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第一話 気が付けば異世界

「……ここどこだ?」


 俺こと加賀達也かがたつやは、突如変わった周囲の風景に軽く目眩を覚えながら呟いた。

 今年で一八になる高校三年生の俺は、同世代の男子の平均より少しだけ背が高いだけが特徴の地味な高校生だ。

 少なくとも周囲にはそう認識されている。


 今朝も週始めの月曜は怠いとこぼしながら高校に向かっていると、急に周囲の景色が歪み、貧血にでもなったか? 


 ……と思った瞬間、周囲の景色が一変した。


 光が降り注ぐ青空は石の天井に変わり、周囲の住宅街はも同じく燭台が取り付けられた石の壁に。

 コンクリートで舗装された道は、石の床全体が俺を中心に何重もの円が刻まれたものに。

 よく見れば円の一つ一つがよく判らない文字を繋げて描かれている。これって、俗に言う魔法陣という奴ではないだろうか?


 まぁ、俺の視線を独占したのは周囲の景色や魔法陣の床ではなく……奇っ怪な格好で硬直した、目の前の少女だが。


 歳は俺より下、ぎりぎり高校生ぐらいで金髪碧眼の西洋人。

 ふんわりとウェーブの掛かった髪、身にまとった白く上品なドレス、露出した手足の細さからわかる華奢な体型。

 顔も造形の整った美少女、ここまでお人形さんという形容詞がしっくりくる子もそうそういない。


 ただ、後ろを向いた体勢から上半身だけこちらを振り返り、両手を万歳のように上げて片足立ちしている姿はそういう感想も吹っ飛ぶ。


「え~っと……そういう姿も、お綺麗だと思いますよ。斬新、で?」


 自分でもよく判らないフォローの言葉を口にすると、固まっていた少女の顔が劇的に変化した。

 まずは面白いぐらい真っ赤に染まり、瞳に涙を滲ませ、大きく息を吸い込み……


「きゃああぁぁぁぁぁーーーーーつ!!」


 俺の鼓膜を突き破らんとする音量で、少女の口から悲鳴が解き放たれたのだった。



「つまり、その男は急に現れたが何をするでもなく、驚いてお前が悲鳴を上げただけだと?」

「そ、その通りでございます、国王陛下……」


 俺の前で豪奢な椅子に腰かけた壮年の男性と先程の少女が、俺の事を置いてきぼりにして会話をしている。

 男性の持つ色彩は少女と同じで、顔や雰囲気も似通っているような気がする。

 父と娘、違ったとしても近親者なのかも知れない。


 あ、ちなみに俺は悲鳴を聞いてやって来た兵士にボコボコ&簀巻きにされ、こうして国王の前に引っ立てられているわけだ。


 最初は娘?に狼藉を働こうとした罪人とでも思ったのか、眼光だけで射殺さんばかりだったのが、慌てて説明を始めた少女の話が進むにつれ徐々に憐憫を含んだものに。


「廃棄された筈の地下の魔導施設が生きており、それが偶然に起動。その結果そちらの男が現れ、驚きの余り声を上げてしまったと?」

「はい、相違ありません……」


 少女の説明によると、次の礼儀作法の時間まで間があったから暇潰しに散歩をしていて、ふと城の地下に行ってみようと思ったという。

 城の地下には既に使われていない魔法施設の名残で、その一室は床にある魔方陣や壁に描かれた紋様が面白いから度々来ていたとか。


 そして、壁の紋様(どうも一つ一つが人の格好に見えるらしい)を見ているうちに、その壁の紋様通りに順番にポーズを取ってみたらどうなるか興味が湧いたので真似てみたと。


 暇潰しで、更に周囲に人目も無かったので変に興が乗って、即興で踊りの様なものにまで発展したらしい。

 が、最後のポーズまで終わった瞬間部屋全体が光を放ち、気が付いたら俺が居たそうだ。


「……えっと、つまり俺は暇潰しの奇行でこの場所に呼ばれたと?」

「き、奇行っ!?」

「ふむ、そのようだ」

「お父様っ!?」


 あ、やっぱり親子で少女はお姫様か。

 人目が無いとはいえ即興で踊るあたり、なかなかアグレッシブなお姫様と言えるが、この王様もなかなかにノリが良い。


「ええとですね。誤解が解けたなら、ついでに縄も解いて欲しいのですが」


 危険人物じゃないと分かったなら、この縄を解いてほしいものだ。

 俺は別に縛られて悦ぶ性癖でもないし、目覚めたいとも思わない。


「悪いがそれは出来ん。恐らく転移系の魔法で呼んでしまったのだろうが、王城に侵入を許した以上は身元がはっきりするまで解放は出来んな。余や娘を狙う刺客が、上手く偽装して潜り込んだ……そういう可能性もある」

