻相手に出来るのか?)」
「(この剣も悪くはないが、魔法も掛っていないただの鋼製だ。奴らにはああ言ったが、私が時間を稼ぐ間に後ろの二人を連れて逃げろ)」
「(そんな事出来るわけ……っ!?)」
ない、と言い切る前に火炎蟻が巨体を揺らしながら俺達に向かって突っ込んできた!
火が効かなかったから、直接攻撃に切り替えたって訳かよ!
「身体強化Ⅱ!!」
身体強化のレベルを二段階上げ、後ろの二人を両脇に抱えて火炎蟻の進路から一足飛びに脱出する。
その際、「にゃ!」とか「むぎゅ!」とか聞こえた気がするけどスルー。
エルシア姉さんの方は火炎蟻の巨体をギリギリまで引きつけ、突進を躱し様に脚の関節を斬りつけた!
飛び散る火炎蟻の体液……だが、
「くっ、浅いか。やはりこの剣で相手をするの難儀だな」
関節の柔らかい部分でさえ、脚を切断するには遠く及ばないようだ。
火炎蟻はエルシア姉さんを狙い、エルシア姉さんも巨体から攻撃を巧く躱しているが、いつまでも続くとは思えない。
「ねえ、ちょっとアナタ!」
加勢に入ろうとしたら、猫耳少女に引き止められた。しまった、小脇に抱えたままだった。
取りあえず二人を下す。
「なに? あ、腕治って良かったね」
「え、あ、うん、ありがとう。貴方のくれた薬のおかげで、気持ち悪いほど早く治っちゃった」
火傷の後は完全に消え、綺麗な白い肌だけが太陽の光を反射している。
俺も覚えがあるが、酷い傷がビデオの倍速再生の様に回復していく様は確かにちょっと気持ち悪い。
「……そ、そうじゃなくて! もしかして助けに入るつもりなの!?」
「そうだけど? ほっといて逃げるってのは、どうにも性に合わないし」
「無理だよ、あんなのの相手! あの『竜の吐息』のエルシアが戦っているんだから、邪魔しないように逃げた方が良いよ!」
猫耳少女の言う事は間違ってはいない
エルシア姉さんなら俺達が逃げるまで時間を稼ぎ、自分も脱出する事が出来るかも知れない。
エルシア姉さんだって俺の剣を借りればいいのに、わざわざ効かない剣で戦っているのは俺を徒手空拳にしない為だろう。
……だけど、エルシア姉さんも猫耳少女も色々勘違いしている。
「日が浅くても家族を置いて逃げる選択肢なんて、最初からないんだよな」
「え?」
「だから二人とも逃げろ。それじゃ俺は……おっと」
走り出そうとしたところ、外套の袖を引っ張られて立ち止まる。
掴んでいたのは青ローブの少女(未定)。
「――手伝う」
「良いのか?」
「――ん」
言葉少なに頷いたその顔は、エメラルドの瞳を宿した幼い顔立ちの美少女だった。
これで青ローブの少女(確定)、だな。
「それじゃ、適当に援護宜しく!」
言いながら小箱からミスリルの剣を取り出して、手に構えながら走り出す。
「速力強化Ⅱッ‼」
一人と一匹の戦いの場へ、急加速し一陣の風となって乱入する。
火炎蟻はまだ俺の存在に気が付いておらず、その横を駆け抜け様にミスリルの剣を脚に当て、
「腕力強化Ⅰッ!」
部分強化を速力から腕力に切り替え、僅かな抵抗とともに一気に振り抜いた!
直後、俺が止まるのと同時にドサリと重たい物が地面に落ちる音が。
さっすがあの人が作った剣、蟻の甲殻なんて目じゃな……
「げっ!?」
戦果を確認すべく振り返った俺の目と火炎蟻の目がバッチリと合う。
距離はある、だが口から吐き出された炎がその距離をすぐに埋める。
外套で防ぐ、いや万一露出した肌の部分に当たったら嫌だから回避を……
「っ!?」
動こうと力を入れた足だが、しかしガクッと逆に力が抜ける。
拙い、短時間で速力強化を使いすぎて足に反動が出たか!?
前のめりに体勢を崩した俺に炎が……届かない。
目の間に出現した水の壁が、炎を瀬戸際で喰いとめていた。
青ローブの子か、助かった!
水の壁が破られる前に転がるようにその場から脱すると、俺はエルシア姉さんに向けて声を上げた。
「姉さん、これ使って!」
小箱から取り出すは青みがかった銀色の輝きを放つ槍。
――そう、ミスリル製の槍だ。
強化したまま腕力でエルシア姉さんの手前辺りに刺さる様に投げ――あ、火炎蟻の前足に当たって弾かれた。
掬い上げる様な足に弾かれた槍は火炎蟻の頭上を舞うが、エルシア姉さんは剣を火炎蟻の顔に投げながら注意を逸らし、火炎蟻の足の一つを足場にしてその背に飛び乗った。
更にその背をまたもや足場にして、跳躍。
「ハァァァァーーーッ!」
宙でミスリルの槍を器用に掴むと、裂帛の気合いが籠った声を上げながら火炎蟻の頭を貫いた。
――おいおい、ハリウッドのアクションスターかあの人は。
頭を貫かれた火炎蟻はがむしゃらに暴れるが、エルシア姉さんは直ぐにその背から飛び降り距離を取る。
火炎蟻もすぐに暴れるのを止め大地に横たわり、その死骸は光の粒子となって大気に消えてしまった。
「まさかミスリルの槍まで持っているとはな。ひょっとして、他にも持っているのかな?」
「ノーコメントで」
合流したエルシア姉さんと話しながら視線は黒ローブと禿鷹に向ける。
「お、おい、やられちまったけど大丈夫なのか!? 高い金払ってんだ、ちゃんと結果出せよオイ!」
ここで目撃者を残しておくと今後は碌な人生にならないだろうから、禿鷹も必死だ。
自分も動けよと思うけど。
「まったく、本当に割に合わんな……」
黒ローブがブツブツと何かを呟くと、その前方の空間に二つ、直径三メートル赤い魔方陣が現れる。
「くっ、しまった! 既に待機状態だったのか!?」
焦燥を含むエルシア姉さんの声に嫌な予感を感じる間もなく、それぞれの魔方陣から火炎蟻が這い出てきた。
おいおい、何匹も呼べるのか……ったく、しょうがない。
「やれやれ、だな。タツヤ、済まないがもうしばらくこの槍を借り受ける……ふふっ、楽しみだな、これほどの槍で刻む相手としては申し分ない」
ミスリルの槍に頬擦りをせんばかりの様子のエルシア姉さん。
槍は刺す物であって刻むものではないんだが、怖いので突っ込まない。
「大丈夫、手伝う」
いつの間に横に来ていた青ローブの少女。
「わ、わたしだけ逃げるわけにはいかないでしょ!」
青ローブの少女の後ろ、逃げ腰の猫耳少女。
しかし俺は、三者三様のその姿に向かってこう告げた。
「ああ、三人とも下がってて。しょうがないから、とっておきを見せてやるよ」
読んでくださっている方々、更新の遅くて申し訳ございません。
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