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閑話 森の妖精

 それまで、彼女にとって時間とは余り意味を成さないものであった。


 森の奥深くでひっそりと暮らす彼女の家には来訪者も滅多に訪れず、長い時は数百年来ない事も有る。


 彼女は一日の大半を瞑想で過ごし、時たま家事や散歩で時間を潰すと一日の区切りをつけるために床に就く。

 彼女には食事も必要なければ、睡眠も必要ない。

 森やそこに住む命が、彼女に生命を分け与えてくれる。


 果たすべき使命や守る物が有るわけでも無い、ただ生きているだけの日々。

 寿命と言う概念を持たない彼女の一族はそんな日々に見切りをつけ、悉くその身を森に還していった。


 死んだ訳ではない。秘法によりその身を一本の樹へと変化させ、森へと根付きその意思を大地と一体化していったのだ。

 彼女の一族は最早、彼女以外を残して残らず森へと還った。


 しかし彼女だけは、どうしてかそんな気になれなかった。


 ただただ風の音や森のざわめき、四季の移り変わりに思考を巡らす日々……だが、そんな日々にある変化が訪れる。


 ――人間の子が、彼女の森に迷い込んだ。


 この地に人が足を踏み入れたのはいつぶりだろうか?

 この世界と人の世界を結ぶ扉が途絶えて久しい。


 しかも迷い込んだ人の子は、あの風変わりな猟犬を手懐け名まで与えているようであった。

 

 彼女はそんな人の子に興味を抱き、森に囁きかけ自らの庵へと招き入れた。

 そんな人の子はまだ幼く、幼子の話を聞いて判った事はこの世界へは『隔離世の鍵』を使って来たと言う事だった。


 かつてこの世界へと人が足を踏み入れる為に作られた鍵。

 既に鍵も鍵を使える者も途絶えて久しかった筈だが、偶然と言うものは『面白い』と数百年ぶりの感情と共に彼女は感じる。


 彼女はいつも通りの微笑みを浮かべながら、人の子に『隔離世の鍵』の事やこの世界の事、この世界は危険な事象も多いので足を踏む入れるべきではないと教える。

 人の子に多少の興味引かれた彼女だが、それだけで悠久を生きる心は大きく動かず、ただ細波の様に凪いで終わった。


 この人の子が帰ればまた、いつも通りの日常が訪れる思いながら。


『ありがとう、おばちゃん!』


 彼女の微笑みが、生まれて初めて凍りついた。


 彼女の容姿は妙齢の美女なのだが、彼女の一族は性への欲求や性別へのこだわりはほとんどない。

 彼女の一族は肉体こそ持つが本質は精霊に近い為、肉体から受ける影響が少ない故だ。


 だからこそ、彼女は自分が衝撃を受けた事実に驚いた。

 老成を通り越し、植物の精神に近かった自分が、まさか『おばちゃん』と呼ばれるだけでこうも容易く心に動揺が生まれるとは。


 生を受けてからついぞ感じなかった心の動きと、女性としての矜持を持っていた事を自覚させてくれた人の子に、彼女は深く感謝した。


 ――それはそれとして、しっかりと仕置きはしたのだが。



 それからも人の子は、彼女の忠告を聞かずに度々この世界を訪れた。


 人の子はよく笑い、怒り、悲しみ、喜び、悩みながら目まぐるしい感情の動きを見せ、瞬きするほどの間に大きくなっていく。

 いつしか彼女はそんな人の子に愛着を覚え、この世界を巡る為の知識と術を分け与え、庇護する対象として『姉』を自称するようになっていた。


「――おや、いらっしゃったみたいですね。しばらく顔を見せないと言っていましたが」


 ここ最近思い返す事の多くなった彼との出会い、しかし大気の震えを感じて思考を中断する。

 この感覚は扉が彼女の森に現れた時のもの。

 この森は彼女の領域故に何が起きているか、手を取る様に判るのだ。


 思った通り扉から現れた彼は、庵に向かって……


「……これはこれは、珍しいですね。彼以外にも誰かいらっしゃったようです」


 扉から現れた二人目の気配に、その心を弾ませてくれるかもしれない何かに、彼女は少しだけ笑みを深めるのだった。

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