「なるほど、それは仕方がありません……ところで、一つお聞かせ願いたいのですが」

「何だ? 言ってみよ」

「ここ、どこですか?」


 転移とか魔法とか当たり前の様に言ってるし、そういう類のサブカルチャーの知識もある。

 俺自身『そういった経験』が無いわけじゃないから、まさかとは思うんだけどね。


「ヒューム大陸、グラス王国の王城である」


 ……ああ、やっぱり異世界ですかそうですか。

 ヒューム大陸とやらもグラス王国とやらも聞いたことが無い。

 加えて、今時鎧を着て槍と剣持った兵士なんてまずいないだろう。


 それにさっきから注意深く観察していたが、耳に入り込んでくるのは日本語なのに、彼らの口の動きはまるで別の言語を喋っている様に見える。

 これでもしただの悪戯やドッキリなら、それはそれで凄いクオリティだ。


「グラス国王陛下。自分でも些か自信が無いのですが、もしかしたら別の世界から来たのかも知れません」

「……ほう、詳しく申してみよ」


 一蹴にされるかもと思ったが、意外にもグラス国王は目を細めて真面目な表所を作り、俺の言葉の先を促した。

 流石は魔法があるっぽい世界、異世界転移というファンタジーな事に許容だ。


 俺はこの世界に来た状況、日本と言う国の話、元の地球では魔法と言うものは存在していない等の事を話す。

 ついでに俺と一緒に来た僅かばかりの私物である財布の中のカードや硬貨、お札、それとスマフォを見てもらう。


 残念ながらスマフォは此処に来た時に何かしらの不具合が出たのか、電源が入らないようであったが。

 高かったのにな、これ。


「ほう、これは素晴らしい鋳造の技術を使った硬貨だな。一つ一つ、寸分の違いも無く正確に造られている」

「お父様、こちらの紙も美しいです。光に翳すと別の模様が浮き出たり、キラキラ光る場所も……描かれている殿方は貴方の国の王ですか?」

「いえ、過去の偉人です」

「ふむ、過去の英雄と言う事か。武官には見えぬが、軍師と言う事もあるからな」


 野口さんは武人でも軍師でもないんだが。

 まぁ要は別の世界の人間だと信じて貰えて、且つ此処に居るのはそこのお姫様のせいだと思ってもらえれば良いんだけど。


 本当に異世界転移の原因となったのが姫様による魔法装置の起動なのか、あるいは別に原因があるのかは分からない。

 だが、今は姫様の責だと思ってもらうのが俺にとっては最良なんだ。


 ちょっと酷いと思うかもしれないが、そうなった方が情に訴えての後ろ盾が得やすい。

 いきなり知らない世界で無一文で放り出されるなんて御免こうむる。


「……グラムス」

「はっ、国王陛下」


 国王の呼び声に答えたのは、部屋の隅で様子を伺っていた黒いローブの初老の男性。

 手には赤い宝石が先端に嵌った杖、これは魔法使いと見て良いのだろうか?


「この男の言う事、どう思う?」

「全面的ではありませんが、信じてもよろしいかと。先程膨大な魔力の集約と消費を感じました。部下が観測器で異空間の歪みを感知しております。そもそも通常の転移魔法では、この城の周囲に張り巡らせている結界は超えられますまい」

「城の結界は異世界からの転移までは想定していないという訳か」

「その通りでございます。それに前例もございますので」

「……なるほど、装置は異世界への干渉を実験する物。起動には守り人の血を継ぐ者と壁画に記された特定所作が必要であったと言う訳か」

「ご賢察でございますな」


 あの~、話がさっぱり見えないのですが? 

 当事者(被害者)を置いて二人で理解を深めないで頂きたい。

 そんな俺の気持ちを表情からでも読み取ったのか、国王が視線を俺に合わせる。


「すまんな、貴公にも判る様に説明しよう。この城は元々古代の魔法文明の遺跡の上に建てられたもので、我ら王族は遺跡を守護する古代人『守り人』の血を引いておるとされているのだ」

「最も遺跡が何らかの魔法施設だと言う事を判ってはいても、何の為の施設なのかは未だ調査が及んでおらなんだ」


 国王の言葉を継いでローブの男性が説明する。


「しかし、僅かに解読できた当時の資料の中には異世界よりやってきた人間の記述がある。詳しい内容には触れていなかったので眉唾物だったが、どうやらそうでもなかったようだな」


 ここ、異世界人召喚の為の施設だったってオチか。


「その施設の起動の為には守り人、即ち王族がその踊りとやらをする必要があって、王女様が知らずの内にやってしまったと?」

「大方そのような認識で良いだ…ろ………ぶふぉ! ぷぷぷぷぷっ!」


 へ? なんだ、急に吹き出し笑い始めたぞ?


「わはははははっ、ごほっげほっ……ふ、ふう。す、済まぬな。娘があの壁画に描かれた踊りを舞っている様を想像すると…つい……ぶふぅ!」


 言っている最中で再度吹き出し笑い続け、王女はそれを見て顔を伏せてプルプルと震えている。

 チラリと見ると首筋まで真っ赤だ、余程恥ずかしいらしい。


 真面目な雰囲気でいきなり吹き出すとは、壁画の踊りとは随分とご機嫌な所作だったようだ……最初からかぶりつきで見てみたかった。


「お、お父様っ! いい加減に……っ!」

「国王陛下。話が進みませぬので抑えて下され」


 ついに切れそうになった王女を肩で制し、ローブの男性が国王に諌言する……が、涼しい顔しているように見えて、その肩はちょっと震えている。

 必死で笑いを我慢しているらしい。


「…っ、……っ、す、すまぬ。グラムス、この城の施設を使って彼を送り返す事は可能か?」


 え、戻れるの? そうか、異世界に来てしまったからサブカルチャー的に戻れないと考えていたが、目的があって呼んだわけでも無いならスンナリ帰れる可能性もあるわけだ。


「限りなく不可能に近いかと」


 即答っ!?


「元々古代の老朽化した施設。用途が判らぬ故に碌に整備も出来ず、今回の急な稼働による負荷で損傷が激しいのです。現代の魔法技術では完全な修復は難しく、何よりこの者を呼び出す原動力となった魔晶石が粉々に砕けてしまいました」


「庭園の台座に有った用途不明のアレだな」


 魔晶石とは何ぞやと思い聞いてみると、魔力を込められた石で古代・現代を問わず魔法技術の原動力となる物らしい。

 この城に有った物は人間の大人サイズの巨大な物で、秘められた魔力は膨大だが特殊な加工がしてあるらしく使用方法すら不明だったとか。


 あ、つまり俺を呼ぶ為(異世界に繋げる為)に有った訳か。

 しかも、整備不良の為に余計な負荷が掛かって、砕けて再利用すら出来なくなったと。


「えっと、結局自分は戻る事は出来ないと言う事に?」

「いや、可能性が無いわけではない。この世界には未だ未発見の遺跡は数多い。それらを巡れば同じ用途の遺跡も見つかるだろう。この城の施設も用途が判明した故に、改めて調査を行えば手掛かりが掴めるやも知れません。動力はともかく、施設の修復は可能性が無い訳でもありませぬので」

「よかろう。筆頭宮廷魔法師グラムスに命ずる。この者を元の世界に戻すための手掛かりを探るのだ」

「御意」


 国王の言葉にローブの男改め筆頭宮廷魔法師のグラムスが深く首を垂れる。

 やっぱり魔法使いだったのか。

 魔法師と言ったから、正確には別物なのかもしれないが。


「では貴公……いや、恥ずかしながら名を聞く事はおろか、名乗る事もしていなかったな。余はフォンベルク・ロード・グラス。既に分かっておろうが、この国の王だ。そちらは余の娘でリンセイルと言う」

「……リンセイル・ロード・グラスです。先程は大変ワタクシが切っ掛けで大変な目に遭わせてしまい申し訳ありませんでした」


 この王女さんからは、微妙に敵愾心を抱かれている気がする。

 余程最後のポーズを見られたのが恥ずかしかったのか、あるいはひょっとして踊りを全部見られたとでも思っているのかも。


 謝罪の言葉も嘘じゃないようだし、これは事故みたいなものだ。

 驚いて声を上げただけの彼女を責めるのは酷と言うものだろう。


 ……それに我ながらどうかと思うが、この状況にちょっとワクワクしている自分がいる。

 厄介だな、好奇心という虫は。


「さて、貴公の名を聞かせてくれ。それから、身の振り方について考えがあれば聞こう。勿論、この世界の事は何も知らぬだろうし、原因が娘にあるのだから生活の保障もしよう。それらを踏まえて言いたい事があるならば構わん、言ってみるが良い」


 言ってみるが良い、か。どこまで言って良いやら。


 本当に魔法装置で来てしまったのか、俺には確認する術がない。

 もしかした目的があって俺は呼ばれ、さも知らないふりをして協力的な態度を取っているのかも知れない。


 逆に魔法装置の件が本当でも、俺の言い分をどこまで信じているか疑問だ。

 俺があちらの立場だったら、急に現れて異世界人を名乗る若造をすぐに信じるのは無理だ。


 もしかしたら、この申し出は俺と言う異世界人が有益か否か、適度に距離を取りおだて見極める為のものなのかも知れない。

 そうならば俺にとっても有り難い、裏を返せば俺の方からもあちら側を判断する猶予が与えられるという事なのだから。


「ちなみに国王陛下、この世界に危機が迫っているとかいう話はございますか? あるいは魔王が復活したとか」

「危機? いや聞かぬし、魔の国の王とは良い交易を結べておるぞ」


 この世界の魔王というのは人類の敵ではないらしい。

 つまり、異世界召喚のテンプレの一つ、魔王との戦いの可能性は低いと言う事だな。


 だったら……


「性は加賀、名は達也、加賀達也と言います。俺の願いは一つ……この世界を観光でもしながら、元の世界に戻る為の方法を探したいですね」


 この胸で騒ぐ好奇心の虫を満足させようじゃないの。

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